囚われの金と銀


今宵は祭が開かれる、とお屋敷を出る前にあの方が言っていましたけど…確かにこれはすごいです。表通りから裏通りまで、たくさんの人が賑わっていますし、露店や催し物もたくさんあるようですねぇ。それこそ夜だとは思えない程。


「―――で、どう思います?あの長について」
「なーんか胡散臭ぇんだよなぁ」
「エラソーなこと言ってたけどさ、アレ、絶対に俺達が妖怪だって気づいてないぜ?」
「裏があるのは確実なんでしょうね…あの感じだと」
「…現にこの町はこうして平和の均衡を保ち、栄えている。あの道士が何を企んでいようが、俺達には―――」
「三蔵様、聞いてないですよ。悟浄くんも、悟空も」


だって辺りは楽しそうな雰囲気満載ですから。あの2人が黙っていられるわけがないでしょう、三蔵様もわかっていらっしゃるでしょうに…こんな状況で真面目な話を聞いてるわけがないんです。三蔵様にとってはこのお祭りも騒がしいだけのバカ騒ぎかもしれませんが、楽しいことが好きな彼らにとっては嬉しすぎる現状だと思いますしね。
…って言っている間にも、あの2人は喧騒の中へと消えて行っちゃいました。行動が早いですねぇ、ほんと。


「しょーがないなぁ」
「馬鹿は放っておけ」
「でもあの2人だけでは心配ですから。香鈴はどうします?」
「んー…三蔵様と先に戻ってます」
「わかりました。お土産買っていきますね。―――三蔵、香鈴をお願いしますよ!」
「ああ」


あ、そこは素直に返事するんですね。三蔵様のことですから、無視するものだと思ってました。


「…いいのか?」
「?何がです」
「お前は八戒と共にいることが多いだろう」
「―――そんなに一緒にはいませんよ。お祭りは好きですけど、」


何と言えばいいのだろう。楽しそうに見えるこのお祭りにも、あの蒼真さんにも、違和感しか感じなくて…素直に楽しめるような気がしないんです。普段の私だったらお祭りとくれば、楽しみたいって真っ先に思うと思うんですけどね…今回はそう思えなかった。
八戒くんの傍にいられるのなら、と思いもしたけど、…きっとすぐに戻ってくるだろうと踏んで、一緒に行くのは止めたんですよ。

今日はいいんです、とだけ言葉にすれば、三蔵様はそれ以上聞いてくることはなくただ一言、そうか、とだけ呟き、私達は宿へ向けて歩き出した。…のだ、けれど、客引きなのかただのお祭りを楽しんでいらっしゃるだけなのかはわかりませんが、一歩踏み出した先で三蔵様が絡まれちゃいました。
そのうちの1人はナイスバディの綺麗なお姉様で、悟浄くんがいたら声かけてたのかなぁ、とぼんやりと考えていたら、いきなり腕を引っ張られました。
えっちょ、何事?!若干、パニックになりかかりつつも、状況を把握しようと前を見ると、見慣れた真っ白な法衣を着た金髪の御方―――三蔵様がいらっしゃって。そこでようやく私の腕を掴んで全力疾走しているのは、三蔵様だということに気がつきました。
まぁ、私とこの御方しかいないんだから違ってたらただの誘拐になっちゃうんですけどね。


「はっはぁ…はぁ、疲れた…!」
「…どこが信心深いって…?!」
「あはは…欠片もありませんでしたねぇ。お茶でも淹れましょうか」
「頼む」


法衣の上を脱いでさっさとベッドに乗ってしまった三蔵様。もう寛ぐ気満々ですね、いいんですけど。いつもの光景だ、と笑みを浮かべながら、お湯を沸かしてお茶の準備。何かお茶請けは、と思ったけれど、夕飯を食べたばかりですし必要ないか。
ここにいるのは三蔵様と私だけですもんね、悟空がいたらお茶請けがないとあれだったかもしれませんが。
食後だから、という理由で、コーヒーではなく中国茶を淹れてみました。カバンの中に常に入れておいて正解でしたねぇ。中華料理を食べた後はコーヒーより、こっちの方が口の中もさっぱりしますし。淹れたてのお茶を三蔵様に渡して、私も読みかけの本を読もうと隣のベッドに腰掛けた。

読み始めてからどれだけの時間が経っただろう。手にしたカップの中には、もうお茶は一滴も入っていませんでした。
新しいお茶を淹れようと立ち上がった所で、新聞を読んでいたらしい三蔵様がポツリと「遅い」と呟いた。…そういえばまだ帰ってきてませんね、八戒くん達。もう大分遅い時間ですし、八戒くんも一緒にいるはずですから羽目を外してるってことはないと思うんだけどなぁ…何かあったのかしら?

―――コンコンッコンコン、

突如、ノックの音が室内に響き渡った。八戒くん達―――ではありませんよね?彼らが泊まるのもこの部屋ですから、わざわざノックをする必要がない。客人にしては、…些か迷惑になる時間の訪問ではありませんかね?
とりあえずドアを開けようと近づこうとしたら、三蔵様に止められてしまいました。開ける代わりに、三蔵様がえらく低い声で誰だ、とドアの向こうにいる人物へと問いかける。


―――ギィ…

「失礼します、三蔵様。ちょっとよろしいですか?」
「何の用だ、こんな時間に」
「それがその―――お連れ様の御三人が急に町中で倒れられまして。どうしたものかと…」
「えっ八戒くん達が?!」


私の言葉に1つ頷くと、その男性は申し訳ないが様子を見に来てほしい、と三蔵様に申し出た。


「チッ仕方ねぇな…香鈴、お前は此処で待っていろ」
「わかりました」
「あ、いえ…できればお2人に来て頂きたいのです」
「私も、ですか?」
「ええ。…御心配でしょう?」


それはまぁ…急に倒れた、と聞いたら誰でも心配するとは思いますが。別れた時は3人共、具合が悪そうな様子もなかったから余計に心配になっちゃいますよ。…けど、何だろう?何か―――変な感じがします。
違和感を感じながらも、彼らのことが気になって仕方ないので、渋る三蔵様を無視してついていくことに決めました。

連れて行かれたのは小屋―――いえ、倉庫、でしょうか?中に入ってみれば、少し前にお目通りした蒼真さんが1人でそこに立っていらっしゃいます。三蔵様と私、3人だけでどうしてもお話したかったって仰ってますけど、生憎、私達にはないんですけどね。貴方と話すことなんて。
…そうか、彼らが倒れたというのは私達を此処へ連れてくるための嘘、ってことでしょうか。もしくは誘い出す為に何かをした、のどちらか。八戒くん達に危害を加えていたのなら、絶対に許しませんよ。


「玄奘三蔵法師、歌姫様。貴方様方のご協力を要するのですよ、この町の為に」
「―――町の為?違うでしょう」
「アンタの為に、の間違いじゃねえか?」
「…それこそが延いては町の為になる」


どういう意味かなんて、問う暇がなかった。
だって、次の瞬間には床の下に穴が開いて落とされてしまったんですから。


―――ドサァッ!!

「ッたぁ…!」
「受け身ぐれぇ取りやがれ、バカ女」


とか何とか言いながら、ちゃんと助け起こしてくれるんですから変な人ですよね。冷たいんだか優しいんだか、本当にわからない御方だわ。
砂埃を手で払っていると、頭上で何かが閉まる音がした。きっとさっき開いた穴―――というか、仕掛けの落とし穴でしょう、そこが閉まったんだと思います。まぁ、開いたままだとしてもこの高さじゃあ上がれる気がしませんけど。
…つまり、脱出する為にはこの先を進むしかないということ。


「―――待ってたぜ、玄奘三蔵、歌姫様?」
「…ああ、やっぱりそういうことなんですか」
「貴様ら、あの道士とグルか」
「経文と女を頂くぜ。ついでにアンタの命もな」


簡単にはいそーですか、と差し出すわけがないでしょう。馬鹿なのかしら。
溜息を1つ吐いて、銃を構えようとしたのと同時―――三蔵様が一拍速く、電球を撃ち砕いた。当たり前だけれど、僅かな灯りしかなかった洞窟内は真っ暗になってしまって、一寸先さえも見えそうにありません。…確かにいい方法だとは思いますが、せめて私には言っておいてほしかったですよ三蔵様!!

けれど、それに対して文句を言っている場合じゃないし、怒っている暇があるのならこいつらを倒さないといけませんよね。文句を言うのはそれからだって、遅くはないんですから。


「動け、香鈴!」
「言われなくてもわかってます―――よっ!」


―――バキィッ!

僅かな間に慣れ始めた目を凝らし、目の前にいた妖怪達を蹴散らして―――私は三蔵様に引っ張られるようにして、洞窟の奥へと走ったのです。


「出口っ…あると思います?!」
「妖怪共が此処にいるのがれっきとした証拠だろう!出られねぇとこにいるはずがねぇ!!」
「ははっそれもそうですね!」
「馬鹿なこと考えてねぇでとっとと走りやがれっ!」


少し進んだ先にはまた、裸電球が天井からぶら下がっている。それにここは一方通行だ、全員を殺してきたわけではないからすぐに追いつかれてしまうでしょうね。
…それでも、捕まるわけにもいかないし、死ぬわけにもいかないんです。
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