目の前に、着物を着た――おそらく男がいる。おそらく、と表現するのは、化粧を施してるように見えるからだ。しかし、先程聞こえた声は男のもの。
口元に紅をさして髪を結い上げているその人物は、片手に持った銃を向けて鋭い視線でこちらを射貫くようにしてそこに立っていた。
なんだこれ、いつ時代の人だ。という疑問がふと脳内に浮かんだものの、状況は最悪である。
泥棒ならばとりあえず刺激しないよう速やかにお帰りいただくなり、場合によっては警察やなんやらにレスキューを求められるけど、よりにもよってこんな典型的な着物のアレが現れるだなんて。
――やっぱりこのアパートは曰く付きだったのか?!
「ぽ……、ポマードポマードポマード!」
って違う! これ違う!
焦って口から出た言葉に、着物の男は一瞬ポカンとした表情を見せたが、すぐにキリッと鋭い眼差しに戻した。
「何かの技の名前か? 妙な真似はしねぇ方が身のためだぜ」
ああ、やばいやばいやばい! まじでやばい。どうしよこれ呪いとかあるの? ていうかこの人自縛系なのか、浮遊系なのか、どっちなんだろうか。もし自縛系ならばほんとまじで絶望的なんだけど!
「な、なんみょう……ほうれんそう?」
仕切り直してお経だ! と思い付くも、そんなもの今まで唱えた事ないから、咄嗟に出てくる訳もない。――ていうかほうれんそうって絶対違う。
「おい、……聞いてんのか?」
目の前の男は尚も消えること無く、低い声で何事かを告げてくる。
それが怖くて、バッと両手で耳を塞いだ私は同時にギュッと目も閉じて、そして叫んだ。
「い、いやいやいやいや! やめてくださいお願いします語りかけないでください。私は何も聞こえませんし貴方様のお力にもなれませんのでお願いですから速やかに成仏するか、他のお宅へ行ってくださいごめんなさいぃぃいい!!」
元々そういったものが怖かったとはいえ、実際に見てしまったのはこれが人生で初めてだ。恐怖と焦り。こんなにもパニックになったのなんていつぶりだろうか。
力一杯瞑っているはずの目尻からは、情けなくもボロボロと水滴が溢れてくる。
どうしよう。まだいるのかな。確認したい気もするけど、目を開けてまだ居るのなら見たくない。ああもうやだ。独り暮らし怖い。
「おい――」
ふいに、グッ、と左腕が耳元から離され、低い、けれど先程よりは幾分か柔らかくなった声が近くで聞こえた。
「や、!」
掴まれた腕に、更なる恐怖が押し寄せて、必死で振りほどこうとした時、あれ? と、なんとなく覚えた違和感。
「成仏ってぇ、お前さん、俺をいったい何だと思ってんだ?」
掴まれているところが温かい。
――この男、体温がある、?
――てことは……
「……なんだ、泥棒か、……」
そんな答えに至り、ほっとついた息は、思いの外大きかった。
「……いや、違ぇよ」
「……え、?」
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