06

 「やぁ、諸君。おはよう」

 太陽がだいぶ高く上がった頃、カカシ先生は特に慌てた様子もなく現れた。おっそーい!! と声を上げたナルトとサクラだったが、先生はあまり悪びれた風でもなく、よくわからない言い訳を口にした。

「黒猫に、目の前を横切られちゃってなぁ、」

 黒猫が横切ったから何だって言うんだろう、と私は思う。まさか“黒猫に横切られると不吉な事が起きる”みたいな、迷信じみた事を信じてるんだろうか。それであのはたけカカシが、自分で宣言した集合時間の朝5時から、数時間も大幅遅刻するほどの回り道をしていた、とか? 言い訳にしてはお粗末すぎである。
 そんな言い訳では、待たされた側としては納得できるはずも無く、ナルトとサクラ、サスケの三人はジトーっとした目でカカシ先生を睨んでいた。
 そこで漸く、若干でも気まずさが芽生えたのか、視線を逸した先生は、だけどすぐにそれを誤魔化すように咳払いをしてから私達の方へともう一度向き合った。

「ところで、何なの? それ、」

 それ、とカカシ先生が差した指の矛先は私達が座るレジャーシートである。
 食事はとっくのとうに終えていたのでそれらは既に片付けられているが、シートの上にはオセロやトランプ等の暇潰しグッズがちょこちょこ転がっていた。

 ピクニックじゃないのよ、とかなんとか、そんな感じの小言は言われるかもしれないと覚悟はしていたけど、数時間も待たせた側が、待たせられた側にどんな待ち方をするべきかなんて言うのは可笑しいよね。それに、こんなに待たされるとは私だけはわかっていたけど、それでも待たされるのは良い気がしないのも事実なわけで。小言なんて聞きたくないのもまた事実。そんなの言う気ならマルっとサラッと受け流しますよ、な意味合いを込めるべく、爽やか笑顔を繕ってカカシ先生へと言葉を紡ぐ。

「暇潰しグッズです。念の為にと用意しましたが、無駄にならなくて良かったです。」

 昨日も屋上で笑顔を作ったけど、正直上手く出来てるかは分からない。あまりに酷かったら練習するべきかな。

「え、あ。ああうん、そうね……。俺も、俺が遅れてる間君達が退屈しないで待ててたなら良かったよ……。」

 手を額に当てながら、うつむき加減でハァーっともらされ溜め息。どうやら小言を言う意欲は無くなったらしい。よし。

「ま。なんだ――」

 一つの咳払いをして歩き出したカカシ先生は、三本の丸太の内の一つ、そこに置かれた目覚まし時計のようなものへと手をかけた。

「よし、12時セット完了!」

 カチ、という音と共にそう発したカカシ先生。分かっていた事とはいえ、早朝からさんざん待たされたのだ。ここへ来た本来の目的がようやく始まる、と、内心でひとりごちた。

 演習内容を説明するカカシ先生の声をBGMに、私は私で考える。真面目に鈴取り合戦に参加するのはいささか面倒くさい。取れる取れないの話ではなく、今後の展開を知ってる私にとっては、それは茶番でしかないからだ。
 カカシ先生から鈴を奪う事。それが今日の課題であり演習内容。鈴は奪われる側のカカシ先生を除いて人数分――ではなく、1つ足りない3つ。
 私の存在で数の違いがあれど、ここまでは知っていた通り。
 だったら、カカシ先生が本当に“見たい”事も変わってないはず。
 鈴取り合戦なんて表向きの課題であり、本質は上忍相手に鈴を奪えるかどうかの実力を見たいわけじゃない。“鈴を取れなかった者は失格となり、再びアカデミー行き”という言葉にこそ、本当の課題が隠されているのだ。

 人数に対して足りない鈴。それは必然的に、誰か1人は失格が出る事を意味してる。が、これは罠だ。
 つい先日卒業したというのに、再びアカデミーに戻されるなんて、誰だって嫌だろ。特にナルトなんて額当てを貰うまでの経緯を考えれば、意地でもアカデミー送りは避けたいだろう。足りない鈴は、そんなこちら側の心理を煽る罠。

「手裏剣も使っていいぞ。俺を殺すつもりで来ないと取れないからな。」

「でも、危ないわよ先生!!」

「そうそう! 黒板消しも避けれねーほどドンくせーのにィ!! 本当に殺しちまうってばよ!!」

 カカシ先生の強さがどれ程のものか、3人はまだ知らない。
 昨日の黒板消しの件に遅刻グセ、そしてカカシ先生の何処か掴みどころの無い飄々とした態度も相まって、ぱっと見の印象からはとても天才忍者には見えないだろうし、告げられた演習内容も“鈴取り”だ。合格率がどうだの朝飯食ったら吐くだのと脅しのような言葉に対して、どんな事をやらされるのかと来てみれば、何てことはないシンプルなそれに、3人は拍子抜けしたと同時に“簡単だ”と思った事だろう。

それ故に、カカシ先生の殺すつもりで来いっていう発言に対して、サクラは先生の身を案じ、ナルトは余裕そうに調子づいてる。サスケも、何も言いはしないけど、内心では他の2人と同義だろう。

「世間じゃさぁ……実力の無いやつにかぎってホエたがる。ま、ドベは放っといてよーいスタートの合図で―― 」

 ブワッと一瞬、私達の間で風が巻き上がった。その一瞬で、いったい何が起きたのか。

 ドベ、に反応したナルトは、カカシ先生が言い切る前にクナイを持って駆け出した。と思いきや、ナルトが進むより早くカカシ先生はナルトを静止させ、クナイを持ったナルトの腕は後ろへと回していた。ナルトは自分が持ってるクナイを、自分の首の後ろへと当てられていたのだ。

「そう慌てんなよ。まだスタートはいってないだろ。」

 こんな事もあったかな、と遠い記憶を辿っても、紙面や映像で見るのと実際目の当たりにするのとでは訳が違う。知っていたとしても、今のは目が追いつかなかった。
 さっきまでの賑やかだったこの場の空気は、途端にピンと張り詰めたように静まっていた。

 ドクン、と鼓動が一つ。やけに響いたそれに、改めて自分の居る場所がどんな所なのかと思い知らされた気分になる。

「でも、ま。俺を殺るつもりで来る気になったようだな……。やっと俺を認めてくれたかな?」

 殺る気、なんてとんでもない。私は早く、“この場所”からフェードアウトしなくては――。
 そんな私の心境とは反対に、カカシ先生の声は何処か楽しそうにその口から発せられる。

「なんだかなぁ……。やっとお前らを好きになれそうだ。――……じゃ、始めるぞ!」


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