近づきたいのに近づけない


あの時見た女性は八戒さんの双子の姉だ、と悟浄さんに教えてもらってからもうすぐ1週間が経つ。あの日から私は、一度もあの図書館へ足を運んでいない。
私が彼の家を飛び出した瞬間、一緒にいた悟空には何があったのかと何度も聞かれたけど、本当に用事があっただけだから、と言い張ってるんだ。だっていくら幼なじみでもこんなこと言えないでしょう?彼の双子のお姉さんを恋人だと思ってショックを受けました、なんて。
それに悟空は色恋沙汰に興味がない、というか…鈍い、から。こういう話をしてもきょとんとしちゃうと思うのよね、それもあって言わないでおこうと思ったの。まぁ、一番の理由は知られたくないし恥ずかしいからなんだけどさ。


「(別に今までも図書館に毎日通っていたわけでもないし、)」


そう、少しくらい行かなくたって八戒さんは何とも思わないだろう。それこそレポートで忙しくなった時くらいしか、あの図書館にはお世話になっていなかったんだし。最近はあの人とよく話すようになったから、結構な頻度で通ってたけれども。
テストもレポートも無事に終わった今。図書館で借りる資料もないし、パソコン室を借りる必要性も全くない。…というのは多分、建前。本当はあんな風に飛び出してしまったから、顔を合わせるのが気まずくて仕方ないだけ―――理由を聞かれてもきっと、答えることができないから避けてるんだと思う。
同じマンションに住んでいて、悟空の養父・三蔵さんと知り合いだからもしかしたら会っちゃうかも、とかも思ってたんだけどさ?階が違うからか本当に一度も会っていない状態が続いている。


「会いたいような、でも会いたくないような…複雑」
「あっ梨花みーっけ!」
「へ?…あ、悟空」
「なあなあ!今日の夜、暇か?暇だよな?!」


コイツ、私が常に暇人だって言いたいのか?そんなわけ―――あるけどさ!週末だけど、今日の夜も明日も明後日もなーんも用事ないっつーの!しかも両親は仲良く旅行に行っちゃってて、日曜の夜まで帰ってこないときたもんだ!娘も連れて行こうよ!つーか、あともう少し待ってくれれば私、大学が夏休みに入るんだけどな。そしたら私も連れて行ってもらえたのに、どーしてその前に行っちゃうかな?!あの万年バカップル両親め!!


「あいっかわらず梨花んとこの両親は仲良いよな。んじゃ、今日の夕メシってどうせコンビニだろ?だからウチ来いよ」
「さっきから失礼連発だな、貴様。夕飯ぐらい作りま―――…って、え?悟空の家?」
「おう。今日さ、八戒と悟浄が来る予定なんだ。せっかくだから梨花も呼んで、って」
「……誰が?」
「え?八戒と悟浄が」


なんで?!何であの2人に私がお呼ばれしてるの?!驚きすぎて口をあんぐり開けて固まってたら、悟空に変な顔だって大笑いされた。変な顔してる自覚はあったけど、君に言われると何でだろうね、すっごく腹が立つんだ。なので笑顔で一発叩いておいた、それも思いっきり。涙目で痛い!って文句言われたけど、アンタいつも三蔵さんにハリセンで引っ叩かれてんじゃない、慣れてるでしょーよ。

それにしても、…悟空の家かぁ。両親はいないし、自分でご飯作らなくていいのなら二つ返事でOKしたい所なんだけど…八戒さんに顔、合わせたくないなぁ。悟浄さんにはあの日、とんでもなくご迷惑をかけちゃったから再度謝罪とお礼をしたい、とは思ってたけども…皆がいる場でそれをしたら何があったんだ、って詰め寄られること間違いなしなのです。それはご勘弁願いたいのです。
うーん、と悩んでいたら、痛む頭を擦っていた悟空が八戒の作るメシめっちゃ美味いぞ、って教えてくれたから即座に頷いた。うん、そんなことで行くことを決めた私は本当に馬鹿なんじゃないかと思います。





「…あ、」
「ああ、梨花さん。今、帰りですか?」
「えっと、あの、はい…こんばんは?」
「はい、こんばんは。それとおかえりなさい」
「!…ただいま、です」


駅前にあるスーパーの入口でまさかの八戒さんとバッタリ遭遇イベントが発生しちゃいました。あっちは普通にしてますけど、私はちょっとだけ挙動不審…だって、ねぇ?挙動不審にもなっちゃうでしょーよ、あれから一度も会ってないって何度も言ってんだから。


「悟空から聞きました?今日のこと」
「聞きました。でもいいんですか?私まで…」
「構いませんよ、食事は大勢で食べた方が楽しいですし」
「…昨日から両親が旅行に行っちゃってて、正直作るの面倒だなぁって思ってたんです」
「そうなんですか、じゃあちょうど良かったですね」


マンションまでの道のりを、2人並んで歩く。他愛ない話をして、時々笑って、時々驚いて…あんなに合うのが気まずい、って思っていたはずだったのに、いざ会ってみたらそんなことなくて普通に話せちゃってる。
私が気にしすぎてただけ、で、あの時、八戒さんは然程気にしていなかったのかもしれない。飛び出していったのは確かなんだけど、でも泣いてる顔は見られてなかったはずだし、声も震えていなかったはず。


「えっと、荷物置いてから行きますね」
「ゆっくりでいいですよ、これからご飯の支度をするので」


また後で、と言葉を交わして、私は自分の家に。八戒さんは悟空の家へと入っていった。ドアを閉めた途端、私はズルズルと座り込んじゃったけど。うん、あれだ、普通に話せてると思い込んでただけで思っていた以上に緊張しちゃってみたい。私。
…そりゃそうか。好きな人、だもんなぁ…自覚したのは最近だけど。


「(自覚したらしたで厄介、だなぁ…恋心って)」


誰かを好きになるなんて初めてではないけれど、それでもいつだって思うんだ。「こんな思いするくらいなら、好きにならなければ良かった」って。友達曰く、恋は落ちるものだから自分自身じゃコントロールできないんだって言ってたけど、それは的を得ている気がする。落ちた後だってコントロール、効かない気がするけどね。
はぁ、と溜息を1つ吐いて、のろのろと立ち上がる。いい加減、荷物を置いて悟空の家に行かないと…呼ばれてる身だし、少しは手伝いしないと申し訳ないもん。八戒さんのお手伝い、となると…まーた妙に緊張してきちゃうんだけどね。
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