漠然なる違和感
―――烏が、哭いた。
それが連れてくるのは、絶望か。それとも…
「ほんっと…懲りない奴らですねぇ」
「あともう少しで何事もなく町に入れたんですけど」
「町に着いてから来られた方が厄介だろ」
「腹減った〜〜〜」
「山ふたつ分も走ってケツが痛えっちゅーことよりも、だ」
悟浄くんが溜息を吐く合間にも止まない、お腹を空かせた悟空の常套句―――『腹減った』。
知り合ってからも、旅に出てからも何度も何度も、それこそ数えきれないくらいに聞いてきた言葉は、そろそろ聞き飽きる頃ではありますよね。…それでも4年経ってますけど。八戒くんが食べ物を詰めればしばらくは止みますよ、って言ってますけど、それはその場しのぎにしかならないんですってば。いや、しっかりとした食事をとったとしてもその数時間後には、何故かお腹を空かせている子ですが。
「三蔵一行!!貴様らの命とその経文、それと銀髪の女は俺達がもらい受けるぞ!!」
「聞き飽きたと言うなら…」
「このセリフも、だな」
「ですよねぇ。…ああ、何か詰め込めば黙るんじゃないですか?」
―――ジャコッ!
「ねぇ?三蔵様」
「フン、てめぇに言われるまでもねぇよ」
三蔵様が放った銃撃音が開始の合図。
いまだにお腹が空いた、と唸っている悟空に、片づけない限りご飯は食べられないよと言い放てば、あの子は目を輝かせて妖怪の集団に突っ込んで行ってくれました。うん、悟空がやる気を出してしまえば、結構早いんですよね〜蹴散らすまで。…さて、それでは私も加勢するとしましょうか。うだうだしていると身体を動かす機会を失ってしまいますからね!
ちょうど良く向かってきた妖怪に銃弾を撃ち込んだ時、1人の男性に相手をする必要はない、敷地内にお入りください、と声をかけられました。敷地内に、って…妖怪達をこのままにしてしまったら、町が襲われることになってしまうじゃないですか。
4人も同じことを考えていたようで、そう言われても―――という感じで動けずにいた。それでも男性はいいから早く、と声を荒げたので、とりあえずその言葉に従うことにしたのですけれど。でも本当に大丈夫なのでしょうか?
私達が町の敷地内に足を踏み入れた途端、妖怪達は捨て台詞を残してその場を去って行ってしまった。町に入ろうとする素振りも見せず、そのまま…。
まるで、この町には入ることができないとでも言うかのように。
「行っちゃいました…」
「危ない所でしたなぁ、しばらく町を出ん方が良いですよ」
「ありがとうございました。これは一体…?」
「この町は聖なる力に守護されておるのですよ」
一体、どういうこと?聖なる力に守護されてるって。
疑問はあるにしろ、男性に着いていくと―――そこには大きな町が広がっていました。今までに立ち寄ってきた所とは、全く違う感じだわ。例えば道、此処に着くまでは土の地面だったけれど、石畳になっているもの。
今思えば、山を越えた辺りから景色が少し変わってきていたような気もしますね。はー…全く気にしていませんでしたけど、私達は大分遠くまで来ていたんですねぇ。西寄りになってきた、ということなのかもしれません。
町の風景に感動していると、三蔵様がさっき男性が言っていた聖なる力について問いかけていた。何でも、以前はこの町も他の所と変わらず妖怪に怯えていたそうなんですが―――数年前、道士の蒼真様という方が長になってからはこの敷地内に妖怪は足を踏み入れることができなくなったそうなんですよ。
その方の張った結界がこの町を護っているということらしいですが…
「結界?でも俺達、この町に入ってもなんともな、」
―――ゴッ
―――ベシッ
「みッ」
「それであの妖怪達も引き返していったんですね」
「それなら何の心配もありませんね」
「ええ、本当に」
案内をしてくれた男性と別れた後、私達はこの町に一軒しかないという宿を取ることができました。くつろぎながらも話題に上るのは、さっきの結界について。
「妖怪が立ち入ることのできない町…か」
「眉唾モンだろ?現に俺ら4人はアッサリ入れちまったじゃねぇの」
「あの妖怪達は足を踏み入れてきませんでしたけど…」
でも本当に、結界なんて張ってあったのでしょうか?三蔵様曰く、彼ら3人は妖怪としては規格外だそうですから、だから微弱な結界には引っかからないのかもしれないということですが、私は普通の―――って表現もおかしいかもしれませんが―――妖怪です。
混血でもありませんし、半妖でもありませんし、大地に生み出されたものでもない。襲ってきた彼らと何ら変わりのない妖怪のはずなのに、弾かれもしなければ、この町に入って気分が悪くなるようなこともない。それを踏まえて考えると、結界が張ってあったとは考えにくいのだけれど。
「ま、どーでもいーじゃん!!今日はゆっくり寝れるってことだろ?」
「それもそうね、…「経文と女を寄越せ」ってうるさいくらいだもの。ちょっとウンザリしてたし」
「―――三蔵。ものすごーく今更なこと聞いてもいいですか?」
「……何だ」
「『天地開元経文』についてです」
牛魔王サイドは執拗に経文を狙ってきているけれど、その目的とは何か―――と。
八戒くんの質問に悟浄くんと悟空も同意を示し、それを聞いた三蔵様はマジに今更だな、と呆れていた。でも呆れる気持ちもわからないでもないかも。だってこの旅を始めて1年経っているんですもの、当人からすれば今更聞くことか?って感じなのでしょうね。
「経文を狙ってるのって、蘇生実験に必要だからなんじゃないですか?」
「え?香鈴知ってんの?」
「知ってるって程じゃないわ。ほら、一度菩薩様が私の能力について説明してくれたことがあったでしょう?」
「貴方の能力を蘇生実験に利用しようとしている、と仰ってましたね」
「だからそれと同じ理由かな、と思ってたんですけど…」
「…まぁ、本来ならば『天地開元経文』についての詳細は、三蔵を継ぐ者しか知り得ない話だがな」
『天地開元経文』は三蔵様が所持する、魔天・聖天経文の他にも『有天』・『無天』・『恒天』の3つが存在するそうです。その計5つの経文の守護者に選ばれし者―――それが三蔵法師様。
経文にはそれぞれ異なった能力を備えているらしく、ひとつひとつでもその能力は強大なもの。だけど、組み合わせによっては更に高度な術を生み出す可能性がある、ということです。とは言っても、三蔵様も他の経文の能力すら見たことはないらしいですね。
話を聞いているだけではとても面白そうな話ではありますが、実際はそうでもないらしいですよ?『天地開元経文』はこの世界の創世に用いられたと言われるものですから、5つの経文が揃ったらどんなことが起きるのか―――それは想像も及ばないもの。
だから三蔵法師様は、意識的に各地に散って行動しているのだそうです。不意に5つが揃うことのないように。
うん、でもようやく納得がいきました。玄奘三蔵という三蔵法師様以外に、会ったことがない理由。どうしてだろう、とずっと思っていましたが…そういう理由があったからだったんですね。
「なぁ、腹減った!メシ食いに行こーぜ!」
「てめーはそれしか言えねぇのかよ!!」
「あはは、まあまあ。でもいい加減、ご飯食べに行きましょうか」
「ですね。私もお腹空いちゃいました」
この町は、本当に妖怪への恐怖を微塵も感じていらっしゃらないようです。それも例の結界が施してあるおかげ、ですか…どの町も少なからず恐怖心を感じていて、賑やかであったとしてもこの町ほどではなかったはず。だけど、此処は本当に賑やかすぎるほどに賑やかで、どれだけ悟浄くんと悟空が騒いでいたとしてもその声も霞んでしまうくらいですもの。
結界のおかげで確かに妖怪はこの町に入ってこれないけれど、一歩でも町の外に出ればああやって妖怪がウヨウヨしているのが現状だ。それでも一切、怯えている様子がないのは―――完全に外界を遮断しているからなんでしょうね。
周囲は山々に囲まれているし、町自体が自給自足の体制を整えているのでしょう。宿が一軒しかないというのも、その影響でしょうし。完全な陸の孤島ってやつですかねー。
「―――あの、ちょっとよろしいですか?三蔵法師様と仰るのは、そちらのお坊様のことでしょうか」
「人違いだ。」
「めんどくさがるなよおめーは…」
「そう言うとは思ってましたけどね」
「何か御用でしょうか?」
こういうことを一切したがらない面倒くさがりの三蔵様に代わり、八戒くんが用件を尋ねるのはいつものことだ。今日もその例に漏れないようです。
で、肝心の用件なんですが、名高いお坊様がこの町にいらしたと聞いて、是非ご挨拶したいと仰ってるんです、ということらしいんですね。そのお相手というのが、
「―――蒼真様が」
その名前、…確かこの町に入った時に男性が言っていた気がします。妖怪の脅威から町の方々を救ったという、道士で―――この町の長、でしたか。
でもどうしてそんな方が、三蔵様にご挨拶したいなんて言うのでしょう?何か企んでいらっしゃる?それとも…純粋な興味、というやつなのかしら。
何はともあれ、三蔵様だけ行かれるのかと思えば私達も一緒に行くこととなりました。声をかけてきた男性に案内されたのは、この町で一番大きいらしいお屋敷。此処が蒼真さんという方がお住まいになっていらっしゃる所、らしいです。
「桃源郷最高位の僧侶であらせられる三蔵法師様が、我が町にお立ち寄りめされるとは誠に光栄の至りですな。一言頂けましたら、安宿ではなくこの屋敷にお泊り願ったものを」
大きなお屋敷ですし、私達5人を泊めるのは問題なさそうですけど…でもあれですね、絶対に落ち着かなそう。実際、前に同じような所に泊まった時は落ち着きませんでしたし。たまーに豪勢な宿に泊まることもありますけど、ここまでではありませんしね。…けれど、これだけ大きなお屋敷ということはそれだけ町の方々に尊崇されているということなんでしょうね。
その理由は言わずもがな、この方の張られた結界により妖怪が足を踏み入れられないようになったこと。
その結界が施されたのは今から2年前―――そして成り行き上、町を統括する長を務めることになったそうです。これだけの敷地に結界を施すことができるということは、余程の能力をお持ちなのでしょうね。けれど、この方は本当にそんな力をお持ちなのでしょうか?だって妖力制御装置をつけてしまえば、人間と大差ないですもの。
悟浄くんが同じことを考えていたらしく、それを口にすると、人間かそうでないかは自分くらいの術者となれば一目でわかる―――そうハッキリと仰いました。
「―――長」
「はい?」
「『この町に三蔵法師が入った』と、誰から聞いた?」
「…お姿を拝見すれば判りましょう。我が町の民は信心深いですからな」
それは疑念が、明かな確信に変わった瞬間。