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 しばらく猫と戯れていた。リュックを探して火影様のところへ行くっていう、帰る前にまだやるべき事があるのを忘れる程に。
 思い出したのは、誰も居なくなったはずの演習場に現れた1つの気配を感じた事でだった。
 どこに向かっているのかが読めないその気配は、あっちへ行ったりこっちへ行ったりと定まらないが……。まぁ、探す手間がはぶけた。

「おかえりなさい。カカシ先生。」

「!――ナマエ……。お前ほんと気配消すの上手いよね……。」

 背後から声をかければ、勢い良くふり返って目を見開いたカカシ先生。そんなに驚く事だろうか。

「何かお探しで?」

 定まらない動きをしていたカカシ先生に、そう問えば、片手を顔に当てて、はぁっと一息。

「いや、お前を探してたんだよ……。ここに戻って来る前にいろんなとこ探しちゃったってのに……。」

 そんな疲れたような声で……。私を相手にする事が、カカシ先生にとっては疲れる事なんだろうか……。わからん。

「私、みんなが帰ったあとあそこの木の上にいましたよ?」

 指をさして、先程までいた木を示す。

「帰ったあと?……俺がナルト達のとこに合格言に行った時に居なくなったんじゃなかったの? 直前まで一緒に食べてたよね。」

「…………。」

 忘れてたんじゃなく、まさか私がいた事に気付いてなかったのか……。え、それってどうなの? 里の中でも結構優秀な方なんじゃなかったっけ、カカシ先生って……。

「……なに? その残念な人見るみたいな目……」

「ああ……、いえ。私、ずっと近くに居ましたよ? 合格宣言の時。」

「……近くって?」

「サスケの後ろの丸太の影。」

 沈黙。カカシ先生の表情からは、信じられない、といったていの感情が見てとれた。

「……火影様がずっとキミが何処で生活してるのか探っても未だ分からないって言ってたけど……。本当なんだね……。」

 なんだ、藪から棒に。脈絡あったかな?

「……ん、……と。話の流れチェンジの方向ですか?」

「ああ、いや。キミが何処で生活してるのか探るのに、火影様が人使って調べてるのは知ってる?」

「はい。アカデミー行ってた頃はその帰り際にほぼ毎日でしたね。」

 授業が終わってアカデミーを出ると共に、私の後をついて来る気配は鬱陶しい以外のなにものでもなかったわ。

「キミの帰路を辿っても、すぐに見失って最後まで追跡できないって……。気配に関する能力に優れてるって事でしょ?」

「ああ、そういう……。」

 そういう話か。

「話には聞いてたけど、まさかここまで凄いと思わなかったよ。俺より上手いんじゃない?」

「そこまではちょっと買い被り過ぎじゃないですか?――それより、私のリュック返してください。」 

 目の前に立つカカシ先生は、忍道具が入った腰元のポーチを除いて手ぶらである。どこに置いてきたんだ私のリュック。

「その前にさ、ちょっとキミについて知りたいんだけど……、此処じゃなんだし場所変えない?」

「…………。」

 うーわーまじかめんどくせー。何この展開望んでない!

「……どこか、希望する場所があるならそこで。――ナマエが落ち着いて話せるって言うならナマエの家でもいいしさ。あのアパートじゃない方の……どう?」

 ニッコリと微笑みながら、少し甘い、優しい声色のカカシ先生の言葉を、はたから聞けば気を利かせたモテる男のそれかもしれない。……その辺のチャラついた男が言ったらたんなるナンパの為の台詞にしか聞こえないだろうけど。

「火影様も未だ知れないとこに、そんな簡単に行けると思ってるんですか?」

 ニッコリ、こちらも微笑みを作って返答する。

「ま、だよね。……じゃあ、」

「ちなみに今私のリュックってどこにあります?」

 カカシ先生の言葉を遮ったのはあえてだ。どうにかこの問答を早々に済ませたい。私の事を知りたいって……、知ってどうする。私は忍辞めるんだぞ。

「……リュックはちゃんと安全なとこに置いてきたよ。誰も取ったり捨てたりしないから安心してくれていい。それよりも――」

「しかたないですね……。――人質ならぬ、物じちにするおつもりなら無意味ですよ。とくに大事な物も無いですし、あのリュックはカカシ先生が適当に処分しちゃってください。私はこれで失礼させて頂きます。」

「え、何言って――」



*****



「……念の為を思って分身に行かせて正解だった」

 戻ってきたチャクラの感覚に、そう独りごちた。

 最近買ってお気に入りとなったフワフワの手触りのブランケットとフカフカのクッションを引き寄せて横になる。そんな私のかたわらには、小さな体を更に小さく丸めて寝息を立てている黒猫。
 そう、ここは洞窟内である。

 演習場に戻って来たカカシ先生に近付いたのは私ではなく私の分身だったのだ。……正確に言えば影分身。
 まさかね、私も出来るとは思わなかったよ。最初は普通に分身の術で向かわせるつもりだった。
 でもカカシ先生が現れる前、最後に会ったのがナルトだったからなのかなんなのか、影分身が出来ればただの分身よりバレにくいだろうなーっていう、そんな事を思いつつもチャクラを練ったら、どういうわけか影分身が出来上がったのである。

 印とかろくにわかってないのに、だ。

 かたわらで眠る猫といい、影分身といい、なんだか私、昨日からとんでもない事してる気がする。

 ともあれ、ラッキーには違いがない。そのままカカシ先生へ影分身を向かわせた後、場所を移動してから試しにもう一度影分身をイメージしてチャクラを練った。そうしてもう1体の分身体を出現させる事に成功した。
 改めて出したその2体目影分身に、外した額当てを託して火影様のところへと向かわせて、私自身はといえば、猫と一緒にのんびりと洞窟へと帰還したのだった。
 いつもは後をついて来る気配は、今日は火影様の元へと向かわせた分身について行ったようで、本当にラッキーだったわ。

 ちなみに、火影様に向かわせた分身のチャクラは、カカシ先生へ向かわせたそれよりも少し早くに戻ってきていた。

 忍辞めます。これ返します。失礼します。って、額当て置いて、返事もろくに聞かずにほぼ言い逃げ状態で終了したもんな。そりゃ早いわ。
 火影様相手に失礼だって、どこぞの誰かに突っ込まれそうだけど、女の子の秘密を常日頃から暴こうと暗躍してる事を考えて欲しい。“接触は最小限”が好ましいしだろう。
 その最小限リストにあわやカカシ先生も組み込まれそうになったけど、もう接点も無くなるわけだしね。

「明日からどうしようかなー……」

 生きるのって面倒くさいよね。何か仕事を探さなきゃだけど、一週間ぐらいはゴロゴロしてても余裕だろう。貯金はある。なにより洞窟生活って、光熱費使わないからお得なのよね。

 あ、そうそう。この子の名前も考えないと……。名前を聞いたらクロとかポチとかチビとか、様々な呼び名で呼ばれていたらしく、定まったものはなかったようで、決めてくれと頼まれたのだ。
 にしてもポチって、それ犬に付けるやつじゃないですかね? なんて、知らない誰かに思わず内心でツッコミを入れつつ、どんな名前にしようかと思考に耽る。

 そうして、気付けば訪れていた眠気に抗う事になく、私は夢の中へと旅立っていたのだった。
 

 

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