胸に芽生える親愛の情


珍しく出動要請がないとある日。私は大将と一緒に元帥の部屋の掃除をしていた。+書類作成のお手伝いもあるんだけど、それはもう元帥の判をもらえばオールOKなので大丈夫。
部屋の掃除も粗方済んで、床すら見えなかった部屋は素晴らしいくらいに綺麗になってる。…まぁ、ここまでやったのは大将と私の2人で、部屋の主である元帥は何処かに行ったっきり戻ってきてないんだけどね。


「つっかれた。…何処行っちゃったの、あの物ぐさ元帥は」
「大方、お偉いさん方に呼び出し食らったんじゃねーの?」
「在り得るだろうけど…大将である貴方を差し置いて元帥だけ?おかしくないですか」
「立場的にはアイツの方が上だろ。それに、…お前もな」


煙草を吸いながら床に転がっていた書物を読んでいた大将が、伏せていた瞳を上げてニヤリと笑う。それはお前も同じ立場だろ、と言っているようで、私は思わずため息をついた。
そうなのだ、大分前に元帥へと昇進した私は、天蓬元帥と同じ地位にいるのです…だけど、別に地位が欲しかったわけじゃないのよね。それを口走れば奇異な目で見られるだろうから、絶対に言わないけど―――私が昇進する為に必死になっていたのは、上官である2人の為だ。この2人のお役に立つ為に、そして肩を並べて、隣に、ごく近い位置に立っていたかったから。
きっとね、昇進なんてしなくても私は2人の近い位置に立っている方だと思う。というか、第一小隊の全員がそんな立ち位置だとは思うんだ。けど、それでもやっぱり、誰よりもお傍で2人の背中を守りたいって思ってしまったから。
でもまぁ、普段はその地位を振りかざしたりとかそういう風に振る舞うつもりはこれっぽっちもないけど。…ああでも2人や小隊の皆に何かがあった時は、ソレを振りかざすのはアリかもしんないなぁ。


「…ねー大将、聞きました?」
「あン?何をよ」
「―――新しい闘神太子のこと」
「ナタク―――だっけか?」


大将が第一小隊に赴任して少しした頃から、下界に異様な数の大妖怪達が頻繁に出現し始めたのは記憶に新しい。だってその頃にようやく私達と元帥は、歩み寄れたように感じていたから。まぁ、それはともかく…大妖怪達の出現回数・出現数が増えれば私達、天界軍の出陣も大幅に増えていくわけです。

でも正直、私達の手に負えるようなものではないのは確かだった、それでも唯一、殺生が許されている闘神太子がいない以上、どうにかするしかないのが現状。

そんな時、李塔天って言ったかなぁ?確か、天帝サマの書記官だって元帥に聞いた記憶がある。その人が我が息子を闘神太子に―――と、推薦したと聞いた。頻発する出陣に天界軍が苦戦し、参っていたのは確かで…そんな折に挙げられた闘神太子候補。そりゃあ天帝サマも縋るかも、ね?
だけど、…あんな小さな子供が殺生を許された闘神だなんて、一体上層部は何を考えているのだろう。一番わからないのは、ナタク太子の親である李塔天だけれど。だって自分の子供を自ら闘神候補に挙げたんだよ?普通に考えてみればおかしい話じゃない?
大妖怪達を殺しに行くってことは、それなりの危険を伴うってこと。無傷で帰ってこれる保証なんてないし、いつ命を落とすのかもわからない―――そんな戦場に、愛しい子供を送ろうだなんておかしいにも程があると思うんだけど。


「実力は申し分ねぇみてーだぜ?」
「みたいですね。一度、その戦いぶりをこの目で見てみたい気はしますけど…でも、」
「はいはい、ストーップ。…それ以上は禁句だぜ?紅英元帥。どこで誰が聞き耳立ててるかわかんねーかんな」
「いっつも言いたい放題言ってる大将に注意されたくないんだけど」
「ははっいーんだよ、それが俺だから。お前の気持ちもわかんねぇでもねぇし、俺もおかしいとは思ってるけどな」


ナタク太子が闘神となった裏には何かある―――そう感じていたのは、私だけじゃなかったらしい。大将も、今此処にはいない元帥も同じように何か作為的なものを少なからず感じているみたい。
でもそれはあくまで噂のようなもの、そして推測であり憶測でしかないから、だから口には出すなと言いたいんだろうなぁ、大将は。


「煙草。私にもください」
「あ?お前も吸うんだっけか?ほらよ」
「ドーモ」


下界に下りた時に適当に買ってきているらしく、大将は銘柄に然程こだわりがないらしいと教えてくれたのは、確か元帥だっただろうか。そういうあの人も銘柄とか気にしなさそうだけど、あの言い草だとそういうわけではないらしいかな。…かくいう私も煙草なんて生まれてこの方吸ったことなんてないけどね。これがはっつたいけーん!

見様見真似で火をつけて、煙を吸い込んだ瞬間―――噎せた。
それはもうすごい勢いで噎せた。うっわ、めっちゃ煙い…!


「ンだよ、吸ったことねーんじゃねぇか」
「ゲホッゴホッ…!だ、だって2人がいつも美味しそうに吸ってるから、どんなもんかなって…ゴホッ」
「で?初体験の感想はどうよ」
「苦い。煙い。……でも、悪くはないかも」
「そーかい。んじゃ、これやるよ」


ポンッと投げられたのは、今、大将と私が吸っている煙草。メンソールが入った、タール数値が1mgのソレはかなり軽めのものなんだってさ。物珍しさに手を出してみたらしいけど、思っていた以上に軽くて吸ってる感じがないからもういらないそうです。ああ成程、だから私に投げて寄越したわけか。
さっきまではあまりの煙さに噎せていたけれど、時間が経つうちに大分慣れてきたらしくて噎せなくなった。まだ煙いは煙いけど、繰り返し吸ってるうちにこれがクセになっていくのかも。きっと元帥と大将もそうだったんだろう、ヘビースモーカーになる前は。…せめてヘビースモーカーにならないように気をつけよう。

2人分の煙が充満し始めた部屋の空気を換気するために、大きな窓を開け放ち、窓枠に腰掛ければ―――心地よい風と桜の花弁が舞い込んできたから、思わず笑みが零れる。
ああやっぱり、桜が一番綺麗だ…天界の万年桜も綺麗で好きだけれど、一度だけ見た下界の桜の美しさには敵わないと、そう思うんだ。同じ桜のはずなのにどうしてそう感じたのか、今でもわからないんだけどね。


「ちょっと捲簾。紅英を不良の道に引き込むのやめてもらえません?」
「人聞き悪いな、コイツ自ら踏み込んできたんだよ。なぁ、紅英」
「あ、おかえりなさーい」
「はい、ただいま。何で貴方まで煙草に手ェ出してるんですか」
「んー?2人がいっつも美味しそうに吸ってるからですよーだ」


しいて言えば、2人のせいだ。そう言って笑えば、虚をつかれたような表情を浮かべてすぐに破顔した。お前らしい言い分だ、と楽しそうに笑う2人が大好きで。

私がずっと守りたいと思っているのは、この笑顔なんだ―――そう、唐突に思ったの。


「ほら、これ大将がくれたんです」
「1mgのメンソールですか、まぁそれならいいでしょう」
「あははっ元帥ってば私の親みたいー!」
「確かに天蓬は紅英に対してだけ、過保護だよなぁ」
「過保護にもなるでしょう。僕達の可愛い可愛い―――妹分なんですから」


妹分?誰が?誰の?

―――私が、元帥と大将の?


「…ああ、いいなソレ」
「でしょう?」
「〜〜〜〜〜〜っ…!!」
「?紅英、どうしました震えちゃって」
「おーい、紅英ちゃーん?」
「〜〜〜何ですかそれ嬉しすぎて死ねるよ私っ!」


あーん、もう2人共大好きですっ!!ほぼ絶叫に近い声量で叫びながら抱きつけば、危ねぇとか何とか言いながらも引き剥がそうとしない辺り、この人達は私のことを甘やかし過ぎだと思うんだ。でもその甘ささえも心地良くて、砂糖水に浸かっているような幸せを離したいとは、一生涯思わない。
やっぱり私は、この2人の背を守る為に、追いかける為に生まれてきたのだと―――そう思わずにはいられない。



(というか紅英。ずっと言おうと思っていたんですが、)
(いい加減、俺らのこと大将と元帥って呼ぶの止めろよ。あと敬語)
(えっ何で?!)
(貴方だって元帥なんですから、立場的には同じでしょう?)
(う、で、でも…)
(んじゃ、呼ぶ度に罰金なー。貯まったらそれで焼肉行こうぜ)
(いいですねぇ、それ)
(りっ…理不尽だーーーー!!!)
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