7月4日
首の付け根が痛い。
ふとしたときにじくじくと疼くから、どうにも仕事に集中しきれない。社会人失格だとは思うが、不幸中の幸いで、トラブルらしいトラブルはなかった。どうにか1日のノルマをやりおおせて、有象無象の小さなタスクたちの先送りを決め込む。定時で会社を出ても、咎める視線は飛んでこなかった。
「ただいま」
家のドアを開けると、傾きかけた日差しの中でシュウが寝転んでいるのが見えた。帰ってきてそれほど経っていないのか、外出着のまま畳んだ布団に頭を預けている。静かな室内で、扇風機だけがけなげに首を振っていた。
「……」
眠っているのだろうか。起きているだろうか。
ついぼんやりと立ちすくんでいたら、オレンジ色の光の中で、シュウがのそりと身体を起こした。
「……なにしてるの」
「いや、寝てんのかなと思って……」
「寝てたけど」
くあ、と欠伸をする。それから、ぱっと緑色を光らせて、シュウと目が合った。西日の長い光が、エメラルドグリーンの瞳に反射している。
「あは。一日中ネクタイ締めてたんだ」
「……目立つんだよ」
「暑そう」
「クソ暑い」
ようやく息ができることに気が付いて――ネクタイを緩め、シャツのボタンを開けた。外気に晒された傷が、わずかに脈打ったように感じる。
シュウはなぜだか楽しそうに、くつくつと喉を鳴らした。
「何が面白いんだよ」
室内に上がって、重たいビジネスバッグを放り投げる。ジャケットをハンガーにかけようとする間に、シュウの尻尾が足を撫でてきた。踏むわけにもいかないので無視していると、ごん、と太腿あたりに頭をぶつけられる。
「お前が珍しい顔してるから面白い」
「どんな……いや、いい、言うな」
「毛並み逆立てて、一生懸命威嚇してるみたいな……かお」
「っ……」
実際、総毛だった。自分の尻尾がぶわりと膨らんだのを感じる。
「お前、それやめろ!」
「それって?」
「アイドルがしていい顔じゃねーんだよ!」
「いまは休暇中だし、髪の色だって違う」
「どーせ元に戻すし出てくんだろうが!」
「だから、思い出作ろうって言ってるのに」
上から睨みつけても、シュウはにこにこと笑みを浮かべて見上げてくる。
昨日噛みつかれた首の傷が痛い。足にまとわりついてくる体温が鬱陶しい。とにかく心臓の音がうるさい。
「うわ」
腹立ちまぎれに、シュウの顔面に尾の先を叩き下ろした。
「せっかく定時で帰ってきたんだぞ、飲みに行くに決まってんだろ」
「えっ、やだ」
「うるせえカラオケもつきあえ」
「絶対やだ」
「じゃあ何ならいいんだ!?」
「……だってお前、Tシャツで外出るのか?」
「……」
首元に手を当てる。そういえば、襟の高い夏服はほとんど持っていない。当然、いまさらシャツを着る気にもなれない。
「…………テメェ、リアルに覚えてろよ……」
「あはは。まあ、ピザとって、映画でも見れば」
「さすがに奢れや……」
「うん」
脱力のあまり膝から畳に崩れ落ちていたら、シュウが横から覗き込んできた。やっぱりにやにやと愉快そうにしている。ムカつく。
「夜更かししようよ」
悪魔みたいな囁きに、うっかり頷くところだった。