13
英雄、という言葉にすかさず反応したナルトは俺も英雄になりたいと声を高らかに言った。けどその“英雄”は、たんなる英雄ではなく、任務中に殉職した者達だ。
それを知ったナルトは、――いや、ナルト達はシンと静まる。どんよりとした重さの空気が辺りを包み、そこに響くカカシ先生の声。
慰霊碑に刻まれた名前には、カカシ先生の親友のそれも含まれているのだ。
「……お前ら……! 最後にもう一度だけチャンスをやる。ただし昼からはもっと過酷な鈴取り合戦だ! 挑戦したい奴だけ弁当を食え。ただしナルトには食わせるな。」
「え?」
やっと告げられた昼食タイム。しかし最後のカカシ先生の言葉に、疑問符を浮かべて声を出したナルト。
「ルール破って1人昼めし食おうとしたバツだ。もし食わせたりしたら、そいつをその時点で試験失格にする。……ここでは俺がルールだ。分かったな。」
すごみを見せつつも言い終えたカカシ先生は、すぐにその場から居なくなった。
けど私は知っている。カカシ先生が近くにいる事を。筋書きもそうだけど、近くに僅かながらも気配があるんだよね。
さすがカカシ先生。上手く消してはいる……が、私には分かる。あのはたけカカシ相手に私凄くない? と調子に乗ってしまいそうだけど、子供相手だからそこまで本気に消してないのかもしれない。
「へっ! オレってば別に飯なんか食わなくたってへーきだっ――」
ぎゅるるるるるー。強がり発言をするも、言い切る前に腹の虫が主張してしまったナルト。どんまいである。
さて、ここで疑問が1つ。少しの脱線はあったものの、おおむね筋書き通りに事が進んだ。それはいい。けど、筋書き通りに進んだ事で、最後のチャンスとして告げられた午後の鈴取り合戦に、ちょっと待ったをかけたいのは私だけなんだろうか?
鈴は私の手の内にある事をみなさんお忘れではなかろうか……。何故誰も突っ込まない。
「ナマエ、お前もこっちに来て座れよ。」
手にしたお弁当とは別に、サスケはもう1つのそれを隣りに置きながらそう言った。そこに座れって事だろうが……、サクラの視線が少し痛い。
「……あー……と。……うん……」
かといって、断って離れたとこに座るのも不自然だろう。なによりナルトに弁当をあげるのにどうせまた近付かなくてはいけないのだ。
結局頷いてサスケの方へと歩み寄り、だけども腰を落ち着けたのは隣りではなくサスケの前。
隣りだとサスケを挟んだ位置になってしまってナルトが遠くなるからね。ここでいいよね。ごめんねサクラ。
だったらサクラの前とかナルトの前でも良くね? って思ったけど、座ってしまってから気付いても遅いよなぁ……。サクラ、そんなに睨まなくても何もしないって。
お弁当の箱を開けて、ほんのりと広がる食の匂いを感じてか、膝の上に乗せた猫がピクリと動く。ちなみに鈴はポケットの中だ。
猫にどれを食べさせようかと、お弁当の具材をつっついたとこで、さらにもう1つの疑問浮かんでくる。
私、試験の目的と答え、言ったよね?
カカシ先生は、今のこの昼食タイムも影からこっそり観察してるはず。いうなれば、今この時も試験の最中って事なのだ。だというのに、答えを言い当てた私がこの場に居て良いのか……。だめだろう。
しかも私、お弁当を食べる事より猫に餌付けする事の方を考えてたんだけど、もしかしてこれってヒントにならない?――でも見てよこの物欲しそうに見上げてくる黄色い瞳! だめ無理耐えられない! どっちでもいいから早くナルトに弁当分けてくれ!
ぎゅるるるるる……。切なる私の願いがナルトの中の腹の虫に届いたのか、その音が一際響いた気がした。
そうして横目でナルト見つつ、箸を止めたサスケ。食べ始めてからわりとすぐなこのタイミングは、原作ではどうだっただろうか。
「――ほらよ」
だけどそんな疑問はもはやどうでもいい! ついに訪れた“お弁当分け与えシーン”!! 待っていた。すごく待っていた!!
「ちょ、ちょっとサスケくん!! さっき先生が――」
「大丈夫だ。今はアイツの気配はない。昼からはみんなで鈴を取りに行く。足手まといになられちゃこっちが困るからな」
大丈夫だよサスケくん。君のその行いのおかげで鈴取りはしなくて済むよ。帰れるよ。やっと帰れるんだよ! ああ、でも帰る前に火影様のとこに行かなきゃなんだった。猫はその間どうしよう……。待っててくれるだろうか。
そんなこんな考えてる間にも展開は順調に進み、サクラもナルトへとお弁当を差し出していた。
「サクラちゃん……。ありがと……。」
好きな子からの優しい施し。よほど嬉しいのか、ナルトは目元を潤ませている。
「お礼はいいから、早く食べなさいよ。」
やるな、と言われた事をこっそりでもしている事に後ろめたさがあるのだろう。小声で口早に言うサクラだが、お弁当を差し出しただけでは今のナルトは食べれない……。
「あのさ、……でも……」
「私ダイエット――、じゃなくて……サスケくんより少食だし。気にしなくていいから」
言葉に詰まっているナルトに、遠慮してると思っているサクラは気付いてない。ナルトが丸太に縛られている事を。
「……っだけどォ……ホラぁ……」
わきわきと手先を動かしてみせたナルトに、漸くさとったサクラは絶句した。
「急げ。……アイツ、いつ戻るか……」
スムーズには進まないやりとりを促すように言いながら、サスケは辺りを見渡し警戒してみせた。
「……今回だけだからね……いい? 分かってるんでしょうねェ?!」
不可抗力。サクラの心境はそんな感じだろうか。ほぼやけくそ気味には発せられた声色に、だけどもナルトは気にする事なく、むしろ嬉しそうである。だろうな。
「わァかったってばよォ。」
顔はニヤつき、その声も締りがない。まさかの好きな子からの“あーん”な展開なんだからそりゃ嬉しいよね。良かったねナルト。私もこれで心置きなく猫に餌付けできるってもんよ。さぁ、どれを食べさそう……と、その前に……。
安全圏に移動しておかなくては。
サクラが直箸でナルトへとご飯を食べさせようとしている二人を横目に、私はそっとお弁当の蓋を閉じた。そんな私と、蓋をされたお弁当を交互見てくる黒猫に、ごめんねの意を込めて小さな頭を一撫でしてから腕の中へと抱き上げる。そうして次にお弁当を片手に持ち上げたところで、サクラの持つ箸の先はナルトの口へ。無事にあーんは遂行されたのだ。もぐもぐと口を動かすナルトは幸せそうである。
そして、僅かに感じていた気配が動き出す。その事を察した瞬間、私はすぐさまサスケの後方にある丸太の影へと移動した。腕の中の猫を驚かさないように。それでもなるべく早く。
私の動きに、3人はきっと疑問を浮かべたいところだろうが、その疑問が浮かびきる前に答えはすぐ目の前にやってくる。
丸太の影に私が足をつけたと同時に、背後――つまりは3人の目の前に、ボンっという音と共に結構な量の煙りと突風が巻き起こる。
「お前らぁぁぁああーーーー!!!!」
煙りが消えきる前に、そこから現れたのは大迫力のカカシ先生。悲鳴をあげるサクラに驚きの声をあげるナルト。2人と同じく驚きつつも、しっかり構えをとるサスケはさすがだと思う。
「ごーかくっ」
怒気迫る表情から一変、ニコっと素敵な笑顔に切り替えるその能力はなんなのか。
語尾にハートマークでも付きそうな声色で発せられたカカシ先生の一言は、呆気に取られている3人がのみ込むまでに数秒の間が必要だった。
「合格!? なんで!??」
突然告げられた合格の言葉。のみ込めても意味がいまいちわからないのも当然だろう。数秒の沈黙ののち、サクラがカカシ先生へと疑問を投げた声が聞こえてきた。
そもそも、こんな現れ方あるか。ほんとまじ心臓に悪い。知ってて避難したとはいえ、それでも心臓がドッキリしたわよ。猫ちゃんもびっくりしてるわよ。
「お前らが始めてだ。今までの奴らは素直に俺の言うことをきくだけの、ボンクラどもばかりだったからな。」
そうして始まるカカシ先生による、本日最後のお話。どうやら私の存在はまたスルーされているらしい。まぁ、気配は消してるけども……。カカシ先生、1人足りないよ?
いいけどさ。私はとりあず猫を宥める事に専念するよから。ほーらご飯だよー。
「……忍者は裏の裏を読むべし。忍者の世界でルールや掟を破る奴はクズ呼ばわりされる。……けどな! 仲間を大切にしない奴はそれ以上のクズだ」
やっぱりお弁当じゃ猫が食べれる物って限られるよね。味とか濃いだろうし。あまり食べられそうなのないかなー……。お、玉子焼きに興味を示した模様。これなら大丈夫かしら。よしよし食べていーよー。
「これにて演習おわり。全員合格!!――よォーしィ! 第7班は明日より任務開始だァ!!!」
「やったああってばよォ!!! オレ、忍者! 忍者!! 忍者!!!」
盛り上がる背後に、混ざる事なく猫に餌付けする私。さて、これで今すぐにでも解散になるだろう状況で、みんなが去ってから私も動くか、今動くか少し迷う。
忘れてるなら忘れてるで、みんなが去ってから動いた方が、余計な絡みをすることなくて良いかもしれない。だがリュック……。
「帰るぞ。」
カカシ先生のその一言は、盛り上がっていた場を一瞬で切り替えさせた。遠ざかっていくサクラとサスケとカカシ先生の気配。
「って! どーせこんなオチだと思ってたってばよォ! 縄ほどけェーーーー!!」
ここまで忘れられるってちょっぴり虚しい気もする。そんなに私の存在って薄いんだろうか……いや、薄いよな。そうだよな。
「ナルト、」
「あ、お前ェ!! 頼む、この縄取ってくれってばよ!」
ひょっこりナルトの前に顔を出した私に、一瞬キョトンとしつつもそう返してきた反応に、クナイを取り出す。
「縄抜け、忘れたの?」
なんて言いつつもしっかり縄を解く。拘束が無くなって自由になった体をナルトはほぐすよう動かしてから、あ、と漏らす。忘れていたようだ。
ずっと馬鹿正直に縛られてたのか。やっぱり君はナルトだね。
「とにかくサンキューだってばよ!」
「どういたしまして。じゃあ私帰るね。」
帰るね、と言ってすぐ、ナルトの返事を聞く事なく、ナルトの目の前から飛び立った。もちろん、猫は抱えたままで。
適当な木の上から、ナルトが帰って行くのを見送った。
さて、私のリュックはどこにあるのかな?
「ニャー(帰るの?)」
「うーん。帰りたいんだけど……。それよりごめんね。今日いっぱいびっくりさせちゃったでしょ?」
「ニャー(ナマエがいるから問題ない!)」
可愛い。超可愛い。ニヤける表情を誤魔化すように、もふもふの体に顔を当てれば、猫の方もこちらに体を押し付けてきた。可愛い。超可愛い。