6月26日
カーテンが半分くらい開いていた。
そこから、部屋の明かりが漏れている。つい足を止めて見上げたが、タイミングよく窓に人影が写るようなことはなかった。いるのだろうか。もしかしたら、いないかもしれない。50パーセントくらいの疑いを天秤に乗せて、「いるだろう」という希望的観測と、ちょうど釣り合う。
「……こんばんは」
「どうも」
歩き出した弾みに、街灯の下に立っていた男と目が合った。見覚えのある顔は、確か最近越してきたらしいご近所さんだ。何をしているのかと思えば、煙草を吸っていた。
「家は禁煙ですか」
「そうなんですよ。だから、帰る前にちょっと」
意味深に切り上げた語尾には苦笑が滲んでいた。禁煙派の恋人と同棲でもしているのだろう。
鉄骨階段を上がって自室にたどり着くと、鍵を開ける前に、いきなりドアが開いた。
「うおっ」
「おかえり」
「よくわかったな」
「足音」
言ってから、シュウはちょっと首の角度を変えて、いきなりオレの首の辺りに顔を寄せた。
「な、なんだ」
「……誰かに会った?」
「あ、タバコか?」
こくんと頷く。耳が良ければ鼻も良いらしい。
「下でタバコ吸ってるヤツがいて、ちょっと立ち話した」
「ああ。それで」
「うん?」
「吸ったにしては匂いが薄いから」
もう一度顔を寄せて、すん、と鼻を鳴らす。改まって嗅がれると気恥ずかしいのでやめてほしい。汗もかいたし。
「うん。シャワー浴びてこい」
「わーったよ……これ、冷蔵庫入れとけ」
「焼きそば?」
「おう」
二日間の不在から帰ってきたシュウは、なぜかその期間のオレの夕食について尋ね、『カップ麺と焼きそば』と答えるなり拗ねだしたのだ。
『ふーん。カップ麺はどうでもいいけど、焼きそば。食べたんだ』
『おう。お前が帰ってこねえから、二人前食ったわ』
『へええ。全部食べたんだ、二人前』
『食ったよ。何だこのダルい絡み方は』
『デブ』
『はァ!?』
アラサーがやるには不毛すぎるやりとりが続き、結果、改めて焼きそばを作ることで手打ちになった。冷静に考えてみるとシュウは何も譲歩していないし、オレはまた焼きそばを食う羽目になるので理不尽な気もするが、そもそも理不尽の極みのような男がシュウだ。諦めるしかない。
「あれ、キムチは?」
「買ってない。まだ半分あるだろ」
「ふーん」
「つーか」
焼きそばにキムチって、別に必須じゃないだろ。
「……何?」
「いや、何でも。風呂入ってくる」
「ん」
冷蔵庫を開けるシュウを横目に、速足でシャワールームに向かう。洗面台の鏡に映った顔を見ると、案の定、口元が緩んでいた。
「……困るな」
焼きそばを作るときにいつもキムチを添えるのは、単にオレが好きだからだ。自己流もいいところで、それほど一般的なつけあわせでもないと思う。よくあるアレンジってとこだろう。
それをシュウが受け入れているのが、何だか妙に嬉しかった。にやけ面を隠せないくらいには。
――だから困る。本当に、困ってしまう。
今の生活が終わらなければいいのに、と思い始めている。