桜の下で約束


この時間は滅多にノックなんてされないドアが、コンコンと控えめに音を立てた。寝る直前だったからかなりラフな格好だったけど、別段それを気にすることなくドアを開けた私は―――面食らう羽目になったんだけど。だってさ、開けた先に天蓬と捲簾が立ってて、飲みに行くぞ!って急に手を引くんだもん。そりゃあ面食らうでしょ。
…でもまぁ、この人達と飲むお酒は美味しいし楽しいし、いっかなーと思ったから、そのことに異議を申し立てることなんてしない。
そんで何故か、金蝉兄様と悟空まで呼びに行って桜の樹の下で、5人で飲み会スタートです。

(ああ、そっか。今日は下界が満月なんだ…)

いつも綺麗な桜だけれど、今日の夜桜は特別綺麗だなぁって思ってたら…下界が満月だということに気がついた。そういう時は夜桜がとても綺麗に見えるんだ、と教えてくれたのは天蓬だったっけ。それを知ってから―――だったかなぁ?この万年桜の樹の下でお酒を飲むのが、一番好きになったのは。
ちょっとだけしんみりと思い出していたら、兄様が「お前達、実はヒマなんだろ」と呆れた声音で問いかけてきました。うーん…その言い草はひどいなぁ、と思わないでもないんだけど、でも実際そうなのよね。最近の下界への出陣は闘神軍任せで私達は事後処理班みたいなものになってるから。
それを喜んでいる輩も多いけれど、でも…そこまでして今の地位を守りたいのだろうか?と疑問が消えてくれないんだ。捲簾から聞いた話じゃ、闘神・ナタク太子は誰にも「痛い」と言えない境遇にいる確率が高いらしいから。


「―――天蓬。『闘神』てのは、同時期に2人以上就くことも有り得るのか?」
「!兄様、それ…っ」
「やっぱり貴方と紅英は兄妹ですね。同じようなことを言ってます」


煙草を吸いながら、天蓬は静かに口を開いた。実は歴代の闘神にも一時期に数人が就いていた前例があるのだ、と。適材があれば宛がう、そういうことなんだろうと。


「―――おいお前らよ〜辛気臭い話してねぇで、花と酒を楽しめッ!」
「はいはい、判ってますって」
「まぁ、ここの桜より下界のヤツの方が断然美人だがな」


ああ、確かに捲簾の言う通り、下界で見た桜の樹はとても美しかった。同じ桜だ、と言う人の方が圧倒的に多いけれど、私も彼と同じ考え。天界の桜は万年桜と呼ばれるにふさわしく、決して散ることがないけれど―――下界の桜は、散って、また翌年に綺麗な花を咲かすの。それを毎年、毎年繰り返す。まるで人の命のように。
命に限りある人は長命や、不老不死を羨ましいと言うけれど、やっぱり私はそうは思えない。だってそうでしょう?人の命というのは、限りあるから輝くんだもの。限りあるから、燃え尽きるその瞬間まで必死に生きて、足掻いて、走り抜けるものなんだもの。だからこそ、美しいのだとそう思う。


「生き様が違うんだって、前に捲簾が教えてくれたの。…今度は兄様も、悟空も一緒に見に行きましょう。下界の桜を」
「…そうだな。見てみたいモンだな」


桜を見上げた兄様の横顔はどこか儚くて、でもやっぱり美しくて…そっと笑みが零れた。
杯にお酒を注いでいると、上からミシミシと何かが軋むような音が聞こえてきた。一体、何の音だろう?と視線を上げてみると、そこにはいつの間にか登っていたらしい悟空の姿が見える。音がしてるのもその辺りだけど、何で―――と疑問が浮かんだ瞬間、枝が折れて、悟空が金蝉兄様の上に落ちた。
それはもう見事に落ちて、兄様は踏まれたカエルのように潰れていらっしゃった。うわー…ある意味、ナイスキャッチではあると思う。うん。
…そういえば、悟空の手足には1つ20キロはあるだろう枷がつけられてたんだっけ。この子自身の体重と合わせれば、…軽く100キロは超えてるはずだもんね。そりゃあ枝も折れるよ。仕方ない。


「全く、騒がしいですねぇ」
「ふふっいいじゃない、花見はこうでなくっちゃね」
「…それもそうですね」


騒ぎ始めてしまった3人を横目で見ながら、私と天蓬は静かに杯を傾けていた。この人とこうやってのんびり飲むの、久しぶりかも。


「―――輪廻転生、」
「ん?」
「輪廻転生って、知ってる?」
「ええ、もちろん。仏教でよく使われている言葉ですね、他にもヒンドゥー教などでも使われています」
「死んであの世に還った魂が、この世に何度も生まれ変わってくるって意味なんだよね?確か」
「僕達にはあまり馴染みのない言葉ではありますが」


そう。天界人は驚くほどに長命だ。もちろん致命傷を負えば死ぬけれど、自然死という概念は存在しない。だから、『輪廻転生』なんて言葉は馴染みがないのは当然だし、知っている人の方が少ないんじゃないのかなーってレベル。
何故、私が知っているのかと言いますと、天蓬の部屋にある書物で読んだから。きっと天蓬も知ってるだろうな、って思って問いかけてみたんだけど…案の定、だったわね。


「でもどうして急に?」
「んー?何で、って言われると、何となくーって感じなんだけど…そうだなぁ、」

―――来世でも、私を見つけてくれる?

「紅英…?」
「ってことが、言いたかったのかも」
「…僕達、天界人には死という概念は存在しませんよ?」
「うん、わかってるんだけど…何かね、聞いてみたくなっちゃったの」


本当に死んだ魂が生まれ変わっていくのならば、私はまた―――この人の傍にいたいと、そう思ってる。その為には見つけてもらわなくちゃいけないの、貴方に。


「私が天蓬を見つけてもいいんだけど、でもそういうのは貴方の方が上手そうだから」
「ああ…確かに紅英はかくれんぼの鬼が苦手そうですね」
「そうなの!いっつも見つけられない子とかいるんだよねぇ…」
「―――なら、余計に僕が見つけてあげないといけませんね。貴方を」


ゆるりと弧を描いた口元。柔らかく細められた目元。それは見慣れているはずの天蓬の笑顔の、はず、だったのに…どうしてこんなにも心臓がうるさいのだろう。鼓動は早くなる一方だし、顔はすっごい熱いし、もう何が何だかわかんない!
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