ある海軍大佐の部下である海兵の証言

部下side
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海軍本部には1人、異質な理由で有名な海兵がいる。
「白猟のスモーカー」で恐れられているスモーカー大佐や、「黒檻のヒナ」と呼ばれ海兵憧れの的のヒナ大佐など、そんなかっこいい異名では無い。むしろ他の方々の異名とはかけ離れていると言っても過言ではない。

“定時帰りのロイド”

これがその人の海軍本部での異名だ。
階級は大佐。好きな言葉は「定時帰り」、嫌いな言葉は「残業」、ノルマ以上の仕事は絶対にしないとその異名通りのお方だ。そして、そのロイド大佐こそが俺が1番尊敬し憧れて止まない上司だったりもする。
もちろんそれは俺だけではない。ロイド大佐の直々の部下は皆ロイド大佐を誰よりも尊敬し、憧れ、目標とし、そして一生着いて行くと言わんばかりの忠誠を誓っている。それ程までにロイド大佐は素晴らしいお方なのだ。
……だが、そのロイド大佐の素晴らしさを、部下である我々意外は知らない。他の部署の同期の海兵からは「お前んとこの上司いつも定時帰りしてんだって?大変そうだなぁ」とか「いつも定時で帰って大丈夫なのかよ?後でつけ回ってくんぞ〜」など、上層部の方々からは「定時で帰宅ばかり、だから数年昇級無しなのだ」「ノルマ以上の仕事をせんとは…やる気が感じられん」など言いたい放題言われている。

だが、それは表向きの印象に過ぎない。

確かに週に1日残業するかしないかで、ノルマ以上の仕事は頑なにやらない。当たり前の様に定時帰りをする、これは本当の事だ。けれどもそれはロイド大佐が海軍の中で群を抜いて仕事が出来る人間だからこそ成し遂げられるのだ。
実際海軍で定時帰りをほぼ毎日の様にすると言う事はとても難しく、それが事実故に仕事は湯水が湧き出る様に多いと言っても過言では無い。毎日何処かで新たな海賊が生まれ、民間人が危険に晒されているからこそ仕事はやってもやっても次々と増えてくばかり。
そして毎日振り当てられる仕事は、我が部署ももちろん他の部署と同じぐらいの仕事量が来る。……いや、むしろほぼ毎日定時帰りをしている分他の部署より少し仕事を盛られている。
それなのにも関わらず、何故我々の上司であるロイド大佐は定時で帰れているのか。もちろん理由は一つであり、先程言った通りロイド大佐がめちゃくちゃに仕事が出来る人間だからだ。

…正直、あの仕事の出来ようは人間業を超えている。
書類仕事に実務仕事に情報処理に海賊の捕縛、全てにおいてパーフェクト。ロイド大佐の元にくる“1日のノルマ”である仕事は例えどんなものであってもその日1日の決まった時間内に全てが終わる。たまに我々の部署に仕事を振り当てているロイド大佐の上司……青雉大将が仕事を盛り過ぎて残業をする事もあるが、それでも1時間程残業をすれば終わってしまう。(まぁ、例え1時間でも残業する日はロイド大佐の機嫌はすこぶる悪くなるのだが。特に青雉大将への愚痴の多さはやばい)

だが、凄いのはこれだけではない。
ロイド大佐だけが残業をしていないのではなく、我々部下も……そう、ロイド大佐を含む部署全体が残業をしていないのである。もちろんその日のノルマは全て終わらして帰宅をするのが我が部署のモットーであり、その日のノルマを次の日に持ち越すなど言語道断。だが、その“1日のノルマ”を定時きっちりに終わらせられるのは、全てにおいてロイド大佐のおかげだ。
我々の仕事量を1とするとロイド大佐はその10はやってのける人間で、我々とロイド大佐では仕事の配分が半端なく違う。我々にもっと仕事を配分すればロイド大佐の仕事はそれこそガクンと減るのに、ロイド大佐はいつも「お前らも一緒に定時帰りだからな。じゃなきゃ意味がねえ」との一点張り。
けれどもだからといって俺たちに甘過ぎる訳でも無く、我々の力量を見極めギリギリのラインで仕事を配分し、慣れてきた頃には少しずつ我々の仕事量を増やしている。だが、無理そうな時は嫌な顔一つせずにフォローしてくれるそれはもう完璧なる素晴らしい上司だった。

もちろん腕っぷしも尊敬に値する程に強く、正直中将レベルであると言う事も我々しか知らない事実であった。
“1日の捕縛ノルマ”になった海賊は絶対に捕まえ、重傷者や死人が出た事は限りなく少なく、もちろん当たり前の様に定時には捕縛ノルマは終わっている。……まあ、ロイド大佐は気分屋でもある為捕まえたくない海賊は捕まえず、別の海賊を捕まえノルマを埋める癖もある。が、それを俺たちには押し付けず「お前たちが捕まえたいなら捕まえろ。俺はそれを止めたりはしねェ。自分の正義は自分で決めろ」と言う。まぁ、基本我々部下は皆ロイド大佐に心酔している為ロイド大佐の決定に付いていくのがお決まりでもある。そんな我々に苦笑いをしながらも「俺に着いてきたいやつだけ着いてこい。去るものは追わねェ主義だ」なんて言うのだから何ともズルいお人だ。

そして、こんな素晴らしい上司であるロイド大佐の部署にはロイド大佐の気持ちに応えようとするものばかりで真面目な者が多い。その為、仕事や鍛錬は絶対にサボらず弱音も吐かず、皆ロイド大佐が大好きだから仲も良い。
正直、別の部署にいた時は海軍辞めようか本気で考えた事もあるが、今のロイド大佐の部署に来て俺は仕事が大好きになった。上司は尊敬する人で、同僚との仲も良く、仕事をする環境は整い過ぎている程。そして定時で帰れて休みもしっかり取れ、高収入。

辞める理由など、一欠片さえもないのだ。

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