6月20日


「わりい、遅くなった」
「ロムく〜ん♡ お疲れ様ですぞ♪」

 カウンターに座る社長は、すでにほろ酔いになっているようだった。隣の椅子に腰を下ろし、ちょうど店員から渡されたおしぼりで手を拭く。

「こっちまで来てもらったのに、悪かったな」
「ノンノン☆ お誘いしたのはコッチですぞ〜」
「なに頼んだんだ」
「まだ枝豆とビールだけですから、ジャンジャン頼みまショ♪」
「んじゃ、オレもビールと、磯部揚げと……」

 適当に見繕って注文する。正直、腹が減っているので、そこそこ腹の膨れそうなものばかりになった。社長も意外と食べるほうなので大丈夫だろう。

「カンパ〜イ☆」
「おー、乾杯」

 一気に半分ほどジョッキを減らし、大きく息を吐く。

「フッフッフ、イイ飲みっぷりですな〜♪」
「今週、全然飲んでねえからな」
「おや」

 シュウが家にいるので、自然と飲み会を避けることが多かった。今日も、声をかけてきたのが社長でなければ、何かと理由をつけて断っていただろう。

「同居人サンです?」
「あれ、言ったっけか」
「この間、クロウくんたちに話してたデショ」
「ああ」

 先日のバンド練習の後に、話の流れでクロウが流しそうめんをやりたいと言い出し、危うくオレの家が会場になるところだったのだ。急すぎるという理由に、「友人が転がり込んでいる」という情報をつけ足して、どうにかその場は回避した。たぶん、流しそうめん自体は、夏の間にどこかで実行はされるだろう。

「まあ、そんなとこだ」
「シュウ☆ゾーくん?」
「っぶふッ」

 ビールが気道に入ってむせた。小声で爆弾発言をぶつけてきた社長は、素知らぬ顔でジョッキを傾けている。

「っ……な、なんで」
「おや〜? アタリでしたか☆」
「てめ、カマかけやがったな……っ」

 おしぼりで口元を乱暴に拭う。咄嗟にごまかせなかった自分にも腹が立った。

「ボクの洞察力も捨てたモンじゃありませんな〜♪」
「リアルに勘弁してくれ……」

 どう話したものか、思考が空転する。口止めをすべきか、状況を話すべきか、今さらすっとぼけるのは難しい。こう見えて、社長はそれなりに食えない男だ。

「マ、答え合わせができたのでよしとしましょう」
「うん?」

 器用に、ぱちんとひとつウインクを寄越す。追いつけずに瞬きしていると、社長は勝手に得心したような顔をして、満足げに枝豆を口へ放り込んだ

「有栖川メイプルの運命相談所、いつでも受け付けてますぞ〜♡」
「ぜってー行かねえ!」

 意外なことだが、その後、それ以上踏み込まれるようなことはなかった。詮索好きな社長には珍しい、とも思ったが、そういえば存外気づかいのできる質だったと思い直す。
 当たり障りのない仕事の話と、バンドのこれからと、互いの近況などをいつも通りに話した。適当に食べて、飲んで、金曜日の夜にしては、ずいぶん早い時間の解散となった。

「二次会は次の機会に♡」

 ふざけているようで、手を添えてくれる。……こういうところが年上なんだよな、と実感した。もう、そこそこに長い付き合いになる。
 本当は、あまり隠し事など持ちたくない。

「おう。次は相談料払うわ」

 軽く手をあげて答えると、社長もどこか芝居がかった笑みで手を振った。

「お待ちしてますぞ〜♪」

 見知った背中が夜の街へ消えていく。無性に、はやく帰りたかった。