02

 アカデミーを卒業後、晴れて忍の仲間入りを正式に確定するために忍び登録書等を作成した。そして後日、下忍なりたてほやほやの者達を集めた説明会が開催されたのだが、私はそこで最大級の衝撃に見舞われた。

 一族襲撃事件から、身寄りがなくなった私は里の保護下のもと、独り暮らしをするべく、アパートを与えられたけど、そこで生活する事はほとんどなく、事件の日に見つけた洞窟で過ごす事が多かった。
 アパートに帰るのはベッドで寝たい日や、温かい湯船に浸かりたい日等、何か理由がある時だ。
 ベッド、テーブル、それに備えられた二脚の椅子、冷蔵庫、レンジ、カーテン。これらは部屋を与えられた時に揃えられていた支給品のようなもので、他にある物といえば、クローゼットに入れている物くらいだろう。衣類や忍び道具、アカデミーで使っていた教科書、その他貴重品。大事な物や思い入れのある物は全てそこだ。
 部屋を彩る観葉植物や雑貨、その他の装飾品なんてものは全く無く、一見すると生活感の無い部屋だが、一応貴重品があるので、ドロボー等が入った時の場合に備えてちょっとした仕掛けを施してる。
 そんな生活感の無い部屋とはうって変わって、日に日に充実していくのは洞窟の方だった。
 広い洞窟の片隅。シートを敷いた上に緑のラグマットを敷き、その傍らに木と布で作ったテントを作った。いつか見た絵本に描かれていたそれに似せて、こんな感じかな? で作ったけど、案外いい感じに出来て、敷いたラグは毛足が長い物だから、パッと見は“草原にテント”である。
 まぁ、少し視線をずらせば洞窟のゴツゴツとした岩肌だけど。なのでテント周りの壁面には、クナイで固定した糸に緑の葉っぱが生える蔦をひっかけた。枯れたら面倒なので作り物だけど、ランダムでいくつか配置すれば、結構いい感じになったので、もう少しスペースを広げようと、今度は板とロープで棚を作った。五枚の板の両端に穴を開けてロープを通しただけのそれも、クナイで固定し、それを三つほど作って不規則に並べた周りにも、作り物の蔦を配置させて。
 そんな感じでちょこちょこいろんな物を作ったり集めたりしていたら、洞窟の片隅がアパートの部屋より部屋らしくなっていた。

 テント内にはクッションを数個置いた。動物が描かれていたたり、葉っぱの模様が刺繍されていたりと様々だ。そこにタオルケットを持ち込めば、問題なく寝れる。
 自分の作ったスペース故に、居心地の良いそこは、入ったら出たくないとも思える程で――

 説明会前日の夜、テントに寝転んで読書に没頭していたら、案の定夜更かしをして寝坊した。
 とはいえ、急げばギリギリ間に合うだろうからと、着替えを済ませてアカデミーへと向かった。
 指定された教室の前に辿り着き、戸の向こうから聞こえる喧騒に、遅刻は免れた事を悟ってホッと息を吐いた。
 そこまでは良かった。

 戸に手をかけ、ガラッと開けたそれに、遮るものも無くなり教室内を視界に収めた私の目にうつったナルトとサスケの貴重なキスシーン。
 これもこれで衝撃だけど、そうじゃない。それを見た私はとんでもないほどの既視感を覚えたのだ。それが何だろう、と思う間もなく、答えを知らせるかのように、脳内に一気に溢れたいつかの記憶が、その内容が、私に最大級の衝撃をもたらしたのだ。

 痛みはない。けれども固いなにかで殴り付けられたようなそれは、血のかわりにドクドクと記憶を流し続ける。それはかつての――というより、きっと前世の、ここではない別の世界で生きた私の記憶。

 ふらり、と床に膝をついた私に、それに気付いたらしい女の子が駆け寄って来た。

「あ、あのっ、……だ、大丈夫……ですか、?」

 顔をあげて見なくても、知ってる。ヒナタの声だ。いや、もともとアカデミーでの授業が一緒だったから知ってて当たり前っちゃ当たり前なんだけど。それでもアカデミーではあまり同年代の子達とは仲良くなってなかったし、ヒナタが話しかけてくるのなんてこれが初めてだろう。それなのに、顔を見てない、たったこれだけの情報でなんでヒナタかって断言出来るのか。
 それは今もなお、脳内で流れる記憶の所為だ。

 私は知っている。厳密に言えば知っていた。気遣いつつもオロオロと声をかけてきたヒナタの事はもちろん、教室の中心部でまさかのファーストキスを果たしてしまったナルトとサスケの事も、その周りに居る数人も――、私は、この世界を知っていた。

「……だい、丈夫。……ごめん、朝食食べないで走って来たから貧血起こしただけ。もう平気。」

 ありがとう、と言って立ち上がる。だけどまだしっかりと足元に力が入ってるようには感じられなくて、それでもどうにか平静を装って空いている席へと座った。

 どうして今思い出したのか。なんでこのタイミングなのか。どうせなら思い出さずにいれれば良かったのに――……。
 私の前世に関して、思い出したくない事までまるっと全部思い出してしまった。気持ち悪い。気持ち悪い。気持ち悪い。キモチワルイ。

「おーいナマエ、ちゃんと聞いてるか?」

 ゾワゾワと何かが全身を這いずっていく感覚に、気付けば自分の両腕を抱いて下を向いていた。そんな私をよそに、いつのまにか始まっていた説明会。どうやら何かを話していたようだが全く聞いなかった。
 ハッと顔をあげて、すみません、と一言発した私に、イルカ先生は、何故か驚いたような表情を浮かべてこちらへ歩み寄って来る。

「おいおい、お前……。どうした? 酷い顔色だぞ……」

 こちらへと歩きながらも、そう問うてきたイルカ先生に、私は大丈夫、と応えようとしたが、それより先に別の声がどこからか聞こえてきた。

「あ、あの、ナマエちゃん、さっき貧血だって、……その、倒れて……」

「そうなのか、ヒナタ? だけど、貧血にしては……ッ」

 目の前へとたどりついたイルカ先生は、そう言いながら私の顔色をよく確認しようとしたのか、少し屈んで覗き込んできた。その際、私の肩に置かれた手に、特に意味なんてものは無かっただろう。
 だというのに、私はその手を反射的に叩き落としてしまった。途端、シンと静まる教室内。

「す、すみません。」

 自分自身、ここまで過剰に反応してしまうとは思っていなくてびっくりしたが、イルカ先生だってびっくりだろう。というより、この教室内にいる全員がびっくりだろう。

「い、いや……、俺の方こそ、すまなかった。」

 びっくりしたからか、突然行き場を失い中途半端な位置で静止した私が叩いた彼の手は、そんの言葉と同時にワタワタと動いて、言い終える頃には彼の後頭部へと落ち着いた。

「私、医務室行って少し休んできます。話、後で伺いに行って良いですか?」

「……ああ。あ、いや……、昼頃に俺が行くから、それまで休んでろ。あまり体調が優れないなら、無理はしなくて良いんだぞ?」

「いえ、……じゃあ、昼頃、お願いします。」

「ああ、……」

 まだ何か言いたそうなイルカ先生を残し、集まる視線から逃げるようにして教室を去った。きっと一人で行けるかとか、付き添いうんぬんだと思う。そんなの必要ないうえに、あの流れでさらに親しくもない人と医務室に行かなきゃなんて堪えられない。
 それよりも、そんなことよりも、

 思い出したくない記憶が、そこだけ何度も繰り返し再生されるこの脳を、いっこくも早く止めるすべを考えなくては。
 だけどそんなの、ただただ落ち着け、としか念じることが出来なくて、駆け込んだ医務室のベッドに飛び込み毛布に潜り、そうしてどうにか、繰り返し再生される記憶の流れを漸く止められたのは、外から同年代の子達の声が聞こえるようになった頃だった。

 あの記憶は、もう忘れるなんて事は出来ない。止める事は出来ても、それは映像が静止画になったようなもので、消すことなんて出来ない。
 だったら、隠してしまえ。他の記憶で埋めてしまえ。ここは違う。あの時の私はもう死んだ。今の私はここにいる。この世界で、新しく、記憶を沢山作ればいい。大丈夫。

「大丈夫。」

 ぎゅっと自分を自分で抱きしめて、深く深く深呼吸をした。布団の中じゃたいした酸素は無いけれど、それでもだんだんと落ち着いてくる。
 大丈夫。私はもう、大丈夫。私もう、新しい私なんだから。


ALICE+