Epilogue.
「あーあ、ずいぶんと派手にやりやがったなぁ…アイツは」
「観世音菩薩があれ程、あの力を使ってはならぬと申していたんですがね…」
二郎神がひどく残念そうに呟いた。アイツなら絶対に守ってくれるだろう、と言いたげな感じだ。
…確かにアイツは破天荒な一面を持ってはいたが、人の言うことは必ず自分の中で噛み砕いて理解しようとする。理不尽なことに関してはハッキリと異を唱えるが、そうでないものはハナッから否定したり、反抗することもない。だからこそ、俺の忠告を聞いてくれると思っていたみてぇだが…実際は、そうではなかった。
けど俺は、何となくこうなるんじゃないかって感じてはいたんだよな。アイツ―――紅英が、奴らの元へ行くと言った時に。
狭い世界で生きていた紅英に、新しい世界をくれてやったのは捲簾大将と天蓬元帥だ。そいつらがピンチだって聞いたら、絶対に紅英の奴は黙ってなどいられねぇだろうし、あの力を発動させちまう恐れもあるってことくれぇわかってた。
…本当ならば、その時点で止めるべきだったのかもしれない。釘を刺しておくべきだったのかもしれない。それでもしなかったのは、紅英が自分で決めたことならば止める資格はないと思ったのかもしれねぇな。危険を冒してでも助けたいと願うのならば、俺には止めることなんてできやしねぇよ。
(―――ま、力を使うなって言った所でアイツの命が助かるわけでもねぇだろうさ)
力を使わない選択をしていたとしても、だ。紅英はきっとその命が燃え尽きる時まで戦い続けるだろう、愛しい奴らを守る為に剣を振るい、盾となるだろう。部屋を出て行く瞬間のアイツの瞳には、命を散らす覚悟が宿っているように見えたからな。
結論から言やあ、金蝉も捲簾も天蓬も紅英も―――遺体は見つかっていない。城はそこら中破壊されて瓦礫だらけだし、金蝉に至ってはゲートに圧し潰されたっつー話だ。
きっとこれから先、アイツらの遺体は見つかることはねぇだろう。
「―――なぁ、紅英。ようやく天界を離れられた気分はどうだ…?」
ポツリ、と呟いた言葉は、風に乗って消えた。誰に届くこともなく、ただひっそりと。あわよくば、愛しい愛しい俺の姫君に届いてほしいと願うばかりだが、答えを聞くまでも…ねぇ気はするな。だってお前はきっと、笑顔で言うんだろう?下界も綺麗だよ、って。花が咲いたような笑顔で、俺に言うんだろう?後悔なんてひとつもしていない、って。
あの笑顔を思い出す度に、涙が零れそうになる。絶対に泣いてなんかやらない、と思いながらも、それでも紅英の笑顔を思い出す度に…ダメなんだ。
「後悔を、しておられますか?紅英殿を止めなかったこと」
「…するつもりなんざなかったさ。止めるつもりもなかった、アイツが決めたことなら尚更な」
そう、思っていたはずだったのに。
「いざそうなってみるとダメだな…止めりゃあ良かった、って思ってる俺がいる」
「―――きっと、蘇芳殿の心からの叫びを聞いたからでしょうな」
「かもな」
最期の時まで、傍にいたいんです。兄様の、捲簾の、悟空の、―――何よりも、天蓬の傍に。
不意に紅英の最後の言葉を思い出した。行く末を予期していただろうに、それでも本当に嬉しそうに言ったんだ。身体中で愛おしいんだ、と現しているかのようだった。
「菩薩は後悔しているかもしれませんが、きっと…紅英殿はそれでも笑うのでしょうな。見慣れたあの笑顔で」
はらりと、一筋の涙が零れた。今だけは、どうか今だけは泣かせてくれ。
愛しい、花のような君よ。来世ではきっと、今度こそ幸せだと笑え。いつまでもお前の幸せだけを、俺は祈っている。
「ひどい怪我ですね…あの、大丈夫ですか?!」
「おいお嬢さん!聞こえてっか?!」
「―――…ッ」
それは500年の時を越え、
いつか紡がれるもう一つの物語―――。
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