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「お前ら忍者なめてんのか……あ!? 何の為に班ごとのチームに分けて演習やってると思ってる」

 低く落とされたカカシ先生の声。ナルトとサスケとサクラの3人はまだ、この演習の意味を読めていない。

「え、……どーゆーこと?」

 困惑の色で問うサクラを他所に、“知っている”私は流れる展開に少し退屈になって辺りの景色に気を向けた。

「つまり……お前らはこの試験の答えをまるで理解していない……」

「答え……!?」

 答えの発表とそれについての解説に、慰霊碑の話。それらを終えて、お弁当をナルトに食べさせるあの場面になるまで、まだ少しかかるだろう。
 ぶっちゃけ早くリュックを返してもらって火影様のとこに行って帰りたい。暇だ。切実に。
 
「そうだ。この試験の合否を判断する答えだ。」

「だから……さっきからそれが聞きたいんです!!」

 もどかし気にあげたサクラの声。それと同時に横の茂みがカサリと鳴った。僅かな音に、気付いたのはたぶん私だけ。
 音の方へと視線を向けて、気配を探れば感じる小さなそれ。人間とは違う微量の気配は、先程の黒猫のものだろう。

 この黒猫との出会いは昨日。顔合わせ終了後、アパートの様子を見るべく向かっていた途中で、物陰に隠れるようにして横たわっていたこの子を見つけたのが始まりだった。
 見つけてしまった手前、ぐったりとしているこの子をそのまま放っておく気になれずに、アパートへと連れて行ったものの、外的損傷は見つからず、どう処置すればいいのかと頭を悩ませていた。
 だけどそんな時、ふいに脳内でチラついた映像があった。――サクラが魚にチャクラを当てているシーンである。
 それは数時間前に思い出した前世の記憶によるもので、だけどそれは、弱っている小さな生き物を前にして焦っていた私にとってささやかな希望……といえば大袈裟だけど、試してみる価値はあると思えた。そしてすぐさま躊躇することなく手元に集めたチャクラを小さな体に近づけた。
 それが昨日の私。……正直、今思えば簡単に出来るはずの事ではない。

 魚はたしか、術式が書かれた巻物の上に置かれてたはず。それにあれは、綱手様に弟子入りしたサクラの修行の一環だったのだ。サクラだって魚が動けるようになるまでに何ヶ月かは費やしていたのだし。それほどのものをたったの思いつきで、ましてやたんにチャクラを当てただけで成そうなんて到底無理な話である。――だかそれでも……、不思議な事に奇跡は起きた。

「…………――ったく。」

「あ〜〜も〜〜! だから答えって何なんだってばよォ!?」

 呆れるようにカカシ先生から漏らされた呟きに、痺れを切らしたナルトが叫んだ。
 そんな彼等のやりとりを横目に、私は黒猫が居るであろう茂みへと歩み寄る。
 チラ、とカカシ先生がこちらを見た気がしたけど、気にせずに足を進めて数歩。すぐ近くにある茂みを前にして、その中を覗き込めば、くりっとした黄色い瞳で私を見上げる黒猫。
 先程カカシ先生から奪った鈴は可愛い前足のそばに置かれていた。

「ニャー……」

 声をひそめて掠れ気味に鳴いた黒猫は、どうやら私に鈴を渡すべくここに隠れていたらしい。

 昨日起こしたまさかの奇跡。それはとんでもなくびっくりな、予想外の方向で起こった。

「ニャー(おれ頑張った! おんがえし!)」

 まさかのまさか。この子の言葉が分かるようになったのである!
 いや本当にびっくりですよね。そして可愛い!

「はは。ありがとね。」

 隠れるこの子に合わせるように、私も声をひそめてそう返す。 ついでに毛並みを堪能するように撫でる事も忘れずに。私的に鈴の事なんてどうでも良かったんだけどね。
 スタート前のカカシ先生の話を何処かで聞いていたらしく、おれが取ってやる! って、なんでか張り切ってたのよね。この子。
 レジャーシートの上でカカシ先生と話してた時もあまりの懸命さに微笑ましくてこっそり和んでたわ私。

 音が鳴らないように鈴を持ち、そっと小さな体を抱き上げれば、猫は嫌がる様子もなく身を任せてくれた。
 この子ともっと戯れたい。もふもふしたい。洞窟に連れて行こうかな?
 そんな事を思いながら4人の方へと振り返る。何やら沈黙している様子だけど……あれ、今話どこまで進んだんだろう。

「それは……――」

「チームワーク、……です、よ、ね……?」

 まったく全然話が進んでなかった話に、驚きと呆れのダブルパンチを喰らった私は、続くはずのカカシ先生の言葉を気付けば口にしていた。更にびっくりである。何言ってんだ自分。今の結構大事なシーンだったよね? 奪ってごめんなさいカカシ先生! なんて、1人内心でテンパりつつも“ですよね?”を付け足して言ってみた私。もうなんかごめんなさい。

「どうにもノリが悪いと思えば……やっぱりナマエは分かってたのか……」

「え、」

 ノリってなんだ。やっぱりって……いつから思ってたんだろ。

「ナマエの言うとおり、この試験の答えはチームワーク。みんなでくれば……鈴を取れたかもな」

 原作と若干セリフに違いはあれど、軌道は修正された……のか? あれ、でも今カカシ先生が持ってるはずの鈴は私の手元にあるんだよね……。

「……て、あれ? 先生、鈴は?」

「ああ、それは――」

 ですよねー。流石にこの流れだったら気づくよねー。
 本来のサクラはここで。カカシ先生の腰にぶら下がる鈴を見て、改めてその数に疑問を持ち、抗議する――ってはずなんだけど、やっぱりズレは抗えないよな……。

「ニャー(おれが取ったんだもんねー!)」

 これからチームワークの大切さについてカカシ先生が進めるはずが、そのきっかけとなるサクラのセリフが変わってしまった。そうなると……、解散までの時間が長引いたりするんじゃないだろか……。黒猫可愛い。
 そして何故かものすごく視線を感じる。特にカカシ先生から。

「……ナマエ、」

「……なんでしょう?」

 得意気で満足気な黒猫を撫でていた私に声をかけたのはカカシ先生だ。その顔はほとんど隠されているけど、何とも言い表しにくい微妙な表情が伺える。

「俺ちょっと余計に分かんなくなったんだけど……その猫、……ナマエのなの?」

 片手で後頭部をわしゃわしゃしたのち、歯切れの悪い調子でカカシ先生は問うてきた。つまりは、この子が私のペットか否か、って事なんだろうか? 

「え、っと……。昨日行き倒れてるところを助けて、……お友達、?なのかな……」

 黒猫との関係性を答えるのに、なんだかちょっと詰まってしまった私は、腕の中に居るその子へと視線を向ければ、心なしかキラキラとしたような瞳とかちあった。

「ニャー!(ともだち!)」

「あ、友達でいいの?」

「ニャー!(いい! 友達!)」

 胸元にスリスリと頭を寄せて、可愛らしい声で単語を復唱する黒猫に、自然と顔の筋肉が緩んでしまう。可愛い。まじ可愛い。どうしよう。

「……なんかこの猫、言葉がわかってるみたい……」

 緩みきってしまいそうになる表情筋をくい止めたのは、横からぽそっと聞こえたサクラの声だった。そして一瞬の思案。言うべきか、言わざるべきか。

「……ナマエ。鈴は?」

「あ、それならここに――」

 チリン、と鳴った3つの鈴。猫を抱きながらも手のひらを開いて、もう片方の手で摘んだそれ。
 途端に、ナルトとサクラとサスケは驚きの表情へと染まった。カカシ先生はといえば、何やら思案するように目を細めてこちらを見ている。鈴ではなく、だ。

「俺の事油断させて猫を使ったのかい?」

 真面目な声色。探る視線。思わずごく、と喉を鳴らしたくなった。

 明らかに、空気が変わった。

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