05

 サバイバル演習当日。結局私は、言われた集合時間を正直に守る事にした。
 だけど、持ってこいと言われた忍び道具一式以外にも、持ってきた物がある。

「な、なぁ。ナマエってば、なんか荷物多くねぇか?」

「言われたのは忍び道具一式、よね……?」

「……、何が入ってんだ、その中。」

 一番乗りして持ってきた荷物を邪魔にならないような所を探して置いた頃、他の3人も到着したらしく近くに寄ってきた。そうして3人の視線が私の傍らにある大きくパンパンに膨らんだリュックサックへと移ると、3人は三者三様、だけれど似たような反応をしてくれたのだった。

「必要になるかと思って……。あ、ちゃんと三人の分も用意したから、良ければ使って。」

 ゴソゴソと荷物を漁って、始めに取り出したのは少し大きめのレジャーシート。4人ならば余裕で入れるくらいのそれを草地へと広げ、四隅に適当な石を置き、風に煽られないようにしてから改めて荷物をその上に置き直した。

「レジャー……シート、?」

「うん。レジャーシート。どうぞ、座ってください。」

 まるで覚えたての単語を確認するかのように不安定な声で疑問符を浮かべたサクラに頷いてから座るように促せば、次いで珍獣でも見付けたかのような微妙な表情で私を見てきた。
 そうか、やっぱり私女子に嫌われてたんだな。まぁ、いいけど。

「何か、いい臭いするってばよ……」

 さすがナルト。ラーメンじゃないからどうかなって思ったけど、他の物でも空腹なら反応するのか。グギュルギュル〜と鳴った彼のお腹は、早朝だとろうあまり関係ないらしい。

「これ、消化にいいものしか無いけど、食べる?」

 バスケットに入れたサンドイッチに、ポットに入った野菜スープ。それらを見やすいように出して、スープをカップに、とりあえず一人分注いでナルトへと差し出した。
 それを見てゴクっと喉を鳴らしてから腕を伸ばしてきたナルトのそれを、サクラが横から掴んで制止させる。

「ダメよナルト! 昨日先生が言ってたじゃない! 吐くような任務なのよ?!」

「で、でもさぁ、でもさぁ、サクラちゃん。俺ってばもうこんな腹減ってるのに、こんな旨そうなの目の前に出されちゃ我慢出来ねぇってばよ!」

「それくらい我慢しなさいよ馬鹿ナルト! あなたもあなたよ。何考えてるの。」

 ナルトを叱った勢いは潜められたものの、ジロリと睨んだ表情から窺うに、私も怒られているらしい。てっきりあまりぶつかるような事は無いかと思っていたけど、それほどしゃくに触れてしまったのだろうか。

 別に私、3人分あるとは言ったけど、“良かったら”とも言ったはずだ。強制はしてないのだから嫌なら嫌で拒否すれば良いだけなのに、なんで否定までするんだろう。それに、私はまだサクラには差し出してない――というのは屁理屈なんだろうけど。ちょっと面白くないなぁ。

「サスケくんも何か言ってよ、……」

 サクラのそれは、自分と同じ意見だろうと疑ってない発言だけど。まぁ、ね。そりゃあね。そうですよね。3人からしてみれば、カカシ先生が数時間後に来るかもしれないなんて今のところ考えて無いんだろうし。
 ここまで、ナルトとサクラが何か言っていた間、ずっと事のなり行きを見るように傍観していたサスケは、サクラから向けられた言葉に、ジッと視線をこちらへ合わせてきた。
 真っ直ぐな視線を、そのまま真っ直ぐ返す事数秒。
  
「……何か、考えがあるのか?」

 視線をそのまま離すことなく、そう問うてきたサスケに、私はこくりと頷いた。
 カカシ先生に何か言われた時の為にと一応用意していたそれっぽい言い訳を、仕方ないので彼らように少し追加変更して発する事にした。

「今日って、演習とはいえサバイバルなわけでしょ? だったら食事って大切だと思う。食料も持たずに空腹でそれをやるって無謀だよ。ましてや“脱落率66パーセント以上の超難関テスト”なら、言われた事だけ鵜呑みにせずにどんなサバイバルなのか身構えるべきだと思う。――でも、カカシ先生の言った、“吐く”っていうのも無視できないから、満腹にならない程度の、消化にいいものだけ持ってきた。これはあくまで私の考えであって、一応人数分用意したけど、食べなきゃ食べないでいい。強制はしてない。」

 こんなに喋ったのっていつぶりだろう。めんどいなぁ。

「確かに……。お前の考えには一理ある、と俺も思う。」

 腕を組んで目をつぶりながら聞いていたサスケは、私が話終わると目を開けてそう言った。

「サ、サスケくん……?」

 私の話に同意したのが信じられない、という思いがありありのサクラに、サスケはさらに言葉を続ける。

「だいたい、もうとっくに集合時間は過ぎてんだ。また昨日みたいにおおはばに遅れてくれる可能性だってある。」

 昨日のやたら遅れて登場した例をあげたのが良かったのか、ナルトも1人でうんうん唸って考えているようで、コク、と頷いてから、神妙な顔つきでこちらへ視線を向けてきた。

「確かに、このままお昼まで来なかったらとしたら、俺ってば腹減りすぎて死ぬってばよ。」

「ナマエ、貰っていいか?」

「俺も欲しいってばよ! ナマエいいか?!」

 そんな2人に、もちろん、と頷いてみせれば、2人はすぐにシートの上に座ってサンドイッチに手を伸ばした。

「あ、一応、食べる前にこれ、使って」

 外だし念の為ね、とそれぞれに薄手のお絞りを渡せば、素直に受け取って手を拭いた彼らを横目で見つつ、私は2つのカップを取り出してスープを注ぐ。

「ん、俺のはこれがあるってばよ」

 新たに注いだスープを2人に差し出したら、ナルトは少し前に出したスープを手にして不思議そうな顔をした。

「そっちは私の分にする。丁度いい頃合いになっただろうし。ナルトはこっち」

「お前、熱いの苦手なのか?」

「ちょっとね」

「ならわかったってばよ。 俺、こっちもらうぜ」

 そうして始まった朝食タイムは、現時点でサクラだけが不参加だ。これはこれで、ハブっているようでこっちが居心地悪い。
 こちらに背を向けて少しうつ向くようにしているサクラに、スープを口に持っていこうとしていた手を止めてどうしようかと考える。
 嫌ならいい、強制はしない、と私は言った。それであの子は来なかったのだから、答えは示されてる、と考えてもいいだろうが、もしも単に言い出せなかっただけなら、もう一度声をかけた方がいいのだろうか。
 でもそれは、本当に食べる気が無い場合、“催促”になって“強制”とも受け取られかねない。う〜ん……。この年頃の子ってどう対応したらいいんだろうか――

「サクラも来い。今食っとけば、カカシが来る頃にある程度の消化が始まってるはずだ。胃から先に進めば、簡単には吐かないだろ。」

「!、……でも、」

 “サクラも来い”とサスケが言った瞬間、バッと振り返った彼女の表情。あれは叱られた子供が反省しなさい、と暫く放っておかれた後に、ちゃんと反省した? と言われた時の表情に似てる。
 チラ、とこちらを伺うように合わせてきた視線に、私は余っていた未使用のお絞りを差し出した。

「サクラだけ食べないっていうのは、私としても仲間外れにしてるみたいで嫌なの。食べてくれたら嬉しい、けど、無理ならせめて、こっちに一緒に座ろうよ。」

 きっとここでまた嫌ならいい、なんて言ったら言葉足らずに受け止められて、彼女は意地になって来ないだろう。
 基本的にずっと1人でいたから、人付き合いがどんなものかって忘れたしめんどうだけど、こういった場合はこちらが大人になればいい。これから班として供に行動する事が増えていくのだ。そこまで仲良くなろうとは思わないけど、険悪になってしまっては後々もっとめんどうだろう。

「、じゃあ、お、お邪魔します」

 ナルトに叱った手前、2人が貰うと言った時一緒に言えなかった手前、少し気まずさがあるのだろう。ちょっと固い表情でうつむき加減にボソリと言ったサクラは、そうして私達が座るシートの上へと上がってきた。
 サクラにスープを渡して、私も少し温くなったそれに口を付ける。早朝だったが為にほんのりと暗さが残っていた空は、私達が食べ終わる頃には朝の輝きが灯っていた。


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