7月2日


 営業先から戻る途中で、視界の隅を見慣れたものが掠めた。

「ん?」

 ふさふさと豊かな、ミルクティー色の毛先。そのまま視線で辿っていくと、見覚えのあるシルエットに突き当たる。
 目深にかぶった帽子と大きなサングラスでわかりにくいが、あれは間違いなくシュウだろう。
 夕方になって暑さも緩んできたせいか、カフェのテラス席は意外と埋まっている。それでも目を留めてみれば、一人で座っているのはシュウくらいだった。

「よう」
「……サボり?」

 つい声をかけると、シュウは帽子のつばの下からわずかに緑の目を覗かせて、小さく笑った。
 腕時計で確認すると、アイスコーヒーを一杯飲み干すくらいの時間はある。

「空いてるか?」
「どうぞ」
「買ってくる」

 店内でアイスコーヒーを注文し、ついでに遅い昼食としてサンドイッチも買った。少し考えてから、小さなクッキーも一つ。

「ちゃんと出歩いてたんだな、お前」
「引きこもりだと思ってた?」
「帰るといつも居るからな」
「お前の帰りが遅いだけだよ」

 ぐうの音も出ない。
 サンドイッチのビニールを破き開け、ツナサンドを引っ張り出す。

「社会人にはいろいろあるんだよ……ほら、お前の分」

 クッキーを差し出すと、シュウは小さく首を傾げた。

「……口止め料?」
「サボりじゃねえっつの」
「ふふ。もらっとく」

 白い指先が危なげなく包装を破き、小さなチョコクッキーを取り出す。かし、とかじる姿は何でもないものなのに、夕風の吹くテラス席では、不思議とコマーシャルフィルムのようにも見えた。
 ほんの少しだけ涼しい風が、さああ、と吹き抜けていく。

「……やっぱお前、目立つな」
「うん?」
「さっきも。会社に戻るとこだったんだけど、お前が目に付いたから、つい声かけちまった。尻尾もデケェし」
「そこ? ……俺はお前に気づいてたけど」
「え」
「やっと俺を見た、と思った」

 ふ、と。
 手元から視線を上げる。薄い色のサングラス越しに、シュウと目が合う。遮光された緑の目は、不思議なほど感情が見えない。

「お前も目立つよ、大概」
「……あー、まあ、それこそデケェしな。わりと」
「それだけじゃないけど」
「むぐ」

 唐突に、口元にクッキーを一枚押しつけられた。
 食っていいということだろうか。

「デカいし、うるさいし、あつい」
「……っ悪口じゃねえか!」

 嚙み砕いて悪態を返すと、シュウは毒気なく、喉奥を転がすように笑った。

「だから、すぐ見つかる」
「…………いつから気づいてたって?」
「あそこの横断歩道の辺りから」
「視力やべー……」

 口の中に残ったココアの味を、アイスコーヒーで押し流す。
 冷たい感触が喉を通り抜けていくのが心地いい。

「……甘いモン食ったら元気出てきた」
「このまま帰る?」
「あー、そいつは厳しいが、そうだな……」

 視線を巡らせて、空を見る。日は長く、夕方と言ってもまだ水色に明るい。

「一時間で終わらせるから、何か食って帰ろうぜ」

 シュウは少しだけ目を大きくしてから、すぐに「いいよ」と浅く笑った。