優しい上司って素晴らしい

夢主side
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オッス!オラ今日も定時帰り!

と、前世の人生で1度も見たことない漫画の主人公のセリフを借りて今日も俺は定時帰りをする。ちなみにこのセリフはブラック企業に勤めていた時の同僚が「オッス、オラ今日も生きてる!」と死んだ目をしながら良く言っていたセリフなので何となく覚えてしまったセリフの1つである。前世は漫画を読む暇すら与えられない程のブラック企業に勤めていたので薄らしかその漫画の知識は知らないが、きっとそんな死んだ目で生きてる宣言をする為に使うセリフでは無いのだろう。と言うか唐突に死んだ目で生きてる宣言する主人公なんて俺は嫌だ。

まあ、そんなどうでも良い話は一旦置いておこう。
なんてったって俺は今とても機嫌が良いのだ。何故かって?そりゃあもちろん定時帰りをしているからである。それも今日はあのクソ雉大将に追加で仕事を押し付けられる訳でも無く、唐突に他の部署から借り出されることも無く、昼飯を食べながら仕事をする程忙しい訳でもなくとても平和な1日だった。むしろ珍しくクザン大将が仕事をやっていたのでとてもとても余裕を持って仕事が終わったと言う奇跡。
その為俺の今日の足取りは一層軽く、今にでもスキップ出来そうなぐらいに軽やかだ。(流石に大の大人がスキップしていたら気持ちが悪いのでしないが)そんな足取りで海軍本部の廊下を歩き、今日は気分も良いしどこか寄り道して帰るかーと考えていれば、上層部の方でも俺が何かと大変お世話になっている上司が俺の前方を歩いているではないか。
俺は軽やかだった足取りを一旦止め、ピシッとした綺麗な敬礼をその人に向ける。

「ボルサリーノ大将、お疲れ様です」

挨拶は大事だからね、これ常識。コミニュケーションも挨拶からって言うし、例えどんなに疲れてて死んだ目で「オッス、オラ今日も生きてる!」って言ってるやつでも挨拶は毎日してくれてたからやっぱり挨拶は人間の常識だと俺は思うね。
そしてそんな俺の挨拶に「オォ〜〜、ロイドじゃないか」と間延びした独特な口調で返して下さったのが通称「黄猿」でお馴染みのボルサリーノ大将だ。この方は俺の直々の上司では無いが、良く俺のことを気にかけて下さったりお茶に誘ってくれたりするとてもとても優しい上司なのだ。少し前にクザン大将に向かって「深くは言わねェが、あんまり部下を困らせ過ぎるなよォ〜〜」と言っているのを見た時は正直もう感激しすぎて突進して抱きつきに行きたくなったね!もちろん嫌われたく無いので思っただけにしましたが。

ボルサリーノ大将は俺の同期や部下が言うには、“飄々としてて掴み所がない独特なところが少し怖い”らしい。まあ、確かに気持ちは分からなくはない。と言っても正直俺は自分に直接害がない人間は基本どうでも良いので、あまりボルサリーノ大将に怖いと言う感情を向けたことがないが。
……ただ、申し訳ない事に第一印象は最悪だったのは今でも覚えている。なんてったって俺が初めてボルサリーノ大将との関わりを持ったきっかけは、ボルサリーノ大将が唐突に俺に仕事を持ってきたからである。それも、俺の大っっっ嫌いな“残業”として。

いやー、あの時の俺の心情はもうめちゃくちゃ酷かった。それはもう表情を歪める通り越して、“無”になるレベル。嫌すぎて感情を表に出す事を忘れたよね。
いや、だってさ?ただでさえ違う部署なのに、仕事押し付けんのが定時ギリギリってどゆことよ?前世の俺だったら「あ、了解っすー」で引き受けたよ?けど今の俺は違う。だってその仕事が原因で死んでますからね!?そりゃあ生まれ変わって一皮二皮全皮剥けますよ。「いっぺん死んでこい」とは良く言うが、本当にその通り。死んでみなきゃ分からんこともあります。だって俺死んで初めて「あ、俺の勤めてた会社ってヤバかったんだな」って気づいたもん。だからマジで定時ギリギリに仕事持ってくるやつはいっぺんブラック企業入って死んで生まれ変わった方が良い。
まあ、でも流石に俺も鬼じゃない。特にボルサリーノ大将に関してはうちのクソ雉大将より遥かに仕事をしてるっての知ってたし、真面目に仕事してる人から頼られるのは別に嫌いじゃない。むしろそんな人ならば俺で良ければ力になりたいとさえ思う。だって、真面目な人が損するのはおかしいもの。それにボルサリーノ大将は「ちょっと急な仕事で困ってるんだよねェ」と頼ってきたから……うん、まあ、急なら致し方ない。別の部署の、それも関わりが一切無かった俺に頼む理由は知らんがそこは目を瞑ろう。だからボルサリーノ大将も俺が無表情で仕事引き受けた事は目瞑って下さい。
という事で、俺はボルサリーノ大将が持ってきた書類の束を超特急で捌きあの時は無理矢理1時間で終わらせた。もちろん三重チェックはしました。早くてもミスあったら意味ないのでね!そんで颯爽とボルサリーノ大将の部屋に届けたら、少しだけ目を見開きに驚いていたけど俺は仕事の報告をパッパっと済ませて即帰宅しました。

……で、その翌日にボルサリーノ大将はと言いますと。
あの人まさかの朝一番に俺の元に来てお礼の言葉と仕事に対するお褒めの言葉とお茶菓子をくれました。……はい、もうここで俺の好感度は爆上がりね!!
いや、自分でもちょっとチョロいなとは思うよ?でもね?俺前世でも上司にそんな褒められたりお礼されたことなかったんだもん!!!もう前世の上司とか俺がして当たり前の様な態度だったし、褒めてはくれないお礼すらない、むしろ俺の手柄を横取りするのクソ上司だったからね!!クソ雉大将なんて可愛いもんよ!!(でもサボりは許さん)それも俺はその行為を“普通”だと思ってたからもう最悪。だからこそ俺はボルサリーノ大将が褒めてくれたりお礼言いにきてくれた時はガチで目から鱗状態だった。だって態々あの大将格のお方が俺に朝イチでお礼言いにきてくれるとかもーーー好きしかない。
クザン大将もたまにお礼言いにきてくれたりするけど、あの人なんやかんや俺がどんだけの量の仕事捌いてるか把握してねぇからな…。基本的に俺の部署はクザン大将から仕事を貰っているのだが、俺はそれプラスセンゴク元帥が持ってくる仕事をしている。この仕事をしている事で元帥はほぼ毎日定時で上がっている俺の部署の事を暗黙の了承で許してくれてるって訳だ。で、このセンゴク元帥が持ってくる仕事ってのは基本クザン大将がサボった分の仕事な訳です(ブチ切れ)あ、もちろん大将のみに来る超極秘書類とかは来ないけどね。でもセンゴク元帥最近俺が大佐なの忘れてんのか、なんか大佐では不釣り合いな仕事も回ってくんだよな……いや、まあ俺仕事だけは出来るんでやっちゃいますけどね?なんかもう確認すんの面倒臭いし、元帥いつも疲れ切ってるから申し訳ないし。俺仕事真面目にやってる人には基本甘いから、うん。
と言うわけで、俺の1日のノルマは基本そのお二方から貰った仕事なのだが、多分クザン大将は俺がセンゴク元帥から仕事貰ってること知らんからその事についてお礼を言われた事はない。え、ってかむしろ知ってたら流石にブチ切れるぞ俺?テメェの仕事を俺がするのを当たり前だと思うなよ!?テメェの為じゃねぇ!!センゴク元帥が過労で死なない為、そして俺が定時で帰る事を許される為にやってんだよ!!!(後者が本命)
ってか、クザン大将もしかしたら俺のこと同じ人種だと思ってるかもしんねぇけど、ぜんっっっっぜん違えからな。俺は定時で上がるけど仕事毎日やってるからな!!定時帰りする分、猛スピードで相当な仕事量捌いてっからな!?

……とまあ話が逸れたが、俺はこれをきっかけにボルサリーノ大将に大変お世話になる様になった。それもボルサリーノ大将もこの事をきっかけに俺のことを気にかけてくれる様になったのか、いっぱい話しかけてくれるのだ。それに昼休みとかに何度かお茶にも誘われる様になり、最近ではお茶仲間になりつつある。うん、純粋に嬉しい。前世ではお茶する様な仲良い上司なんていなかったからね、もうハッピッピですよ。

だから俺はボルサリーノ大将と廊下ですれ違っただけでも、内心少しテンションが上がってたりする。
それにしても、まさか定時であるこの時間にボルサリーノ大将と会えるとは。まさかボルサリーノ大将も定時がりとか?いや、でもボルサリーノ大将が定時帰りする事もそんなないよな…?
そう俺が少しボルサリーノ大将のことについて考えていれば、目の前のボルサリーノ大将はいつもの笑顔を俺に向けた。

「丁度お前さんのところに行くところだったんだよォ〜。ロイド、このあと時間はあるかい〜?」
「え?自分に用事ですか?はい、このあとは特に用事もないので大丈夫です……よ、って……まさか、」

え、俺に用??と思うと同時に、俺はある嫌な予感が脳裏に浮かび上がる。
……え、まさか、ここに来てまさかのあれですか…?えっ、あの“ざ”から始まる俺の世界で1番嫌いなものを押し付けるとか言いません…よね?いや、でも定時ピッタリに俺に用事だなんて、そんな。ボ、ボルサリーノ大将……う、嘘だって言って下さい…!!!
俺はこれでもかと言う程に……そう、まるでこの世の終わりだと言わんばかりに表情を歪める。いやだって、残業は俺にとってこの世の終わりと同様だからなっ!?言っとくが比喩じゃねえ。俺の前世は残業で終わったんだよバーーーカ!!!
そう心の中でガキの様に狂い叫べば、ボルサリーノ大将は眉を少しだけ八の字にして苦笑いをした。

「あァ〜〜、違う違う。仕事じゃないから安心しなよォ〜」
「えっ、」

ロイドは本当に残業が嫌いだねェ〜〜、そう言いながらニコニコと笑うボルサリーノ大将に俺は目を丸くするしかない。
………え?残業じゃないん??だって前世のクズ上司は定時に話しかけてくる時は9割仕事の用だったよ…?あ、定時ってか基本俺に話しかけてくる時は仕事の押し付けだったわ。そんで残り1割はよくある愚痴とか謎の武勇伝語りとかね。
それなのに直々の部下じゃない俺に定時ピッタリに仕事以外の用…?一体なんだ……いやでもボルサリーノ大将なら多少の愚痴や武勇伝も聞きますわ。ピカピカの実の能力で島何個も破壊した的な武勇伝でも聞いちゃうよ?むしろ前のクソ上司の武勇伝より何百倍も面白そうだしドンとこいっすよ。もう残業以外だったら何でもOKですよ本当……あっ、でも俺の優秀な部下頂戴?とかの相談は無理だな……俺一応上司より部下優先なんで…流石に本人には言いませんけどね?やんわりお断りしよ。あ、あとついでに残業嫌いアピしとかなきゃね。今日は無くても後日ある場合もなきにしもあらずだからね!!先手必勝!!
だから俺は「…はい。申し訳ないとは思っておりますが、この世で残業が1番嫌いです」とボルサリーノ大将に言いつつ、続けて気になる疑問を口にする。

「…えっと、では、俺に御用件とはどの様な事でしょうか?」
「ああ、そうそう。昨日丁度良いお茶菓子が手に入ってねェ〜。それでもし良かったら、この後一緒にお茶ってのはどうだい〜〜?」

そんなボルサリーノ大将のお言葉に、俺は思わず目を見開く。
……て、定時ピッタリにお茶のお誘い……だと…!?
えっ、って事は何、ボルサリーノ大将は俺をお茶に誘う為に定時で上がって俺の部署に向かってたって事、か?良いお茶菓子が手に入った時、俺のこと誘おーって思って仕事頑張っちゃった系ですか…?
は???えっ、ちょっ、えっ……──。


好き。


いやもうこの2文字に尽きるでしょ。あっ、もちろん好きってのは上司としてね??上司としてと言うかもう人間として?いや好きになるしかないでしょ。いや、いや〜〜〜、これ断れたらもう人間じゃねぇ。だって俺の為にわざわざ定時上がりしてくれたんだぞ!?俺が!!定時上がりで帰る事知ってて!!俺を思って定時上がりしてお茶に誘ってくれたんだぞ!?断れねぇわこんなん!!
だって前世のクソ上司なんてな!!飯行く時は「この後どうだい?」なんて聞かれる事もなく「あ、そういえば明後日までにやっとかなきゃいけない大事な仕事あったんだった。俺腹減ってるから飯屋でその仕事の内容説明するわ。今から準備して」って感じだったんだぞ!?時間合わせてくれるとかそう言う問題じゃない。何が「あ、そういえば」だ。昔の俺は感覚麻痺ってたからお馴染みの「あ、了解っすー」で引き受けたけど、今思うと「は???」だからな。ツッコミどころありすぎるだろ。あり過ぎてツッコミする気すら失せるわ。ってかそのクソ上司と比べてしまう事すら申し訳ないけど、本当ボルサリーノ大将優しすぎる。

俺はちょっと泣きそうになってしまった目を我慢しながらも細め、にやけそうになった口角を引き締めながら口を開いた。

「その様な御用件でしたら、是非!お言葉に甘えさせてご一緒頂きます」

思わず嬉しさが言葉に出てしまい、少し大きな声になってしまったがそれは仕方のない事だ。だって、本当に嬉しいんだもの。
それに目の前のボルサリーノ大将は俺の言葉に先程より上機嫌になったから、俺の返事に間違いはなかったのだろう。

俺はこの飄々としていて掴み所がない独特な上司が何故直々の部下でもない俺をこんなにも気にかけてくれるのかは良く分かっていないが、それでもこうやって優しくしてくれる上司が俺は大好きなのである。うん、やっぱり定時に上がれて仕事の後は優しい上司と楽しくお茶できる海軍って素晴らしいね!

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