黄猿大将のお気に入り
現在の時刻は海軍が“一応”定めている定時ぴったりの時刻。
“一応”と言う副詞をつけてしまうのは、そんな定時時刻などこの海軍では合ってないようなものだからである。常に多忙が当たり前である海兵が、定時ぴったりに帰れると言う事は週に一度合るかないか。それだけ海兵と言うものは毎日が多忙で仕事に追われているものなのだ。
……が、それでももちろん定時で帰る人間は少なからずいる。
本日のその例外の1人は、大将黄猿で有名なボルサリーノだった。そしてそのボルサリーノは今まさに仕事が一段落ついた為本日の業務を終わらせ、海軍本部の廊下を1人歩いているところである。
もちろん海軍大将であるボルサリーノも大将と言う階級である事もあり、普段は多忙で残業する事も頻繁にある。でも、今日は違う。何故ならつい先日出張から帰ってきた部下から良いお茶菓子を土産として頂いた為、久しぶりに定時で上がりある人物をお茶に誘おうとしていたからだ。
お茶ぐらいなら、定時上がりじゃなくとも少し残業した後でもできるのでは?そう疑問を持つ人もいるかもしれない。だが、それではダメなのだ。誘う相手が相手な為、定時ぴったりで上がらなければその人物は誘えない。
そう、その人とは───
「ボルサリーノ大将、お疲れ様です」
「オォ〜〜、ロイドじゃないか。丁度お前さんのところに行くところだったんだよォ〜」
“定時帰りのロイド”と海軍内で異質な異名を持つ、海軍大佐ロイド。そう、この人物こそが今まさにボルサリーノがお茶に誘おうとていた人物その者である。
何を言おうとこの人物、海軍内では知る人ぞしる有名人物。何故ならロイドとはあの多忙が“普通”なこの海軍内で唯一ほぼ毎日定時上がりをしている部署を纏めている張本人だからだ。もちろん、あの青いサボり魔大将の如く仕事をサボっている訳では無い。かと言って赤い強面大将の如く徹底的な正義を貫き仕事に専念している訳でもない。仕事はやるが、ノルマ以上の仕事を絶対にやらず“定時で帰ること”を1番にこだわり続け、それが海軍内で異質であることから有名になってしまった人物なのだ。
だからこそ海軍内では彼の噂はあることないことされており、話題にも頻繁に上がる。ある海兵は「やる気が感じられないやつだ」と言い、ある海兵は「真面目に仕事をしている者に喧嘩を売っている」と言う。だが部下にはこれでもかと言う程好かれ、センゴク元帥に至っては「……彼奴は特別だ」と顔を歪めつつも渋々そう評価していたと誰かが言っていた。そしてこれは知る人ぞ知る噂だが、数年前一度だけ風邪でロイドが1週間休んだ時は何故か海軍本部が上手く回らず崩壊仕掛けたらしい。……ちなみにこの噂は海軍七不思議の1つにもなっているとかいないとか。
そんな不可思議な話が飛び交うロイドの本当の実力は、海軍本部でも少数の者しか知られていない。
そしてその少数の中に、現在ロイドを探していたボルサリーノは含まれるのであった。
ボルサリーノがロイドの仕事の出来っぷりを知ったきっかけは数年前。
それよりも前にボルサリーノの同期であるサカズキが事あるごとに「わしのところに来い」とロイドの事を誘っていた事がきっかけである。正直、ボルサリーノは初めてその現場を見た時は目を疑った。あのサカズキが自ら欲しがる程の人物?それもその人物は“定時帰りのロイド”と海軍内でも異質トップの異名を持つ男。定時帰りと言う言葉に縁の無さそうなあのサカズキが?正直、信じがたい光景だった。
それも誘っては断られ、誘っては断られの繰り返し。例えサカズキが怒りでマグマ化しようが何をしようが、背筋をピンと伸ばし腰を綺麗に45度曲げた美しいお辞儀でロイドは頑なに断っていた。これを異様な光景と言わず何と言う。
そしてこの事実にボルサリーノの興味が沸かない訳が無く、ロイドと言う人物がどう言う人物なのか知りたくなったのである。こうしてボルサリーノはロイドと言う人物を隙あらば観察し調べたのだが、まあこの男調べれば調べる程実に面白い男であった。
ほぼ毎日定時で帰っているのにも関わらず、やりのけている1年間の仕事量は同じ他の大佐と変わりはなく、むしろそれを遥かに上回る。もちろんそれら全てが完全無欠の出来の良さであり、その事実は人間離れした仕事の早さを物語る。また、捕まえてこいと言われた1日の捕縛ノルマは必ず達成すると言う腕っ節の良さ。かと言ってそれを鼻に掛ける訳でなく、平然とやってのけるその姿勢。けれども頑なに残業や早朝出勤をせず、堂々と決まった時間に出勤し決められた定時の時間に帰っている厚顔無恥なスタイル。だがそれが許されてしまう程の優秀さ。それも部下の異動願い届並びに退職届を出された回数はまさかのゼロでむしろ尋常じゃない程の慕われっぷり。そして何と言っても実はセンゴク元帥、ガープ中将、おつるさん3人のお墨付きだったと言う事実。むしろボルサリーノは今まで何故このロイドと言う男に興味が沸かなかったのかと後悔してしまう程だった。
そうして関わってみたら関わってみたでまあ、またこれが面白い。人柄は良く気遣いも出来て当然の様に頼り甲斐もある。興味本位で初めて「ちょっと急な仕事で困ってるんだよねェ」と唐突に残業をさせようとした時も、少し返事に間があるも「……承知いたしました。急ならば致し方ありません」と残業を我慢しながらも他の部署の仕事も手伝ってくれる優しさ。それも推定2、3時間はかかると思っていた仕事をまさかの1時間きっちりで完璧に終わらすスピードの速さ。また、個人の人助けや上司との食事や飲み会は残業とは思っていないのか笑顔で応えてくれる人懐っこさ。けれども直々の上司であるクザンには当たりが強く、時たま愚痴をこぼすと言う人間らしい一面。
どれをとってもボルサリーノの好感度は凄まじく急上昇し、気にいる他無かった。むしろ、サカズキ同様“欲しい”とまで思ってしまったのだった。
だからこそ現在は、こうやってボルサリーノがロイドをたまにお茶に誘おうとする光景もも少なくは無い。当然、あわよくば自分の部署に来てくれないか…と言う下心もあるにはある。だが、一度ボルサリーノは先ず外堀を埋めようとセンゴク元帥にロイドが欲しいと告げたところ「ロイドをクザンのところから動かす予定は一切ない!彼奴がクザンのところ以外に異動する様な事があれば、クザンの部署が崩壊する」と言われた事があり、確かにそうだと悔しながらに納得してしまったのだ。(クザンのサボっている分の仕事は半分以上ロイドがカバーしている)(もちろんロイドは嫌々やっているのだが)
まあ、ボルサリーノもボルサリーノで完璧に諦めている訳ではないが、今は何よりロイドとの仲を深めたいと言う気持ちの方が強かった。
……という事で、ロイドが定時の時間に直ぐ帰ってしまうと言う事を知っていたボルサリーノは、自分も定時時刻ぴったりに上がったと言う訳だ。そしてロイドの部署へ訪れようと海軍本部の廊下を歩いていたところ、タイミング良くロイドに出会ったことでボルサリーノは上機嫌となっていた。
「ロイド、このあと時間はあるかい〜〜?」
「え?自分に用事ですか?はい、このあとは特に用事もないので大丈夫です……よ、って……まさか、」
「あァ〜〜、違う違う。仕事じゃないから安心しなよォ〜」
顔を真っ青に表情を強張らせながら勘違いをするロイドに、ボルサリーノは苦笑しながらも「ロイドは本当に残業が嫌いだねェ〜〜」と楽しそうに言葉を続ける。だって、先程の彼はまるでこの世の終わりみたいな顔をしていたのだ。その言葉を言ってしまうのも無理はない。
それにロイドもロイドで「…はい。申し訳ないとは思っておりますが、この世で1番残業が嫌いです」と素直に言ってしまうのだからボルサリーノも笑うしかない。やっぱりこの子は面白い、と意図せずボルサリーノの好感度を上げていることはもちろんロイドは知らないのだが。
「…えっと、では、俺に御用件とはどの様な事でしょうか?」
「ああ、そうそう。昨日丁度良いお茶菓子が手に入ってねェ〜。それでもし良かったら、この後一緒にお茶ってのはどうだい〜〜?」
ニコニコしながら発したそのボルサリーノの言葉に、ロイドはパチパチと目を見開く。そして先程のまるでこの世の終わりを感じさせる様な顔では無く、嬉しそうに目を細めたロイドにボルサリーノも笑みを深める。
「その様な御用件でしたら、是非!お言葉に甘えてご一緒させて頂きます」
そう綺麗な笑みで返事が貰えるのだから、ボルサリーノにとってこの男は本当に誘い甲斐がある男なのだ。
だからこそ例え残業を頑なにしなくても、ノルマ以上の仕事をせずとも、ボルサリーノはこの異質で優秀な海兵が大層お気に入りなのだった。