03

 外から聞こえる子供達の声に、昼休みが訪れた事を知った私は、そろそろイルカ先生が来るだろうか、とくるまっていた布団から抜け出した。
 説明会で行われた話はきっと、下忍としてのこれからの活動方針だろう。数人で班を組み、その班ごとに一人づつ上忍がつくという説明と、予め決められた班メンバーの発表。そして午後からは上忍との顔合わせ。

 思い出した記憶の一部には、この世界の事も含まれていた。この世界の過去も未来も、紙面と画面越しで私は見ていたのだ。
 ナルトとサスケのキスシーンは、いわば第七班のはじまりのようなものだろう。つまりはナルトを主人公としての物語りが本格的に始まるという合図でもある。
 厳密にいえば、もう少し前から始まっていたけど、あれはまぁ、下忍になる前だし、なってからが本当のはじまりだと考えれば許容範囲だろう。
 そんなはじまりの貴重なキスシーンを見てしまったからなのだろうか。私が思い出したのは。

 そんな事を考えつつ、イルカ先生が訪れるのを待っていた私だったが、ふいにあることに気づいて神経を研ぎ澄ました。
 どうやら誰かがアパートに入り込んだらしい。

 たまに訪れる事がある火影様なら問題ないが、もしも泥棒ならお仕置きしてあげなきゃ!

 医務室の窓から外へと出て、近くに生えていた木の上へと飛ぶ。そこから屋根へ、また屋根へと、アパートの方向へ飛んで行けば、数分もかからずに到着した。
 アパートの正面にある建物の屋根の上で一度止まり、なるべく気配を消し、逆に中の気配を探れば、相手は隠す気はないのか、もろに感じ取れるそれ。だけど火影様のではない。
 おそらく一人。玄関付近に居るようだったので、私はそのまま玄関から中に入ることにした。
 逃げられちゃ困るからね。

「どちら様ですかー?」

 ガチャっとドアノブを回して扉を開いたのと同時に、消していた気配を解放すれば、そこにいた人物は、困惑と焦りが垣間見える苦笑いをこちらへ向けたのだった。

「……や、やあ」

 今朝までの、思い出す前までの私だったらこの時点で問答無用でどうにかしようと動いてただろう。けどまさか。まさかのはたけカカシである。
 思わず立ち止まってしまったじゃないか。何故いる。何故ここにいる。君はあれだろ? 火影様とナルトの部屋に行ってるんじゃなかったの? いや、もう行ったのか? その後に私の部屋? なんで! ――という、脳内のテンパりは表には出さず、とりあえず話しかけてみることにしよう。

「………仮にも女子の部屋に無断で入るとは……しかも家主不在の時に。初対面の人間が。」

「あー……、うん……ごめんねぇ。あはは」

 あ、ダメ。ちょっとイラッときた。あははって笑えないよねこれ。どんな状況よ。こっちはそれを確認したいってのに、笑って誤魔化すつもりですか? 畑のカカシさん。

「いや……、あの……。一応確認しときます。ドロボウでは無いんですよね?」

 いや、あの、の後に溜め息をついてしまったのは許してほしい。不可抗力である。気を取り直して確認するべく問いかければ、カカシさんは違う違う、と顔の前まで上げた両手をぶんぶん振った。

 私の部屋には、万が一の時の為、ドロボウ対策用にと部屋の隅々にいろんな仕掛けが施してある。からくり仕掛けで発動するそれに、自分ちょっと頭いいんじゃないかと思ったのはもはや過去の黒歴史だ。前世の記憶を取り戻してみれば何ともない、これはちょっと危険なピタゴラ装置なのだから。
 発動条件は部屋の各壁際や床や天井など至るところにに張り巡らせたチャクラ糸の、どれか1本でも切れる事。
 物を1つでも動かしたら大抵の糸のどれかは切れるように配置してる為、侵入者に例え逃げられたとしても誰かが入った事は絶対に分かる仕組みになってる。
 そんな部屋の中、違うと手を振るカカシさんは、その動作のまま一歩分、片足を後ろへと動かそうとしていた。が、

「あ! それ以上動いちゃ――」

気づいた時にはそれは床へと着地して、まだ切れていなかったチャクラ糸が切れる。

「え?――ッと。よっ、」

「ちょッ、よけ、るな! ストップ! ストップです!!」

「けどこれ止まったら俺傷だらけになっちゃうじゃない、ッと」

 だからってこれ以上動かれると片付けがめんどくさいんだってば! 
 そんな私の心境なんて知るはずもなく、カカシさんは自身へと向かってくる複数の千本をクナイで弾き、別の方向から飛び出してきた手裏剣を叩き落とす。 だかそれでは、ぶっちゃけ意味が無い。

「こっち! こっち来てください!!」

 武器やなにやらがぶつかり合う音の中、そう叫ぶようにして言えば、カカシさんは素直に私の方へと移動した。そんな彼を背後にするように一歩出た私は、一度その場にしゃがんで両手の指分のチャクラ糸をそこへ付け、その糸を伸ばしながら天井へと飛んでそこへもつける。
 網の要領で向かってくる武器を絡め取った。即席過ぎて横糸が無いから網とも言えないけど、それは天井から指先に伸びる、何処にも固定してない糸を動かしてカバーした。
 発動中のトラップはもう無い。ふぅ、と息をひとつ吐き出して部屋を改めてみれば、そりゃもう酷い有り様だった。
 部屋中至るところ穴だらけ。辛うじてトイレと風呂場は無傷だろうけど、ワンルームでひと括りにされてるキッチンを含めた部屋は悲惨でしかない。

「……トラップを弾き返してトラップに当てたんじゃキリがないじゃないですか……。どうするんですか、この部屋……」

「いやぁ……。まさかこんなに仕掛けがあるなんて思わないでしょ。普通。」

「…………。」

 そりゃ、確かに。こうして見ればちょっとだけ、トラップの数減らした方が良いかなとは思ったけど、そもそもカカシさんが勝手に入ってこなきゃ部屋は綺麗なままだったんだぞコノヤロー。
 という意を込めてじと目で見れば、少しは伝わったのか、さっきの「ごめんねぇ」よりはちょっとだけ真面目な色で謝られた。

「……修理代、火影様に渡してくれたら許します。」

「あー、うん。……払っておくよ」

 ガックリと肩を落としたカカシさんに、なら良いです、と言いながら冷蔵庫を開ける。

「それと、私急ぎで戻らなきゃ行けないんです。すみませんが片付けといてくださいね。忍具は適当に一ヶ所に置いといてもらえれば良いですから。」

「え、」

「ああ、あとそれと、トラップはあらかた発動してしまったのである程度は動いても大丈夫ですが、まだ壁際に仕掛けが残ってますので気を付けてください。ちなみに、トイレとお風呂場には行かないで。そこはしっかり残ってるだろうし、クローゼットを開けたら部屋中に充満するだろう量の毒霧が出るので絶対に開けないで下さい。……あれ、眠り薬だったかな?いや、痺れ?……何仕込んだっけ、まぁいいや」

「いやいや、良くないでしょ! なんで君の部屋こんなに物騒なの?!」

 後半の方、心の中だけで言ったと思ってたらどうやらそのまま口に出ていたらしい。カカシさんのわりと貴重なツッコミを頂いた。

「何分女の独り暮らしですからね。備えよ常にってやつですよ。まぁ、ここままで派手にトラップ発動されたのは初めてでしたけど。今後の改良の参考にさせてもらいます。それじゃ、」

 言うべき事は言った。急いで戻らなきゃ。もしかしたらイルカ先生、もう来てて医務室で待ってるかもしれない。最悪探してるかも。もっと最悪なのは帰ったと思ってここに来る事だ。
 そうなる前にアカデミーに戻らなくては。万が一どこに居たのか聞かれたときの為に、「ご飯調達しに行ってました」と言うべく、冷蔵庫を開けてみたが、あったのはアイスクリームとりんごのみだったがまぁ、これでも良いだろう。

 さぁ行くぞ、と飛び出そうとした私。だがその動きにストップをかけたのは、玄関へと向きを変えたために再び私の背後になったカカシさんだ。
 後ろから襟首を掴まれた為に少し伸びた襟元は、身長差的にカカシさんから私の背中がある程度見えてしまうくらいには広がってると思う。

「待って待って、どこいくのよ。俺もこれから――」

「不法侵入のうえに加えてセクハラですか? 流石に軽蔑しちゃいますよ?」

 これから――俺もアカデミーに行くんだ、とでも言いたかったのだろう。私がアカデミーに行くことはたぶん知ってる。説明会前の教室内での様子、火影様達と水晶みたいなので見てたもんね、確か。けど言わせねぇよ?
 カカシさんの言葉に被せるように声を出し、再びじと目で見つめれば、バッ、と風を切る音と共に。

「違う違う! 違うから! やめて、そんな目で俺を見ないで!」

 なんだっけ、カカシさんってこんなキャラだっけ? 前世で見た“カカシ”となんだか違うような……?

「とにかく急いでますので片付けお願いします失礼します」

 都合よくカカシさんの手が離れたのを機に、口早にそう言いきると同時に玄関から外へと飛び出した。
 そのまま勢いを殺さずに、さらに加速するように、アカデミーへと駆けて行った。


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