散り逝く命と生き様


ひとり、またひとり、と…少しずつ、でも確実に仲間の数が減っていっているのが気配や、響き渡る音で感じ取っていた。これが最後の出陣だ、と口にしたのは誰だっただろうか。ほんの数十分程前の記憶のはずなのに、それすらもう曖昧で。
脳裏に浮かぶのはいつだって、楽しそうに笑っている彼らの姿。そして私を受け入れてくれた第一小隊の仲間達。…ああそうか、これが俗に言う走馬灯というものか。


「ゲホッ…」


パタパタと舞った鮮血が、真っ白な床を赤く染め上げていく。息が上がる、段々と腕に力が入らなくなっていく、この身体はもうすぐ使い物にならなくなるのだと言っているような気がして、…でもそれに従いたくなんてなくて、振り払うように刀を薙ぎ、数少なくなった銃弾を撃ち込んでいった。
まだだ、まだ倒れるには早い…!ほんの数十分、足掻いただけだもの。あの人達はきっと、まだゲートにまで達していない。無事に下界へ行けるように、誰一人欠けることなくゲートをくぐれるように踏ん張らなくちゃ、何の意味もなくなってしまう。

(少しでも長く、少しでも多く―――追っ手を、消さなくてはならないの)

どれだけ血を流していても、どれだけ身体が重くても、どれだけ…致命傷になりかねない傷口が痛んでも、この足を、腕を、止めるわけにはいかない。もう少しだけでいい、此処にいる奴らを全滅させるまでもてばいい。その後ならいくらでも私の命でも、血でも、四肢でも、何でも持っていけばいいさ。…だから、力を貸せって言ってんの。


「『さあ、喰らってしまえ。』」


ぞわり、ぞわりと真っ黒い何かがまぁるく形を作る。そこから這い出てきたのは、闇のような黒い色をした異形の怪物。決して天界には存在しないもの、存在したとしても排除の対象となり、その形を保つのは難しい代物だ。だって此処、天界は異形と不浄を何よりも嫌うのだから。
1つ、旋律を紡ぐ。小さく、でも可愛い私の子には確かにその歌が届いていたんだ。

―――歌を合図に、可愛い可愛い私の子達は敵と認識した天界軍を1人ずつ貪り始める。

足を、腕を、腹を、臓物を、流れ出る赤い水さえも遺すまいと言うように喰らい尽くしていく。そう、それでいいの。何ひとつ遺すことは許さない、骨の欠片だって…遺してはダメよ。子ども達。


「ひ、…っ!な、なんだこれはぁ!!」
「逃げろっ!とにかく此処から離れてっ…!」

―――ガッ

「ぁ、……!」
「逃がしなどしない。…あの人達の邪魔は、させない」


さあ、喰らえ。喰らい尽くして、お前達の血肉とするがいいわ。
ぶわり―――と、一層、闇が濃くなる。至る所から這い出る真っ黒な腕は、逃げ惑う軍の人間を捕まえては闇の底へと引きずり込んで喰らっていく。

グチュリ、
ゴキ、
バキ、ゴリ、
―――ボトリ。

薄気味悪い音が、部屋中に広がっていった。目の前に広がっていたのは凄惨な光景、所謂、地獄絵図と呼べそうなもの。そこら中に飛び散った赤い液体と、人間だったもの達の破片。軍人であったとしてもきっと、卒倒しそうな感じね。

(この光景を見たら、軽蔑されちゃうかも)

唯一の肉親である兄様、私を姉と慕ってくれた悟空、可愛い妹分だと笑ってくれた捲簾、そして―――私の一番大切で、大好きな天蓬。
ただの紅英として接してくれた彼らにだけは知られたくない、私の秘密。…本当は第一小隊の皆にも知られたくはなかったけど、でも仕方ないか。こうしないと天蓬の命を果たすことができそうになかったから。
それに、…もうこの場に生きたまま立っているのは私だけ。仲間である彼らは一足先に、逝ってしまったの。きっと視界の隅に凄惨な光景を映しながら。


「お、思い出したぞ…遥か昔に、異形のモノを従えた女が人を何人も喰らわせたって話!!」
「そうだ、その時に聞いた名前は確かに金蝉童子の妹である紅英童子の名前だった…」


何も反応を示さずに佇む私を驚いた瞳で見上げてくるそいつらを、そろりと忍び寄った何本もの腕が引き摺り込んでいった。

『いいか、紅英。この力をもう一度、使ってしまったその時は―――封じた記憶が、天界全体に知れ渡るぞ』

不意に菩薩様の言葉が甦る。決して忘れていたわけではないの、きちんと胸の奥に刻んでいたわ。大切で、大好きな人達ともっと一緒にいたいって思っていたから、絶対に失いたくないって思ってたから。
でも、でもね?もういいって思った、この力を使うことであの人達の役に立てるのならそれでも構わないって思ったの。天界から追放されることになろうが、幽閉されることになろうが、痛くも痒くもない。…天蓬達を失わない未来が拓けるのであれば、それでいいって心の底から思ったんだよ。

ぐらり、と視界が揺れる。喉奥から何かがせり上がってきて咳き込めば、パッと紅い華が咲いた。そっか、もうすぐ私の命は燃え尽きるんだね…まるで他人事のように、いまだ血が止まらないお腹の傷を見つめながらそんなことを考えていたんだ。痛みはもう、麻痺しているみたい。
立っていることすら出来なくて、その場に私は倒れ込んだ…腕も、もう重すぎて動かすことは難しそう。本当に、もうすぐだ…。


「ゴホッゲホッ…!て、んぽ、…」


霞んでいく意識の中、やっぱり脳裏に浮かぶのは愛しい人の笑顔。もっと早くこの気持ちに気がついていれば、もっと早くこの気持ちを伝えていれば、私達の関係や未来は何か変わっていたのだろうか。もしも、の話なんて馬鹿げていると思うけれど、でもどうしても考えてしまうのは私が、天蓬との未来を夢見ていた証なのだろう。
チャリ、と何かが揺れた。それは彼からもらった桜のネックレス。あれだけ動き回っていたにも拘らず、少しも傷つくことなく、私の胸元でキラキラと輝いている…まるで天蓬が傍にいてくれているみたいだわ。


「すき、よ、天蓬……生まれ変わることができたら、わたし、を」


―――必ず見つけて。愛しい貴方。

最期に見えたのは、私の可愛い子ども達が部屋中を破壊していく光景。そして破片が飛んできた瞬間、プツリと意識が途切れたんだ。





―――散りゆく桜が4つの魂を見届ける。
その生き様を確かに見届け、
彼らを追うように散っていく。

まるで跡形を残すな、と言うように
はらはらと。

そして誰一人、
4人の死体を目にすることは終ぞなかったという―――。
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