6月11日
壁にかかった時計を横目に見る。
無機質なアナログ時計はわかりやすく時間を示している。23時10分。終電が視野に入ってくる頃だ。
「あー……どうすっかな」
缶の底にわずかに残ったコーヒーを飲み干す。ざらつく苦みと、舌を刺すような酸味。口が裂けても美味いとは言えないが、気を引き締めるには役に立つ。
「……はあ」
いつもなら、このまま泊まり込んで徹夜コースだ。帰宅して、明日早めに出てくるよりも、そのほうが楽だから。ついでに、勢いのままいくつか事務作業を片付けてもいい。明日は午後の外回りがないから、昼で直帰できる可能性もある。
でも、絶対に泊まり込まなければ終わらない、という状況でもない。ここで切り上げても、一時間ほど早く出社すれば片が付く。ただ、あと一時間残っていると、終電がなくなる。それだけのことだ。
すでに室内には誰もいない。
帰ろうが、残ろうが、それはまったくオレの自由だった。
「…………よし」
ちょっとばかり勢いをつけて立ち上がる。ごろろ、とキャスター付きの椅子が後ろに下がった。深夜というのは、不必要に静かだ。
その中に、シュウを一人で置いておくのが、今日は何だかとても嫌だった。
独りが似合う男だと知っている。似合いすぎるから嫌だ。あんまり当たり前の顔をして独りでいるから、こっちもつい声をかけたくなる。肩を組んで、何してんだよ、と構いたくなる。鬱陶しそうな顔をされるたびに、少し安心していた……なんて、本人には絶対言わないが。
荷物をまとめてデスクを後にする。部屋の明かりを消すと真っ暗で、ビルの外に出たほうが視界は明るくなる。
その暗闇をほんの少し見つめた。小さな違和感と、足先に絡むような重たさをうっすらと感じる。
理由には見ないふりをした。