解けて、溶けゆく
結論から言えば、私達の予想は当たっていた。急いで向かった先には案の定、謀反人を殺さんとする西方軍第二小隊―――円雷サンの率いる隊が彼らを取り囲んでいたんだ。
あいつらの視線は4人に釘付けで、後方に迫った私達に気づいている様子もない。それなら好都合、手で合図を送れば皆は一斉に第二小隊の面々に向かっていく。下から驚いている天蓬と捲簾の声が聞こえた…もう自分達は私達の上官じゃないとか、とばっちり食うだろうとか、私達のことを心配する言葉ばかり投げるの。
今、一番危ないのは自分達の命なのに、それなのに私達の心配してくれるような人達だったから、一生を捧げようって決めたんだよ。
「―――天蓬!!」
「…悪いけど、この人には指一本触れさせないよ?」
―――ザシュッ!!
「が、っ…紅英、元帥、…貴様まで天帝に背くのか……!」
「私は最初から天帝に忠誠を誓ったつもりはないよ。…私の忠誠は、いつだって別の所にあったんだ」
まぁ、もう聞こえてはいないだろうけどね。
刀についた血を振り払っていると、後頭部をベシッと思いっきり叩かれた。結構な強さなもんだから涙滲んできたよ?!いったいなぁ!って文句言いながら振り返れば、泣きそうな顔をしている天蓬と捲簾の姿があった。その後ろには悟空を守るように抱きしめている兄様もいて、兄様も2人と同じような顔をしているもんだからちょっと笑っちゃったよ。
…そんな泣きそうな顔をしないでよ、私は後悔なんてしないから。此処に来る前にもう覚悟は決めてるし、貴方達以外に失うものなんてひとつもないんだからね。
「お前もあいつらも!バカじゃねぇのか…っ!」
「僕も捲簾も、もう任を降りたんです。離脱しているんですよ!知らないわけじゃないでしょう?!」
「…さっき、彼らも言ってたでしょ?『聞こえないであります、元帥』!」
「ッ、」
「あのね?私達の上官は、いつまでも貴方達2人なんです、2人しかいないんです。任を降りようが、離脱しようが、辞めようが!」
それはずっと変わることのない、真実なの。
「私は、私達は…捲簾大将と天蓬元帥以外の人の下につくのは死んでもごめんなんですよ。嫌なんですよ」
「紅英…」
「それに言ったでしょう?貴方達の背中は、一生私が守りますって」
―――ギュウッ…
「ほんと、…大馬鹿者の妹分だよ、お前は……!」
痛いくらいに抱きしめてくれる捲簾の背中を、ポンポンと2回叩いて、広く逞しい胸を押す。最後の、命令を下してもらう為に。
グッと顔を上げ、真正面から天蓬の顔を見つめる。私の真意に気がついたのだろう、泣きそうな顔は鳴りを潜め、今彼の顔にはいつも通りの表情が浮かんでいる。…そうよ、貴方はいつだってそういう顔をしていればいいの。泣きそうな顔なんて似合わない、いつだって凛々しい顔をして私達に命令を下していればいいの。それで、…楽しそうに笑ってくれれば、私は幸せだったの。
「さあ…命令をください、天蓬元帥。上官として、私達に最後の命令を」
「―――全員殺しなさい!!今ここで貴方がたの姿を見た者、一人たりとも残してはなりません。聞こえましたね?!」
「…承知致しました。その任務、必ずや遂行してみせましょう。…ね?皆」
「イエッサー!!」
これが本当に最後だ、最後の命令だ。彼らと言葉を交わすのも、姿を見るのも―――きっとこれっきり。失いたくないと、守りたいと泣き叫ぶ心のどこかでずっと感じていたんだ、最期になるだろうってこと。だったら尚更、後悔をしてしまうことのないように全てを、伝えよう。
銃弾が撃ち込まれる音、刀同士がぶつかり合う音が響く中、私は天蓬のネクタイを引っ掴んで思いっきり自分の方へ引き寄せる。そうしながらも向かってくる奴らは、捲簾直伝の銃で退けて、それで私は―――乱暴に、天蓬の唇にキスをした。
「紅っ…!」
「愛していました。ずっと、ずっと貴方だけを…お慕いしてました」
大好きでした、と言葉を風にのせる。残念ながらその返事を聞くことは叶わないけれど、ただの自己満足だけれど―――ああこれで、もう思い残すことはひとつもないよ。天蓬。
にっこりと笑みを浮かべて、何か言いたげな彼の胸を押す。さっき捲簾にした時と同じように優しく、でも抗えないように強く。行って、早くここを離れて、貴方達はこんな所で立ち止まっている暇はないはずよ?下界に亡命して、…悟空を守ると、そう決めたのでしょう?
「や、やだッ紅姉ちゃ…っ姉ちゃんも一緒に、」
「…兄様!」
「なんだ、紅英」
「悟空をお願いしますね、絶対に守ってあげて…!」
一度、見開かれた綺麗な瞳。けれど、すぐに強い光を宿してコクリと頷いた。あの頃のようにつまらなそうに周りの光景を見ていた、兄様はもういない。今ここにいるのは、必死で大切なものを守ろうとする最っ高にカッコイイ兄様だけだ。…私は貴方の妹でいることができて、心の底から良かったと思うわ。
いまだ泣き叫びながら私の名前を呼んでくれている悟空を抱え、兄様は地を蹴る。それに続くように捲簾と天蓬も走って―――扉の中へと、姿を消したのだ。
「…さあ、暴れましょうか。天界西方軍第一小隊・元帥…紅英、参ります!」
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