心地良い鼓動


色々とあったけど、何とか無事に夏休みを迎えることができましたー!小中高時代は夏休みって宿題を出されてて大変だったけどさ、大学生はそれがないんだよね〜入学して一番の衝撃でしたから。
友達はサークル活動があったりするけど、私はサークル入ってないからなー…なーんも用事ないんだよね。1人暮らししてるわけでもないから、実家に帰るとかいうのもないし。多分、お盆辺りに田舎のおじいちゃんの家に遊びに行くとは思うけど、それまでは目立った予定はない。ちょこちょこ友達と会う約束はしてるけど、基本は暇だ。
短期のバイトでもやってみようか、と思ったんだけど、さすが夏休み。ほとんど募集終了してましたよ!!そりゃあ稼ぎ時だもんねぇ、長い休みなんてさ。

読んでいた雑誌をバサリ、とベッドの上に放り投げ、そのまま横になる。開け放った窓からはそよそよと風が入り込んでくるけれど、気温が高いからか少しも涼しくなくて。扇風機も回してはいるものの、暑いことには変わりないのだ。


「…八戒さん、元気かなぁ」


テストやレポートが終わってしまったから、図書館には一切行っていない。いや、その少し前から会うの気まずいな〜って思っちゃったから、行ってなかったんだけど。でも、ご飯を一緒にって誘われて食べに行った時は少しも気まずいことなんかなくて、むしろ会わなくなる前と何ら変わりない様子だったんだよね。
…それもそれでちょっとだけ、淋しいとか思ってしまった私はとんでもなくわがままだ。気にされちゃうと身構えちゃうけど、でも全く気にされないのも嫌だ―――なんて、私は構ってちゃんかこの野郎。

あーもう、とボフッと枕に顔を埋める。とりあえず、気まずさ(私の中での)は払拭できたはずだから図書館に行ってみようかなぁとも思うのだけれども、元々私はそこまで本好きなわけでもない。雑誌とかマンガはよく読むんだけど、図書館に置いてあるような専門書や小説は今までほとんど手を付けてこなかったのだ。それこそ宿題の読書感想文の時くらいじゃないかなぁ、読んでたの。
大学生になってからはレポートの関係もあって、前より読むようになったけど…やっぱり今みたいな時は進んで読もう、と思ったりすることは少ない。だから、図書館に行く理由が見つからないのだ、…涼みに行くことと、八戒さんに会いに行くこと以外。

ゴロンと寝返りを打つと、手に何か固いものが当たった。何だろう、と視線を向けてみると、そこにあったのは携帯。あ、そっか、ベッドに放置したまま雑誌読んでたんだっけ。でもあんまり鳴らないしなぁ、コイツ…と、電源ボタンを押すとそこには新着メールの表示。送信者の名前は、……八戒さん?!


「えっ…な、何で?!」


いや、アドレスも番号も交換したからメールがきても一切おかしくはないんだけど、でも今まで一度もメールも電話もしていなかったのに、急に何で……?!何だか寝っ転がったままメールを開くのは失礼な気がしちゃって、思わずガバッと身を起こして震える手で届いているメールを開くと、そこには丁寧な、とても八戒さんらしい文章が連ねられていた。

『こんにちは、八戒です。突然すみません。
今日、近くの神社で夏祭りがあるのを知っていますか?悟浄達と行く予定なんですが、良ければ梨花さんも一緒にどうかなと思いまして。』

壁にかけてあるカレンダーを見てみると、確かに八戒さんのメールに書かれていた通り、今日は近くの神社で夏祭りをやる日だ。そう大きくない神社なんだけど、私が小さい頃からずっと開かれているお祭りで結構盛大なのよね。櫓も立てられているし、出店の種類も多いし、人もたくさん来る。この辺りに住んでいる人なら、必ず1回は行ったことあるんじゃないのかなぁ。
友達と都合が合えば一緒に行こうかな、と思ってはいたけど、ことごとく皆用事があって全滅。あとで悟空に聞いてみようか、と思っててすっかり忘れてた…でもこの文面から察するに、アイツも来るってことなんだよね?きっと。『悟浄達』って書いてあるから、悟浄さんと2人きりってわけではなさそうだし。
八戒さんと2人きりだと緊張しちゃうけど、悟浄さん達もいるんなら…挙動不審になったりする恐れはない、かな。夏祭りも行きたいし。
手早く返信して、私はとあるものの在処を聞く為に部屋を飛び出した。


「おかーさーん、今日夏祭り行くんだけどさぁ私の…」





―――心臓はドキドキと忙しない。
毎年行っている夏祭りに、ほぼ毎日顔を合わせている幼なじみとその養父、そして最近知り合った超絶美形な2人の男性と行くだけ。言葉にすればただそれだけなんだけど、その中のたった1人に特別な想いを抱いていなければ、きっと私もこんなに緊張はしていなかっただろうし、ただひたすらに楽しみだとしか思っていなかったと思う。だけど、特別な想いを抱いている人が一緒だ、と思うだけで、こんなにも心臓は鼓動を早くしてしまうんだ。

18時半にマンションのエントランスで、と返信がきたのは、私がメールを送ってから30分後のこと。そのメールに倣い、私は18時半ちょっと前に家を出た。
エレベーターを待つ間も、乗っている間も、エントランスに着く瞬間も、ずーっと心臓がうるさい。会う前からこんな状態で、私、大丈夫なのかなぁ…心配になってきちゃったよ。


「梨花さん」
「あ、八戒さん、こんばんは!」


エレベーターを降りると、すぐに八戒さんに名前を呼ばれた。もう18時半なんだけど、そこにいたのは八戒さん1人だけで、三蔵さんも悟空も悟浄さんも、姿がない。まだ来ていないのか、それとも現地集合なのか…現地って言っても、このマンションから徒歩10分くらいの所なんだけどね。人の多さを考えると、確実に此処で待ち合わせした方がいいと思うんだけど。

まだ来ていない3人のことを尋ねてみると、まだ来ていないとのこと。でももう来るらしいから待っていましょう、とにこやかな笑顔を浮かべた八戒さんを見て、顔に熱が集まるのを感じていたのであります…いまだに慣れないんだ、この人の笑顔!
図書館にいる時の笑顔とは少しだけ違くて、今の方が、あの、自然体なんだよね。いや、働いている時の笑顔も素敵だとは思うんだけど、ちょっとだけ…やっぱり違う気がするの。だから余計に照れちゃうんだ、見慣れた笑顔とは違うから。


「あっ八戒と梨花来てる!」
「おっそいよ、悟空、三蔵さん!」
「この猿が支度が遅いのが悪い。俺じゃねぇ」
「…あ、悟浄も来ましたね」
「よう。…おっ梨花ちゃん浴衣か」
「せっかくだから引っ張り出してきました」


そうなのだ。今まで友達と行く時は浴衣なんてほとんど着ていなかったんだけど、せっかく八戒さんも来ることだし…と思って、数年ぶりに浴衣を引っ張り出してきたのです。さすがに着れないかなぁ、と思ってたんだけど、そんなこともなく無事に着ることができました。

カランコロン、と下駄を鳴らして、5人で世間話をしながらお祭りをやっている神社を目指す。そこまでの道のりにも提灯が飾られているし、遠くから祭囃子も聞こえてくるもんだから着く前からワクワクしちゃうんだよね!こういうお祭りが大好きな悟空も隣でソワソワしてるから、見てて面白い。コイツのことだから何を食べようかって考えてるんだろうなぁ。

神社に着くと一目散に駆け出す悟空、それを呆れた瞳で見つめながらも無言で追いかけていく三蔵さん。この2人は昔からそうで、特に幼稚園とか小学生の頃は私も悟空と同じように飛び出していっていたから、その度に三蔵さんが私達の面倒を見てくれていたんだよね。私のお父さんとお母さんは、その様子を楽しそうに見ているだけで。
…いや、決して育児を放棄していたわけではないんだろうけど…こういう時だけは、三蔵さん任せにしてたなぁ。今思い返すと。


「おーおー、元気だなぁ悟空は」
「小さい頃からああですよ。いっつも三蔵さんが眉間にシワ寄せて追いかけてました。…その時は私も、でしたけど」
「え?」
「私も、…小さい頃は悟空と一緒で落ち着きなくって、こういうお祭りの時は2人で走り出しちゃうんです」


さすがに小学生の高学年になったら、落ち着きましたけど。苦笑いを浮かべてそう告げると、八戒さんと悟浄さんは意外だって顔をして驚いてました。
あ、やっぱりそんな反応になりますよね〜だってお父さん達にも、三蔵さんにも言われますもん。今の様子からじゃあ想像がつかない程にやんちゃだった、って。


「梨花さんがやんちゃ…想像つきませんねぇ」
「悟空と遊ぶことが多かったから、自然とそうなったんじゃないかなぁ。楽しかったですけどね」
「…でもよ、悟空もいい加減に落ち着いてもいい歳じゃねぇの?」
「そうなんでしょうけど、悟空はあのままでもいいんじゃないですか?落ち着きのあるあの子は想像できないでしょう」
「―――…それもそうか」


八戒さんの言葉に私と悟浄さんは笑みを零して、同意した。確かに落ち着きのある悟空は想像がつかないし、何というか…似合わない。やっぱりアイツは天真爛漫で、自由にしていてくれていいと思う。…そう思っても、落ち着けよこの野郎!!って思うことが多々あるのも事実なんだけど。
プライベートは別にいいんだ、天真爛漫でも。でも学業に関してはもう少し、もう少しだけ落ち着いて取り組んでもらいたいなぁと思うんだよね。特にテストとかレポートとか。テスト前に泣きついてくるのは、いい加減止めてほしい所だ。


「んじゃ俺らも回るかー梨花ちゃん、腹減ってる?」
「あ、うん。まだ夕飯食べてないですし…」
「まずは腹ごしらえですかね。何かリクエストは?」
「…お好み焼きと、たこ焼き」
「リョーカイ。俺、たこ焼き買ってくっから、そっちはお好み焼き頼むわ。俺の分も忘れんなよー」


そう言いながら手をヒラヒラ振って、人混みの中に消えて行ってしまった悟浄さん。…え、予想だにしない2人きりという状況なんですけれど…?!だ、だって5人で行くからきっと八戒さんと2人きりになることはないだろう、と踏んでいたのに、神社に着いて早々にこうなるとは思わないでしょ!!

え、ちょ、本当にどうしよう、ドキドキがぶり返してきちゃった!

でもそれを顔に出すわけにもいかず、ドキマギしつつどうしようと考えていると、隣に立っていた八戒さんが行きましょうか、と声をかけてくれました。


「えっと、あの…はい」
「人が多いですからはぐれないように気を付けてくださいね」


にっこりと笑った八戒さんにコクリと頷きだけを返し、お好み焼きの屋台を探す為に再び歩き出す。カランコロンと下駄の鳴る音、祭囃子、たくさんの人の話す声、屋台のおじさん達の声、来た時と何も変わっていないのに…隣に立っているのが八戒さんだ、と認識するだけで体中が熱を出している時みたいに熱くなる。
だ、だってまるでデート、みたいで緊張、しちゃう。変わらぬ態度で歩いている彼は、そんなこと思ってもいないだろうけど。

―――ドキドキ、ドキドキ

鼓動が、痛いくらいに速い。苦しいけれど、でもこの甘い痛みは恋をしている証で。だからかな、苦しいけど、でも不思議と心地良いの。楽しいの。この人の隣にいるんだって思うと、緊張するんだけどそれでも嬉しくて、楽しくて、自然と頬が緩んじゃう。

彼の一歩後ろを歩いていると、ドンッと人とぶつかってしまってよろける。いつもならすぐに体勢を立て直せるんだけど、今日は浴衣を着ていて、尚且つ履き慣れていない下駄なのです。
つまり、そのまま足がもつれて地面とごたーいめーん!と、なる―――はず、だったんだけど、


「…大丈夫ですか?」


重力に任せて倒れる運命だった私の体は、八戒さんの思いがけず逞しい腕に支えられていました。
絶句、そして大パニック。私の頭の中を表すのは、その二言が一番適していると思う。


「梨花さん?」
「あっ…だ、大丈夫です!八戒さんが支えてくれたので、怪我もないし…ありがとう、ございます」
「いいえ。でも下駄を履いていた貴方に配慮が足りませんでしたね…あの、」


良かったら、捕まってください。
そう言って差し出されたのは、八戒さんの手。とても綺麗で、でも骨ばっていて男の人の手って感じだ。それが今、私の目の前に差し出されているのですが、…これはあれですか、手を繋ごうぜ!的なアレですか。
掴むことも、何か言うこともできずに、ただじっとその手を見つめていると、嫌だったら断ってくれて大丈夫ですよ、と苦笑交じりの声が鼓膜を揺らす。
ようやく我に返った私は勢い良く嫌じゃないです!と言ってしまった。もちろん、言った直後に大後悔だ。


「えっと、あのそのっ…!」
「あははっそんな勢い良く言わなくても聞こえますよ。では改めて…どうぞ?」
「お、…お借り、します」


よくわからないことを呟いて、そっと八戒さんの手を握る。夏だというのにほんのり冷たく、でも心地良い温かさに目を細めた。
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