温かな手


―――はっはぁ…ぜっ、…ぜぇ、

荒い呼吸音と、地面を踏みしめる音だけが辺りを支配している。追いかけてきていた妖怪はこれで全部殺したはず…そっと後ろを振り返れば、そこには夥しい程の死体の山。
そして私達も血に塗れていました…さすがにあれだけの人数を2人で、それもこんなに狭い場所で相手にするとなると無傷ではいられませんでしたね。どうにかなるか、と思っていましたし、殺されるつもりもありませんでしたけど。

腕をやられたらしい三蔵様の応急処置を終え、視線を上げると、月の光が差し込んできていて―――出口が、見えたんです。その先に見えるのはたくさんの木々、ということは…町の外ってことかしら?あの落とし穴が外まで繋がっていたってわけなんですね。
きっと、こうやって何も知らない人を落とし穴に放り込んで妖怪達への貢物としていたんでしょう。真偽の程はわかりませんが、別に知りたくもない。


「三蔵様、出口です。さっさと町に―――…え?」
「成程…まだ仲間がいやがったのか」
「抜かりがありませんねぇ。…否が応でも逃がさないということ?」
「だろうな」

―――ジャキッ

「イケるか、香鈴」
「トーゼン。貴方こそイケますか?三蔵様」
「フン、―――誰に言ってやがるんだ」


―――ガゥンッガゥンッガゥンッ!

この広さなら刀を振るっても問題ありませんね!愛刀を召喚して、三蔵様の放った弾を避けた輩を片っ端から切り伏せていく。
怪我をした腕も、足も痛むけれど、そんなことに構ってる暇なんてありません。


「―――ッ、チ……」

まるで、

「は、…はっ」

あの頃みてぇだな。

「死ねぇっ!」
「!!」
「不意打ち?…残念、私がいることを忘れられたら困りますわ」


―――バキィッ!
―――ドンッ

ぐるり、と辺りを見渡せば、あれだけいた妖怪はあと5人にまで減っていました。そりゃあ私達も尚、傷だらけの血塗れになるわけですよねぇ。
三蔵様と背中合わせになり、改めて刀を構え直した所で―――後ろからあと4発か、という呟きが聞こえた。洞窟内でも銃を使って倒してきましたからね、いくら予備の弾を持っていたとしてもそろそろ数が少なくなってくる頃ではあります。けれど。


「三蔵様―――貴方まで私がいることをお忘れ?」
「!…生意気言いやがって」


静かな森の中に、銃声が4発―――そして、刀が振り下ろされる音が響き渡った。


「終わったか、…」
「そのようです。歩けますか?」
「女に抱えられるほどヤワじゃねぇよ」
「ふふ、そうですか…治療は後にしましょう、今はとにかく戻らないと」


八戒くん達のことが気になります。そう呟いて、重たい身体を引きずるようにして私達は町を目指す。
…不思議なものだ、さっきまでは自分の命が最優先だったからか彼らのことを心配している余裕なんてなかったのに、身の安全が確保された途端に大丈夫なのか、と不安になってしまうなんて。何と言うか、…調子のいい奴みたいな気がしちゃって居心地が悪いんですけど。
でも本音だからなぁ…何か言われても反論なんてできるはずがないし。

はぁ、と溜息を漏らせば、前を歩いていた三蔵様が視線だけをこっちに向けてきた。大丈夫か、とでも言いたいのかなぁ?向けられた視線はすぐにまた前を向いてしまったから、この御方が何を思っていらっしゃったのかはわかりませんけど。


「―――町の方々は、このことを知っていたのでしょうか?」
「どうだかな。…だが、人間っつーのは愚かなようで愚かじゃねぇ。目を瞑っていた可能性は十分にある」
「妖怪と結託して手に入れた幸せ、か…」
「おい、何を考えているかは知らんがな。てめぇが気にするようなことじゃねぇ、これも―――あいつらが選んだ道だろう」


この町に溢れている安堵感は、偽りの幸せから芽生えたものかもしれません。けれど、あの方々にも守りたいもの・守るべきものがあるのは確か…それを守る為なら、やむを得ないのでしょう。その平和が、幸せが、誰かの犠牲の上に成り立つものだとしても。
それが正しいとは言えないけれど、私達だって誰かを犠牲にして今を生きているのですから―――とやかく言う資格はありません。それに三蔵様の言う通り、これも町の方々が選んだ1つの道なのでしょうから。
でも。そうだとしても、私達にだって守りたいものがあるんです。
守りたいものを持っているのはあの方々だけではない、それに…他人の為に簡単に命を投げ出すつもりは微塵もないんですもの。

ようやく辿り着いた町。その中心部にはたくさんの人が集まっていて、何かを囲んでいるようにも見えます…あ、向こうに蒼真さんの姿も見えますね。町の方々に手にはそれぞれ武器が握られていて、…ああ成程、彼らが取り囲んでいる中にはきっと、八戒くん達がいるのでしょう。私達と同じように彼らも、貢物という名の生贄にしようとしているんだ。
大勢の人が襲いかかろうと動いた瞬間、一発の銃声が響き―――全員の動きが、止まった。


「…さ…三蔵法師、歌姫様……」
「―――三蔵っ香鈴?!」


私達の姿を捉えた町の方々が、一斉に息を飲む気配がした。


「退け。」
「退いてください。」


そう言葉にすれば、あれだけ密集していた方々が蜘蛛の子を散らすように退いて―――八戒くん達がいる所まで、1本の道が出来上がった。誰一人動く気配がない中、1人の男性の声が響き渡る。

そいつらを捕らえろ、今ならまだ間に合うかもしれない―――何故、誰も動かないのだ、と。

三蔵様と私は誰にも捕まえられることもなく、3人の元へと辿り着けることができました。それと同時に三蔵様の身体がぐらり、と揺れて、けれど悟空がしっかりと彼の身体を支えてくれている。
ホッとしてしまったのか、私ももう足に力が入らない…地面に座り込んでしまう手前で、八戒くんが抱きかかえてくれて。…良かった、無事だったんですね。


「大丈夫ですか?香鈴」
「…八戒くん達も、」
「ええ、僕らは大丈夫。何ともありませんよ」


彼の服をギュウッと握りしめ、心の底から―――良かった、という言葉が零れ落ちた。
それは僕のセリフです、と苦笑いする八戒くんを見て、私も思わず笑みを零す。


「…まさか…生きて戻るはずが……」
「生き延びるさ。胸張って死ぬ為に」

―――俺も、コイツも。

「…欺瞞だ。人はそこまで強くない」
「―――そうかもな。…だが、これが俺達の選んだ道だ」


いつの間にか来てくれていたらしいジープに乗り込んで、私達は町を後にした。この時間じゃあ完全に野宿ですね、次の町までどのくらいかかるかわかりませんし、3人だって睡眠を取っていないはずですから休まないまま進むことは出来ません。
それに、…三蔵様の怪我を早く治療してあげないと。ただでさえ出血が多いですからね、止血しないと貧血になってしまいます。

本来なら宿でゆっくり、というのが理想なんでしょうけれど、あんな騒ぎになってしまった以上は居続けることもできそうにありませんからねぇ。というか、いたくないっていうのが正しい表現かしら。


「三蔵様、治療しますから法衣の上を脱いでくださいな」
「チ、…」
「なーに言ってんの、香ちゃん。お前はこっち」

―――グイッ

「きゃっ…ご、悟浄くん?」
「この人は僕に任せてください。ひどい傷だけ塞ぎます、じっとしててくださいね」


一番ひどかったのは私が応急処置を施した腕でしょう。止血の為に巻き付けていた布を外して、八戒くんが気功を当て始めた。それを見て、ようやく身体から力を抜き、大きな岩に背を預ける。…あー、一気に痛みがきちゃったなぁ。


「相変わらず怪我を負うこと厭わないのな。顔まで切っちまってんじゃん」
「別に気にするようなことじゃありませんし、…旅に同行することを決めた時点で女であることは捨ててますよ」

…今は、半分だけだけど。

「半分?―――ああ、そういうことか」
「ええ、そういうことです」


そう。三蔵様から蘇生実験のことや西へ向かうことを聞いた時、私は女であることを捨てようと考えていました。生半可な気持ちでできるようなものじゃないのは予想していましたし、そのくらい覚悟をしていないと身を滅ぼす―――そう思っていたから。
だから無様に死んだりしないよう、もっと強くなろうと。守ってもらうだけの存在にならないよう、むしろ私が皆さんを守れるくらいになろうと思ってたんだ。…だったんだけど、八戒くんへの恋情を自覚してしまったもんだから…全て捨てることは、できなかったんですよね。だから、半分。


「捨てきれないんだから、もう開き直るしかないかなって」
「…いいんじゃね?素直に生きてる方が香ちゃんらしーって」
「ふふ、そうですかね」
「そーなの。…お前はさ、素直に笑って、怒って、時には泣いて。そーして生きてりゃいいんだよ」


変に自分を殺すなよ。それは利口とは言えねぇからな。
話している間に手際よく治療を終えたらしい悟浄くんは、最後に私の頭を撫でて八戒くん達の方へと歩いていってしまった。立ち上がれ、って言われなかったってことは、今日はこの辺りで野宿するのが決まったのかもしれませんね。
ぼんやりと三蔵様と私を除く3人が動いているのを見ながら、そんなことを考えていた。





「―――、香鈴、起きてください」
「ん、…はっかい、く、…?」
「大分疲れているみたいですね。食欲はありますか?」
「少しなら…」
「では、スープだけにしておきましょう」


いつの間にか眠っていたらしく、そしてジープの後部座席に移動させられていた。しかも、しっかり毛布までかけてあるし…一体、誰が運んでくれたのでしょう。というか、眠った記憶が全くないのですが。
傷口が痛まぬようゆっくりと身体を起こせば、三蔵様は助手席で眠っているみたい。悟浄くんと悟空は、…ああ、たき火の前でご飯を食べていました。

ふわ、と欠伸を噛み殺していると、八戒くんが温かいスープをよそったお皿を持ってきてくれて。受け取れば冷えた指先がじんわりと温まっていく。毛布に包まっていたとはいえ、外気が冷たいから冷えちゃうんですね。野宿だから仕方ないことだけれど。


「…美味しい」
「それは良かった。それを飲んだらもう一眠りしてください」
「はぁい」
「―――傷、痛みますか?」
「え?あ、…少し痛みますけど、でも八戒くんに塞いでもらうほどじゃないです」


浅い傷ではない。けれど、我慢できないような深い傷でもありませんから、だから大丈夫ですよ。そう言って笑ってみせるけれど、八戒くんの表情は晴れません。グッと眉間にシワを寄せて、何だかとても…苦しそうに見えるんです。


「貴方が大丈夫と言うのならそれを信じますけど、…」
「無理も我慢もしてませんよ?先に言っておきますけど」
「!」
「約束、しましたから。だから辛い時は、言うように―――します、多分」
「…ぷっ何で最後だけ自信なさげなんですか」
「いやぁ…そう決めても言わないことありそうだなぁ、とか考えちゃって」
「あはは。そこは努力してくださいよ」


苦笑ではない笑顔を見ることができて、ホッとしました。…さて、スープも飲んで身体が温まったことだし…この温もりが消えないうちに毛布に包まって、眠ってしまいましょう。早く体力を回復させないと、また皆さんに迷惑をかけることになってしまいますから。できるだけ、足手纏いになることだけは避けたいのです。

膝にかけていた毛布を引き上げて包まろうとした所で、お皿を片づけに行っていた八戒くんが戻ってきた。うん、それはいいんですけど…どうして後部座席に座っているのでしょう。彼の定位置はいつだって運転席だったのに…今日はこっちで寝るのかな?
でもそうしたら悟浄くんと悟空の寝る場所がなくなっちゃうような気がするんだけど―――と考えていたら、顔に出ていたらしい。百面相してますよ、と笑いながら声をかけられて、僅かに頬が熱くなる。


「今日は、…こっちで寝るんですか?」
「悟浄と悟空はたき火の前で眠るらしいので。…それに枕があった方が寝やすいでしょう?」
「へ?枕って、」
「さ、どうぞ」


ポンポン、と彼が叩いたのは、自分の太腿、で。それはつまり、私にそこへ頭を置けって言っているということで、…えっと、俗に言う膝枕ってやつですよね?…えっ八戒くんの膝枕で寝るの?!絶対に緊張しちゃって一睡もできないと思うんですけど!!
で、でも八戒くんの厚意を無駄にするのは良くないし、というか、ちょっとだけラッキー!とか思っちゃってる私もいるわけでして!ああダメだ、頭の中がショートしそうになってる…!

ここに行き着くまで恐らく、数十秒。どうしよう、でも、やっぱり―――とか考えた末、私は彼の膝枕にお世話になることにしたのです。恥ずかしいけれど、でも欲には勝てなかったんです!


―――サラ、…

「ゆっくり休んでください。おやすみなさい、香鈴」
「おやすみ、なさい…八戒くん」


髪を梳くように撫でられる感触が気持ち良くて、ゆるゆると瞼が落ちていくのを感じていた。…ああ、なんだ。私ってやっぱり神経図太いのかも―――。
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