交換しましょ
荷物を置いて悟空の家を訪ねた時にはもう悟浄さんも来ていて、料理も粗方出来上がっていた。あとは三蔵さんが帰ってくるのを待つのみ、という所みたい。お手伝いを、と思っていたんだけど…やっぱりうだうだ考え込んでいたせいで手伝うことは叶わなかった。
…というか、八戒さんって手際がいいんだなぁ。だって私が来るまでの間にこの品数を作ってたってことでしょ?まだいくつかは煮込んでいる最中だったりするけど、テーブルの上に並んでる料理の数…結構多いよ?
「梨花さん、味見してくれませんか?」
「私ですか?私より悟空の方が適任じゃあ…」
「悟空は何度も僕が作った料理、食べてますから。梨花さんの口に合うか知りたいんです」
はい、と差し出されたのはほくほくのじゃがいも。それはとても美味しそうなんですけど、…八戒さん、何故にあーんする気満々なんですか。悟空と悟浄さんがいる此処で、片思いしている相手にあーんをしてもらえと?!なんだ、その羞恥プレイ!!!
「えっと、」
「?…ああ、大丈夫ですよ。もう熱くありませんから」
いや、私が気にしているのはそういうことではなくてですね…!
ああダメだ、八戒さんって意外と天然な人なのかもしれない。というか、こういうことには鈍い人なのかも。私が気にしていることに気がついたらしい悟浄さんは、必死で笑いを堪えてるけど震えてるから丸わかりっすよ。悟空は案の定、気がついてない。うん、そうよね、悟空も色恋沙汰には疎いもんねー。
…これ以上は何を言ってもきっとわかってもらえないだろうし、覚悟を決めて食べてしまった方がいいだろう。心の中でよし、と気合を入れた私は、差し出されていたじゃがいもを口にした。
あ、味が染みてて美味しいなぁこれ。
「どうですか?」
「めっちゃくちゃ美味しいです!八戒さんって料理上手なんですねぇ」
「ああ、料理は僕の担当なのでまぁ…やってるうちに」
「へ?どうせい―――じゃない、同居してるあの女性がやってるんじゃ…」
「花喃のことですか?彼女、料理はてんでダメな人なので。だから僕が作ってるんです」
作れはするんですけど、よくわからない物体になっちゃうんですよ。
八戒さんはクスクスと楽しそうに笑いながら教えてくれた。チラリと表情を盗み見してみたけれど、その表情は大切な家族なんですって言っているようで、恋人とか好きな人のことを話しているような感じではなくて。私は内心、ホッとしていたんだ。本当に恋人ではないんだ、って。
悟浄さんのことを信じていないわけではなかったんだけど、ほら、私に気を使ってそう言ったのかもなーとは思ってたから。…あ、それを信じていないって言うのかな。悟浄さんに知られたらひどい!って言われちゃうかも。
程なくして料理が全て完成した。それと同時に三蔵さんも帰ってきたようなので、よくわからないメンバーでの夕食が始まったのだけれど…何ていうか、すごい。何がすごいって、悟空と悟浄さんのやり取りだよ。悟空は昔っから大食漢でめちゃくちゃ食べるんだけど、三蔵さんがそこまで食べる人じゃなかったから、料理の取り合いとかそういうの見たことなくって。
…だけど、今目の前でそれが繰り広げられてるんだよね、そうか、こういうのを戦争と呼ぶのか。
「てめっそりゃあ俺のエビチリだろうがよ!!」
「へへーんだ!取ったもん勝ちだもんね〜」
「こンの脳みそ胃袋猿!!」
「ンだよ、万年発情期エロ河童!!!」
「あァ?!やんのかこの野郎!」
「やらいでかァ!!」
「〜〜〜やかましいわ、馬鹿コンビ!!!」
ついに堪忍袋の緒が切れたらしい三蔵さんのハリセンが、2人の脳天にクリーンヒットした。うっわー、何度か悟空が食らってるの見たことあったけど、相変わらず重い音響かせてるなぁ。いたそ。
というか、悟浄さんってこんな子供っぽい一面があるんだ。真っ赤な髪をしてて、見た目はとてもチャラいんだけど、でもやっぱりどこか大人って雰囲気があって…こんな風に悟空と料理を取り合うような人には見えなかったから、ちょっとだけ意外かも。まぁ、とはいってもそこまで年齢が離れてるわけでもないんだけどさ。…多分。
しっかりと確保しておいた自分の分をもそもそと食べていると、私と同じように静観していた八戒さんとバチッと目が合った。
その瞬間に柔らかく微笑まれちゃったらもうね、鼓動が一気に早くなりますよねそりゃあ!!その度に自覚するんだ、私は本当にこの人のことが好きなんだ、恋しちゃってるんだなぁって。
「(八戒さんって、どんな人が好みなんだろ)」
やっぱり花喃さんみたいな落ち着きがあって、ふんわりした雰囲気の女性が好きなのかな?いや、あの人は実のお姉さんだから好みのタイプとは違うのかもしれないけれども!…でもさ、社会人になった今でも一緒に暮らしてるってことは少なくとも花喃さんのことを嫌ってはいないということで…だから何となく、理想の女性は花喃さんなのかなぁって思っちゃう節もあるんだよね。
うーん、好みのタイプを聞いてみたい気もするけどそんなことを聞いてみてしまった日には、私が八戒さんのことを好きだってバレてしまいそうだよ。悟浄さんにはバレた(というか気づかされた)し、自分が思っている以上に私は顔とか態度に出やすいタイプのようなので。
八戒さんや三蔵さんは他人の感情とか、そういうのに聡そうだから変なこと口走ると一発で見抜いちゃいそう。…でもやっぱり好きな人のことだもん、気になってしまうのが乙女心というやつだ。
食事会だったはずが、気がつけば宴会チックになりました。気がつけば1人、また1人と潰れていく中、結構な量を飲んでいるはずの八戒さんは至って普通の顔でお酒を飲み続けています。
…この人、めっちゃ強いんだなぁ。
「…爆睡してますね、この3人」
「あれだけのペースで飲めば酔いも回りますって。…さて、3人にタオルケットでも持ってきましょうか」
「じゃあ私、その間に片付けしておきます」
「大丈夫ですよ。梨花さんを招いたのは僕達ですから、休んでいてください」
「だからこそ、ですよー。ほとんどお手伝いしていないんですから、片付けくらいさせてください。ね?」
にっこり笑ってハッキリと告げれば、さっきまで浮かべられていた笑みは苦笑に変わった。まるで仕方ないですねぇ、と言っているかのようだけど、こればっかりは譲れない。招かれたことは事実だけど、だからといって片付けすらしないままお暇するのは私のプライドが許さないのだ!礼儀は大切!!それに料理だって八戒さんが1人で作っていたのに、片付けまでさせる方が嫌だもん。ただ座って楽をする、だなんて以ての外だ。
ふんぞり返りそうな勢いでそう言った私を見て、一瞬きょとんとした表情を浮かべた後、八戒さんは口元を抑えてふるふると震え始めた。気分でも悪くなったのか、と心配になったけど、クスクスと笑う声が聞こえてきたのでホッと息を吐いた。
…けど、何か複雑だ。だって笑ってるのって私の言動が原因でしょう?多分。気分が悪くなったわけじゃないのは安心すべきことだけど、手放しでは喜べません。いや、八戒さんの大笑いしてる顔ってとても貴重だとは思いますけどね?笑った顔は何度も見たことあるけど、あれはどっちかと言うと微笑みに分類されるものだから。
でもあれですね、悟空や悟浄さんは大笑いする時なんて豪快に笑ってるから、こんなにも静かな大笑いがあるんだなぁって思ったりする。あ、涙まで流してる…そんなに面白かったのかなぁ?八戒さんの笑いのツボってよくわからない。
ひとしきり笑って落ち着いたらしい八戒さんは、奥の部屋に3人分のタオルケットを取りに行った。その間に私は食器をシンクに運び、ビニール袋に空き缶を入れ、袋の口をしっかり縛ってから玄関口に放置!その後は洗い物に手をつけることにした。
料理を作る時に使った鍋や調理器具は全て八戒さんが片づけてくれているから、私が片づけるのは使った食器のみだ。それなりに枚数は多いけど、鍋などがない分、洗うのは楽だよね。
―――キュッ
「よし、終わり!」
「お疲れ様。ありがとうございました、梨花さん」
「いいえ、このくらい全然!…っと、私そろそろ帰りますね」
ふっと見上げた時計はもう0時を回っていた。盛り上がってしまったとはいえ、さすがに家主が寝てしまっている部屋にこれ以上お邪魔するわけにもいかないし。
「送っていきます、…と言おうと思っていたんですが、隣でしたっけ」
「はい。1分もかからない距離なので大丈夫です」
家が隣でなかったら、八戒さんに送ってもらうことができたんだな、って思うと少しだけ残念だし、もっとお話もしていたいけれど、でもさすがにマズイ。何がって、時間がっていうのももちろんなんだけど、明日―――あ、もう今日か。今日だって彼は朝から仕事なんだもの、それなのにこれ以上、睡眠時間を削るわけにもいかない。
もう少し、と思う気持ちを飲み込む。靴を履いて立ち上がった所で、八戒さんが突然ああそうだ、と声を上げた。何かあったんだろうか、と振り向くと、携帯を片手に持った彼がそこにいる。…何で携帯?
「番号、交換しませんか?」
「へ?」
「携帯の番号です。あの、嫌ならいいんですが…」
「いっ嫌なんてとんでもない!ええっと、携帯携帯…!!」
「あははっそんなに慌てなくても大丈夫ですよ」
突然の申し出に私は少しパニックになっていたのかもしれない。パンツのポケットにいれている携帯を見つけることができず、どこに入れたっけ?ってなるくらいだもん。八戒さんもその様子を見て楽しそうに笑ってるし、…バカだなぁ私…1人でこんなにも舞い上がっちゃって。番号の交換なんて、このご時世では何も珍しいことではないし、特別な意味だってないのに。
ようやく見つけ出した携帯を取り出して、八戒さんの番号とアドレスを登録。今度は私の番号とアドレスを登録してもらって、これで交換終了です。
「えっと、…じゃあ帰ります。おやすみなさい」
「すぐ隣とはいえ、もう遅い時間ですから気を付けて。おやすみなさい、梨花さん」
ふわりと浮かぶ見慣れた笑顔に、やっぱり胸は高鳴るんだ。