10

 スタッと地面に着地して草木が生い茂る方へと黒猫は駆け出して行った。
 途端にシン、と静けさが訪れた辺りに、呆気に取られたカカシ先生と私。

「……正直、カカシ先生ってもっとクールで、それでいて飄々とした、掴みどころのない人で……。だけどもこの里きっての優秀な忍なんだと思ってました。」

 動かした足は、カカシ先生を前にして数歩分あけた箇所へと止める。
 対面するように位置した私達。先程まで鳴っていた鈴の音は、もう遠くへと行ったのか、聞こえなくなっていた。

「……俺も、出来れば格好良い上忍でいたかったんだけどね……。どうもキミの前だと調子が狂う……。」

 ストン、と自分の中で何かが落ちた気がした。

「……そっか……、」

 呟いた声は吹いた風に流されて、たぶんカカシ先生には届かなかっただろう。

「ナマエ、? 今何か言った?」

 本来の第7班に加わった私の存在は、多かれ少なかれ何かしらの影響を及ぼすのだろう。私の前だと調子が狂うと言ったカカシ先生の言葉が、きっとそれを意味してる。
 班だけじゃない。原作――この世界の筋書きに、私という存在は始めからないのだ。数年前に起こったうちは一族襲撃事件。それと同じ時に襲われた苗字一族。私のせい、とまでは言わないけど、なんらかの関係はあるんじゃないだろうか。
 
「……いえ、……――私、忍辞めます。今。」

 身体の向きを変えて荷物の方へと歩み寄る。すぐに火影様のとこに行こう。そして辞職する。すぐに、今すぐにでもナルトを中心とした彼等から離れなければ。――物語を変えてしまう。そんな気がする。

「え、何言って……。なにもそんなに急いで決めなくたっていいじゃない。」

 出していた荷物をリュックへ全てしまい込み、来たときよりも少しだけ軽くなったそれを背負った。

「いえ、いいんです。そもそも私、鈴を取る気もなかったんですよ? 不合格な事は始めから決まっていました。それなのに悠長にお茶して終わるの待ってるなんて、時間の無駄だったんです。私今から火影様のところへ行くので、このまま失礼しますね。」

 背を向けたままそう言って、歩き出す。が、何故だか進まなかった。踏み出そうとした足を戻し、チラリと首だけで振り返って見れば、進まなかった原因がそこにある。
 リュックを掴むカカシ先生の手。

「待ちなさいって。俺まだ合否判定何もしてないでしょうが。」

「だからそれは、――」

「いいから、まずこのリュック、ちょっと預からせてもらうよ」

 スルッといとも容易く肩から外されたリュックは、私の背中を離れてカカシ先生の右肩へと引っ掛けられた。

「……なんですか。」

 予期せぬ事態に、首だけじゃなく体ごと振り返り、目の前の人物をジッと睨む。そんな私に、カカシ先生は視線を合わせるようにその場にしゃがんだ。
 ぽん、と私の肩に置かれた先生の左手。

「まだ何か、背負ってる?」

「……、」

 風は、空気を読むらしい。妙に優しい声色を紡いだ先生と、思わず息を飲んでしまった私の間に、木ノ葉を纏った風が通り抜ける。

 見透かされたと思った。そんな感覚に陥った。だけどそれは錯覚だ。私の中を掛け巡る思考や感情なんて、カカシ先生には見えていない。見えるわけがない。例え見えたとしても、それは彼等にとって理解し難い事だらけだろう。

「俺、まだ持てるよ?」

 くい、と右肩に引っ掛けたリュックを揺らして、カカシ先生はそう言った。

「……いえ、今日持ってきたのはその荷物だけです。」

「そ? ……ま、昨日出会ったばかりの人間相手にそう簡単には持たせてくれないか……――と。時間になったみたいだね」

 けたたましく鳴り出したタイマーの音が、少し離れたこの場所にも良く響く。
 私の肩へと置かれていたカカシ先生の手は、彼が立ち上がる際に私の頭部へと移動した。

「とりあず、今はまだ任務中だ。辞めるにしても任務中に勝手に一抜けされちゃ困るんだよね。解散するまで帰ることは許さない。これは上司命令ね。」

「……。」

 ここでまさかの正論である。口調は変わらず優しいけど、そこに込められた“反論は許さないよ”の意に、何も言えない。

「じゃ、ま、移動しようか。」

「……荷物、」

「これはまだ預からせてね。」

 ニコ、笑ったカカシ先生は、そのまま私のリュックを持って歩き出して行った。
 渋々その後を追うように私も歩き出して、数分も立たずにたどり着いたのは3本の丸太。その奥にある慰霊碑を前にするように、真ん中の丸太に縛り付けられているナルトと、その両サイドの丸太に背を預けるようにしてそれぞれ座るサクラとサスケ。彼らを通り過ぎて、丸太と慰霊碑の間へと進んでいくカカシ先生を見送り、私はナルト達の後方で足を止める。

「おーおー、腹の虫がなっとるね……君たち。ところで、この演習についてだが――」

 腹持ちの悪い具材を挟んだサンドイッチとスープを軽食程度に食べたのは数時間前。真面目に鈴取りに挑んで行った彼等のお腹は、食べたとはいえ、しっかり筋書き通りに空腹を訴えていた。

「ま、お前らはアカデミーに戻る必要もないな。」

 カカシ先生のその言葉に、ナルト達は合格したのだと思い込んで歓喜に湧く。だけどそれは束の間の喜びなのだ。

「じゃあさ! じゃあさ! ってことは3人とも……」

「……そう、3人とも……忍者をやめろ!」

 風が静けさを呼んだのか、静けさが風を呼んだのか。カカシ先生の発した言葉に、浮きだった空気は一瞬でなりを沈めた。
 だがちょっと待て。後ろにいる私に気付くことなく話を進めるナルトはまず良いとして、カカシ先生にはしっかりと私が見えてるはずだ。というか、一緒にこの場に来たんだから。
 なのにまるで、今の発言には私の事が含まれてないように思う……。はて?

「忍者やめろってどーゆーことだよォ!!」

 首を傾げる私をよそに、ナルトの声で話は再び動き出す。

「そりゃさ! そりゃさ! 確かに鈴取れなかったけど! なんで“やめろ”まで言われなくちゃなんねェんだよ!!」

 そうだよ、君たち鈴取ってないんだよ。なのに今カカシ先生の腰元には鈴が無い。彼等はそれにも気付いてない。言われた事で頭がいっぱいなのか、観察能力が何処かへ行ってしまってるんだろうか。

「どいつもこいつも、忍者になる資格もねぇガキだって事だよ」

 ダッと駆け出したのはサスケ。カカシ先生のガキ発言に反応した彼は、そのままの勢いで先生へと向かっていく。だけどその勢いは、すぐにカカシ先生によって殺される。

「だからガキだってんだ。」

 片腕を背後にまわされ、頭をカカシ先生の足で踏まれて、サスケは文字通り地面へと押さえつけられていた。その一瞬の出来事に、押さえつけられたサスケに、驚くナルトとサクラ。
 そんな様子をただ黙って見る私に、こちらへと顔を向けて地面に倒されているサスケが目を見開く。その顔は驚きに満ちてるようで……。

 サスケも私の事、気付いてなかったらしい。ってことはサクラも気付いてないのかな。そんな事思って、だけどすぐに気付く。
 どうやら私、無意識の内に自分の気配を消していたらしい。めんどうだからと人との関わりを避けていた日頃の行いが、無意識の内に癖として出ていたようだ。そりゃあナルト達が気づくわけないよね。

「サスケくんを踏むなんてダメぇえーー!!」

 一族襲撃事件の後、身寄りの無くなった私に与えられたアパートの一室。素直にそこで生活しない私に、火影様はわりと早い段階で気付いた。はじめの頃はどこに行ってるのかと聞かれ。今では合うたびにどこで暮らしているのかと探ってくる。あの洞窟は私の住処であり、秘密基地。誰も知らないから誰も来ない。他人を気にしなくて良い落ち着ける場所。だから誰にも言わない、私だけの秘密基地。
 だけど一人身の私を案じてか、何かと気にかけてくれる火影様は、どうしても私の居所が気になるらしく、人を使ってまで私の帰路を調べようとする事が度々ある。絶対に知られたくない私は、気付けば“気配”に敏感になっていた。消すのも見つけるのも、そこらの同年代よりはかなり上手い方なんじゃないかと思う。

 でも確か、火影様って水晶のような物で見る事が出来たはず……。それなのに、わざわざ人を使ってまで探ってくるのは何故なんだろうか……。
 なんて、思考にふけってる場合じゃないんだろうな。今は。

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