心配と不安の種


いつもの如く、天蓬の部屋で書類仕事を手伝っていたら軍に召集がかかった。どうやら下界に行っていたナタク太子が戻ってくるみたい。だったら会いたがっていた悟空も、と兄様の所へ行ったら…開口一番、何があったと眉間に深ーいシワを寄せた不機嫌な顔で聞かれちゃいました。まぁ、当然の反応よねぇ?捲簾は至る所に包帯を巻いているし、天蓬と私も顔に湿布や絆創膏を貼っている状態だから。
正直に話しても良かったんだけど、もう済んだことだし、要らぬ心配(言わなくても心配かけるだろうけど)をかける必要はないって私達の中で結論が出ていた。だから適当に誤魔化しはしたんだけど、…そんなので納得してくれる方ではなかったのですよ。わかってたけど。
悟空に何かやらかしたのか、って聞いてみるものの、この子も言わないでねって釘をさしておいた甲斐もあり、ちゃーんと黙っていてくれました。「内緒だから知らない」って素直に言ってくれたから、尚更兄様に睨まれちゃったけどね。


「紅英、お前ももう少し気をつけろ。無茶なことはするな」
「はぁーい」
「…あまり悟空を変なことに巻き込むなよ。ただでさえ、あまり歓迎されてないんだ」


―――下界の異端児。
いまだ外されることのない、手足につけられた重すぎる枷が示すように、悟空の存在を受け入れない輩はたくさんいる。ただ、瞳が金色というだけでそんな風に言われるなんて…本当に天界はバカだと思う。何が金晴眼は禍をもたらす不浄なもの、よ。んなの悟空の人となりを知ってから言ってみろっつーんだ!
…ナタク太子のこともそうよ、散々頼っておきながら不浄のもの扱いして…本当に上層部の連中は能無しのバカばかりだと、常々思うわ。噂や、言い伝えばかりに振り回され、自分の目で何ひとつ確認しようとしないんだもの。

自然とムスッとした顔になっていたらしく、悟空が心配そうな顔で私の服を引っ張っていた。大丈夫?と問いかけてくるこの子は、そこらにいる子供と何ら変わりがない。笑みを浮かべて大丈夫だよ、と返すと、途端に嬉しそうに笑って良かった、と言ってくれる。ほーんと、優しい子だね悟空は。


「あれ?兄様は一緒に行かないの?」
「俺は書類を観音に届けに行かなきゃならん」
「ん、そっか」
「―――天蓬、紅英」
「…ナタク太子と悟空が、あんまり親密になるのは危険だって言いたいんでしょ?金蝉兄様は」


ナタク太子の父親、李塔天は喰えない男だと思う。ただ、天蓬曰く野心家なだけで何の取り柄もないような奴らしいけどね。
かと言って、どんなことをしてくるかわかったもんじゃない、だからこそ兄様は心配をしているんだと思うけど…それでもさ、


「僕らはきっと、望んでしまっているんでしょうね。あの子の笑顔を…」


天蓬の瞳は優しく細められ、捲簾に頭を撫でられて嬉しそうに笑っている悟空を映し出している。それに倣うように兄様も自然とそっちに視線がいって―――…ふっと柔らかく微笑んだ。あれだけ表情があまり変わらなかったこの人が、悟空と関わるようになって少しずつ変わっていっているのがわかる。
昔から心配性ではあったけど、それは他人に向くことはなくて…でも、今は悟空の身に何かがあることを恐れているように感じてるんだよねぇ。それを本人に言ったら、アイツのことなんてどうでもいいって言いそうな気がするけど、でもさ?どうでもいいような奴の身を案じたり、こうやって私達に言ったりはしないでしょう?それってつまり、兄様の中で悟空の存在が大切なものになっていっている証拠だと思うの。それがとても、とても嬉しいんだ。私は。

そんな幸せな気持ちを抱えながら菩薩様の所へ行く、という兄様と部屋の前で別れた。それで悟空を連れてナタク太子がいるであろう所へ向かったのだけれど―――悟空の笑みは、すぐに消えてしまったの。





「紅姉ちゃん…!」

―――ギュウ、

「…とりあえず、兄様の所へ帰ろうか。ね?」
「―――…うん」


完全に意気消沈しちゃってるなぁ…でもそれも仕方のないことなのかな。仲良くなったんだ、と言っていた相手が、自分の声に一切の反応を示さず去って行ってしまったんだし。それを目の当たりにしたら…そりゃあ意気消沈しちゃうのも当然って所だ。私だって天蓬や捲簾にそんな反応されちゃったら、絶対に泣く。確実に泣き喚くこと間違いなしだろうなぁ。

そんな状態で兄様の所へ帰ったもんだから、当然、何があったって聞かれちゃったよ。素直にさっきあったことを話せば、兄様も難しい顔。どうにかして悟空を笑顔にしてあげたいんだけど、私達にはどうにもできそうにない。兄様の腰に抱きついたまま動かない悟空に、またねと声だけかけてその場を後にしたのだけれど。


「大丈夫かなぁ、悟空…」
「金蝉がいますからね。何とかしてくれるんじゃないですか?」
「俺達が何言ってもダメだったからなぁ、アイツ」
「嬉しそうに話してたから。ナタク太子と友達になったんだ、って」


はぁ、と溜息を1つ。それを合図にしたかのように、少し前を歩いていた2人が足を止めて振り向いた。向けられた瞳がどうした?と言いたげにしているけれど、何と言うか…言葉にしていいのか、というか、何と言えばいいのかがわからなくなってきた。


「紅英?」
「―――ちょっとだけ、心配なことがあるの」
「心配なこと?何よ」
「ん、…でも廊下で話すのはちょっと、憚れる、かも」
「…なら僕の部屋で話しましょうか。ここから近いですし」


行きましょう、と手を引かれ、辿り着いた天蓬の部屋。ドアを閉めれば外界とは遮断され、恐らくは話を聞かれるようなことはないだろう。慣れた付きでお茶の準備をしながら捲簾が、どうしたんだよ、と今度は言葉にした。
んー…話すにしても、これは完全な推測になっちゃうんだけど、と前置きしてから私は話し始めた。少し前から感じている、漠然とした不安と心配の種を。

2人も知っているように、今の天界でまともに動いているのは軍部だけ。上も下も治安は悪化する一方だから尚のことだと思う…だから必然的に軍が、天界上層部の中でも権力を握ることになるでしょう?でも天界軍は不殺生が前提、そのままでは功績を上げることはできない―――だからこそ、闘神の存在が不可欠になる。
現状、闘神・ナタク太子の父親である李塔天が息子を利用して、上層部に圧力をかけている確率が高いのよね。


「ま、それが正しいだろうな」
「…それで?」
「闘神って、代々不浄とされる存在を年少より馴致し育て、それでその座に就かしめている。…その寿命は短く、死んだら終わりの使い捨てってオマケ付き」
「おう。そしたら次の『不浄な者』後任に―――…おい、紅英?お前の推測ってまさか、」
「ずっと、…ずっとね?疑問だったの、不浄を嫌う天界に悟空を留めておくことが」


私や天蓬、捲簾、金蝉兄様は素直にあの子のことが好きだと思っているから、だから今の状態が長く続けばって思ってるけれど。でも他の天界人達はそれを良しとしていないのが現状だと思うのね、あの子への態度がその証拠だと思ってるし。
いくら不殺生が原則だからといって、このまま悟空に手出しをしない―――なんて、そんな都合のいい話があるわけないと思ってる。…そこから導き出したのは、1つの恐ろしい結論。


「悟空、を…次の闘神にする為なんじゃないか、って…」
「おいおい、冗談だろ…なぁ?天蓬」
「あながち冗談、とは言い切れないかもしれませんよ?ナタク太子の他に闘神となり得るのは、今は悟空だけでしょうからね」


今度は僕の『憶測』を話しましょう。
煙草に火をつけながら天蓬が口にしたのは、天界軍に属している者なら一度は耳にしたことがあるであろう1つの噂。「ナタク太子は神と妖怪の混血児だ」という、噂だ。彼の正体は天帝と上層部の機密となっているらしいけど、天蓬はナタク太子は李塔天が造り上げた『人造人間』―――兵器だろう、と睨んでいる。
本来ならば許されることではないんだろうけれど、それでも許されているのは…それほどまでに天界が闘神を欲していたということなんでしょうね。


「―――その状況を作ったの、そいつだって言い出すんじゃねぇだろうな?」
「ご名答。やっぱり貴方は頭がキレますね、捲簾」
「…天蓬もその可能性があるって思ってたんだ」
「おや、貴方も?」
「だってタイミングが良すぎたもの、闘神が現れたタイミングが―――ね」


李塔天が上層部に恨みを抱いているのは確かだ。目的までは読めないけれど、その恨みを晴らす為…もしくは今の地位を手に入れる為にナタク太子を造り出したのだと仮定すれば、

(その地位を脅かす存在…悟空を、そしてその保護者である兄様を邪魔だと排除する可能性は低くはない)

そっと瞳を閉じれば、脳裏に映る兄様と悟空の姿。あの2人を排除するのであれば、手を出してくる恐れが少しでもあるのならば、私はきっと容赦しない。大切なものを奪おうとするなら、どこの誰であろうと敵に回す覚悟はできているから。
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