09
「俺としては、せっかくこうして第7班として同じチームになったのに、早々に抜けられると寂しいんだけどねぇ……。それに、キミって結構謎が多いじゃない? まだ1つも解き明かせて無い内に居なくなられると、気になって夜も寝られなくなっちゃうよ。」
真剣味を帯びた声から少しだけ、おちゃらけた様に言ったのはカカシ先生なりの気遣いだろうか。というより、謎ってなんだ。
「……では、良い睡眠薬を探しときます」
「いやぁ、どんな薬も聞かないと思うけどねぇ……。それよりも、ゆっくり1つずつ謎を解き明かしていく方が楽しいと思わない?」
「いえ、別に……。ていうか、謎ってなんですか。なんなら私今答えますよ?」
考えられるのは家の事だろうか。顔合わせの前にアパートの部屋に来てたってことは、きっと火影様に何か聞いて下見にでも来たのかもしれないし。ナルトの家にも行ってたはずだから。
「だーめだめ! それじゃあ面白くないんだってば。そうだな……、じゃあ、俺のこのマスクの下とか気にならない?」
「……まぁ、気にならないと言えば嘘になりますけど、……知らなきゃ知らないで別に問題ありません。」
というか、素顔のようなものはアニメだか漫画だかで見た事あるような気がするしね。あまり覚えてないけど。とりあえずはイケメンだったはず。イケメンだったって分かってる時点でそれ以上の詳しい顔の造りなんてそれほど気になるわけでもない。
そんな事を思いながら言った言葉に、カカシ先生は何故か数瞬フリーズした。そうして落とされたため息に、私の脳内では疑問符が浮かぶ。なんだか私、よくカカシ先生にため息つかせてるような……。なぜだ。
「……キミってほんと掴めないよね……。」
ぼそ、っと聞こえた呟きは、チリンと鳴った鈴の音と重り、よけいに小さく聞こえた。
「「あ、」」
カカシ先生と私の声。続けざまに重なって聞こえた声という音は、いつのまにかカカシ先生と私の間に移動していた黒猫へと落とされた。
「猫はこういうの好きだもんね。――だーめよ、これは玩具じゃないんだから。」
カカシ先生の腰元にぶら下がる鈴に興味を示したらしい黒猫は、揺れるそれにちょいちょいと手を伸ばして戯れていた。
それを阻止するべく、優しい声色で猫の手から鈴を庇うように手を動かしたカカシ先生。それに対して猫は再び先生へと威嚇する。
「シャーー!!」
「わ、痛ッ――」
鈴へと動いたカカシ先生の手に、小さな牙だけじゃなく爪までむき出しにした黒猫の渾身の猫パンチ。カカシ先生の手の甲にはくっきりと綺麗な引っかき傷が出来上がった。
「よかったらこれ、使ってください。」
そこまで深い傷でもないけど、そのままってわけにもいかず、すぐに傍らに置いてあるリュックから消毒液と傷薬を取って先生へと差し出す。
「あはは、悪いねぇ」
慣れたように傷へと消毒液を流すカカシ先生は、傷薬を付けるのも早かった。ただ猫に引っかかれた傷とはいえ、怪我をする事になれてるんだろう。ぼんやりとその様子を眺めつつ、用を果たした消毒液と傷薬を受取りリュックの中へと入れ直す。
「手、かしてください。」
新たに取り出したガーゼとテープを片手に、もう片方の手でカカシ先生の手を掴む。暖かくて大きい、男の人の手。
確かに生きている、人間の手。
前世の記憶とはやっかいだ。思い出してしまったからには、私にとってここは“漫画の中の世界”になる。現実味、という言葉の意味は、いったいなんだったのだろうか――なんて、昨日からそんなよくも分からない事を考えるようになった。
ガーゼを当てて、テープで固定する。猫は相変わらずカカシ先生が付ける鈴に夢中のようで、私達の間からはチリン、チリン、と控えめな鈴の音が鳴っていた。
「ありがとね。」
「いえ、」
役目を終えたガーゼとテープもリュックへとしまってから、お茶を飲み干す。時計の針はもうすぐ12時を指そうとしていた。
「ごちそうさま」
タイミングを合わせてくれたのか、空になったカップを片付けようとしていれば、カカシ先生からも渡されたそれ。受け取って、軽く拭いてから袋に入れてリュックへとしまった。
尚も鈴の音は止まらない。どうやらそのまま遊ばせておく事にしたらしい。
「……さっきは目標だとかそれぽい事言っちゃいましたけど……、率直にいえば私、やる気がないんです。」
なんとなく、忍を辞めたいという、私の真面目な本音は、どうしてかカカシ先生には伝わって無いような気がする。風みたいに私の言葉がカカシ先生の周りをすり抜けている――そんな感覚になる。
やる気がない。やりたくない。本心からフェードアウトしたいのに、伝わらない。引き止められる程の何かが私にあるとは思えないのに。
例えあったとしても、私の辞めたい気持ちは変わらない。それ故に伝わらないのがもどかしい。
あれ? けど別に伝わらなくても問題ないんじゃない? 最終的な決定権はカカシ先生には無いんだし。進路相談、なんて、ただこう思ってますよーってのが伝われば。
どうやら私はいつのまにか理解してもらおうと考えてたらしい。アホか私は。
「うーん。まぁ、確かに、キミからナルトの様な気力は感じられないよねぇ……。けどさ、昨日のあれ、なかなか良かったよ」
「昨日、?――それより先生、それ、いいんですか?」
「ん?」
昨日の何が良かったのかはちょっと謎だけど、もう進路相談は終いでいい。
それよりも、私達の間で鈴に戯れていた黒猫が、いよいよ鈴を取りそうな動きをしている事の方が気になった。
「あ、こらこら! だめ……――ッ」
「ニ゙ャーーー!!!」
カカシ先生の手が猫へと動き、その小さな体を捕らえようとしたが、猫はその手に再びパンチをお見舞いしようとした。けどそんな事、二度も喰らうつもりは無かったらしく、カカシ先生はすぐさま手を引っ込め、それと同時にその身をレジャーシートの外へと飛び立つように移動させた。一瞬の出来事だった。
しかし猫も猫で、鈴を捕らえるのに必死である。自慢の爪をカカシ先生の衣服へ刺してガッシリとしがみ付き、その身は瞬間移動のように動いたカカシ先生と共にレジャーシートの外にある。
「ッちょ、ええー……」
自身の腰元にしがみつき、両手が塞がってもなお鈴を捕らえるべく、ガジガジと口を動かす猫に視線を落とし、げんなり、といった風のカカシ先生。
そんな1人と1匹を見て、さてどうしようかと首をひねる。
「そんなにこの鈴が気に入ったの? ねぇナマエ、ちょっとこの子離すの手伝ってよ」
「……そろそろ時間になりますし、私ここ片付けたいんですよねぇ。」
すぐ帰れるように。というかもう片付けたら帰っちゃおうかな。どうせ忍辞めるんだから今一抜けしたって別に良いよね?
レジャーシートを畳むべく、立ち上がってその上の荷物をどかしていく。この後にでも火影様のとこに行って退職宣言してこよう。
「えぇ……。いやいやちょっとナマエさん? そっち片付ける前にこっち手伝ってくんない? そしたら俺も片付け手伝うからさ……ナマエ? 聞いてる?」
「………先生、相手は猫1匹ですよ? そんな縋るような声出さないでください。なんか残念です。」
「いや、ほら見てみ? この猫なんかさっきより凶暴になったんだけど。ナマエには懐いてるんだしさ、ペリッと離してくれるだけで俺すっごい助かるんだけど。俺怖くて触れな、いィ、い゙ッたたた!! つめッ! 爪思いっきり皮膚に刺さってるんだけど痛ッたい痛いってばちょ、――」
怖くて触れない、の後からの声にびっくりして思わず勢い良く振り返ってしまったわ。そして目にうつるカカシ先生と猫の格闘シーン。ぽかーんと開けはなってしまいそうになった口は寸でのところでとどめる事が出来たけど……なんか本当イメージしてたのと違う。どうしよう……なんかすごく残念です。
「い゙ッたイってば! ちょ、お願い。良い子だから離れ――ッ、デぇ!! ナマエ。ナマエ、頼むから、そんな哀れみの目で見てないで助けてよ……」
「……ああ、……すみません……。」
フリーズしてしまった体を起動させて、カカシ先生の方へと歩み寄る。
「――このままじゃ鈴取られちゃうし……て、あ!!」
「え、」
3個分の鈴が猫の口に含まれて、くぐもったチリンという音が耳に届いた。