独り暮らしの為に戸締まりをしっかりとした筈の我が家に、突如現れた着物の男。
 近年では普段あまり見掛けることのないその出で立ちから、おばけの類いだと思って盛大にビビった私だったが、どうやらこの人、違うらしい。
 なんだよ泥棒かよ、ビビらせんなよーと安堵の息を吐いたものの、男曰く、泥棒でもないらしい。

「え、あの。……じ、じゃあ、強盗……とか?」

 泥棒と強盗の違いがいまいちわからないけど、そう問うてみるも、男はいいや、と首を振る。
 ならばいったいなんだろうかと色々と思い浮かべてみるも、強姦魔も空き巣もテロリストも違うらしい。

「俺は別に、悪さしようとして来たんじゃねぇさ」

「……そ、なんです?」

「ああ。……悪ぃな、驚かしちまって」

 微苦笑を浮かべる男は、いつの間にか私の目の前にしゃがんでいて、銃を懐へと仕舞っていた。

 私はそんな男を眺めて暫しの沈黙。頭の片隅で、目の前の男がなかなかのイケメンであることに気づくがそれよりも、だったら何故、この男は突然現れたのかと考えをめぐらせる。が、思いつく可能性は当の本人に否定されたのだから他にわかるはずもなく……。

「ここは、お前さんの家かい?」

 チラッと、私の後方へと視線向けて、部屋の様子を見た男の言葉に、私は頷いた。

「そう、ですけど……、えっと、あなたは……?」

 結局何者なのだろうか。そんな疑問符を浮かべて男に問う。

「お前さん、白ひげ海賊団って知ってるか?」

 逆に問い返された。

 男の言う、“白ひげ海賊団”の単語に聞き覚えがあるようなないような、モヤッとした何かが私の中で沸き起こったが、聞きたい答えは返されていない。
 人の家に急に現れといて、まさか今から何かのお伽噺でもするつもりなのだろうか。そんな事に悠長に付き合ってやる義理など私には無いし、海賊だなんて非現実的なそれが、些かこの場にそぐわないような気がして、若干の苛立ちがぷっくりと芽生えた。

「知らないです。あの、悪さをするつもりがないなら家には何のようで来たんです?」

 未だに尻餅をついていた体を仕切り直す様に起こして、その場に座り、さっさと本題に入ってくれと願う。
 こっちは数時間前に引っ越して来て、その作業や何やらで疲れているのだ。それを癒すべくせっかく寝たというのに、紛らわしい時間に紛らわしい出で立ちで現れて睡眠を中断されたのだ。眠気なんておかげですっかり何処か彼方へと飛んで行ってしまったけど、疲れていることには変わりなくて、もう一度布団に入ったらすんなりと眠気も戻ってくるだろう。
 何より明後日からはまた仕事だ。今日は中断してしまった荷ほどきも、明日のうちには生活に支障が無い程度にまで色々と進めたいのに、こうしてる間にも時間は削られていく。少しでも長く寝ていたい、貴重な睡眠時間をわけもわからぬ状況で浪費されていくのは実に遺憾である。

 そんな事を考えている私に対して、男は男で何やら思案するかのように顎に手をあて、中空を見つめていた。
 本当に、いったい何だというのだろうか。

 最悪、このままこの男は放置して寝てしまおうか? しっかり戸締まりしたはずとはいえ、こうして現れたならきっと出ていく事も可能だろうし、男曰く、悪さをしに来た様子でも無いらしいし。でもまぁ、だからといってそれを鵜呑みにして知らない男が居るうちに寝につくというのも、あまりにも危機感が無いだろう。
 やはりもう暫くは相手をする他無いのだろうか。

 ため息をついてしまいたい心境の私と、時折こちらを見ながらも考え込んでいる様子の男。どちらも言葉を発しないこの空間は、なんとも異様で、それでいて静かだった。――そんな時……。

 ドコーン!! という大きな音が風呂場の方から聞こえ、思わずギョッとする。
 反射的に音がした方へと視線を向けた私と男。今度は何だというのだ。

「……まさか、な」

 ポツリと聞こえた男の呟きに視線を移せば、男はなんとも神妙そうな表情を浮かべていて、次の瞬間には立ち上がり音がした方へと動き出す。

「え、? あの、ちょっと」

 廊下があるとはいえ、所詮はアパート。風呂場まではさほど距離は無いものの、スタスタと向かって行く男の動きに、ワンテンポ遅れて私も立ち上がり後を追った。

「イッ、テェー……」

「その声、エース、か?」

 向かった先、肝心な風呂場の様子は、前に居る男によって塞がれて居ることで伺えないものの、なにやら新たな声がこの場に追加されたらしい。それに反応したのは着物の男。私はといえば、追加されたまたもや聞き覚えの無い男の声に、一度は落ち着いた思考がぐるぐると駆け巡り混乱してしまう。

――やっぱりそっち系の曰く付き?!

「おお、その声はイゾウか? おい、ここどこだよ。真っ暗で何も見えねぇぞ」

 風呂場だと音が反響するから、というのもあるのだろうが、先程の凄まじい衝撃音からして、おそらくどこかをぶつけたのかなんなのか、痛みに耐えるような声が聞こえたのちに、着物の男に応答する新たな侵入者。
 その人物が言う通り、脱衣所も風呂場も電気が点いてないので真っ暗だ。
 
「あ、ちょっと失礼します」

 パチッ、と壁に備わってるスイッチを押して脱衣所の電気を点け、それからすぐに風呂場のそれも点ける。
 風呂場のスイッチは、立ち位置的に着物の男の横にあったので、念の為にと一声かけたが、改めて思うと何気遣ってるんだろうかと苦笑したくなった。ここは自分の家で、相手は侵入者だというのに。

「うぉッ、眩っ――て、どこだここ?」

 暗さに慣れ出したところでパッと明るくなった空間に、風呂場の中からはそんな声が聞こえて視線を移動させるも、やはり風呂場の出入り口に立つ男が妨げになりよく見えない。
 辛うじて男越しに洗い場が見えるけど、そこには何も居ない。どうやら新たに現れた何かは、私のとこからじゃ角度的に見えないが、浴槽の方にいるらしい。
 
「……あの、?」

 風呂場からの声に、着物の男は何も返さなかった。何やら知り合いらしいのに、男は電気を見上げて黙っている。
 私はどうするべきなのか、進展するようでなかなか進展しない状況は、もどかしい以外の何物でもない。
 かといって、率先して話を進めようにも、男達が何者なのかすら未だ不明なのだから、対応しようにもどんな方法が適切なのかがわからない。
 まぁ、でも、不法侵入ということは確かなのだから、警察にでも電話して来てもらえばいいのだろうけど、何故だか不思議とそれが躊躇われる。
  悪さをしようとして来たんじゃないと言った着物の男の言葉どおり、纏う雰囲気や場の状況が、そういう類いでの危機を感じさせないからだろうか。





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