07

――あれ、私何してるんだろう……。

 スタートの声で一斉に動き出したみんなに釣られて、私も飛びたって適当な草影に隠れてしまったけど、別によくね? 隠れなくても。

「いざ尋常に勝おぉーー負!!」

「……」

「しょーぶったらしょーぶ!!」

「あのさぁ……お前ちっとズレとるのォ……」

 忍びたるもの基本は気配を消して隠れるべし、だったか。隠れる事もなく堂々と正面に現れたナルトに、概念を揺さぶられたカカシ先生のやりとりを横目に、私は草影から抜け出した。
 邪魔しちゃ悪いので気配は消しつつ、敷きっぱなしだったレジャーシートへ移動して、読みかけの本を取り出し読書にふける。

 真面目に鈴取りなんてしない。この課題の本当の目的は実力じゃなくチームワークを見る事だ。かといって、他の3人に協力しようなんて持ちかけたところで断られるのは目に見えてる。ナルトは猪突猛進。サスケは己の実力をはかる為。サクラには嫌われてるだろうし。チームワーク、なんていったって、本来そこに私は組み込まれていないのだ。それ故に、わざわざ私が動かなくとも事は済む。多少私という存在の影響で違いが出ても、大筋は変わらないだろう。
 そもそも鈴を奪う事が課題じゃないって知ってる時点で、奪いに行く意味なんてない。体力の無駄である。というか、お昼になったらナルトにお弁当分けてあげればいいだけなのだ。朝に食べたとはいえ、あの量では満たされてないはず。現にカカシ先生が現れた時にはナルトのお腹が空腹を訴えてたし。
 お昼を食いっぱぐれる仲間に弁当を分け与える。それでカカシ先生の求めるチームワークを見てもらう。そこで漸く全員合格。めでたしめでたし。だったらのんびりしてよう、そうしよう。

「でもなぁー……」

 本へと落としていた視線を上げて、青空を仰ぐ。コキっと首が鳴ったのを気にせずに、そのまま見上げつつ思案する。
 いっそ私だけ不合格になってしまおうか。そうしたらアカデミーに戻されるって事になってるけど、戻るんじゃなく忍を辞めてしまえばいい。
 フェードアウト。私が7班から抜けたところで、それは本来の7班だ。なんの問題もない。むしろ私がいる事が問題なのだから。
 このまま7班としてい続けたらまず次に起こるのは再不斬戦だろう。面倒くさい。実に面倒くさい。
 その後は中忍試験。確かあれはチーム参加が必須だから、私だけ受けないという事にはいかなくなる。数段階ある試験も面倒だけど、そこで起こるであろう出来事を考えれば、参加などしたくない。面倒くさい。もはや全てが面倒くさい。
 中忍試験が終わったら次はサスケ奪還任務とか、その後も、その次の後も。面倒くさい事しかない。サクラの想いも、ナルトの仲間に対する熱い気持ちも、そんな2人を中心にして集まる他の人達の想いも。間近に感じなければいけなくなる。やる気も、熱い気持ちも無い私が、そんな人達と一緒に動かなくてはいけなくなる。何より――……。

 中忍試験で、三代目は死ぬ。その後は暁との戦いでアスマ先生も死ぬ。物語の終盤、マダラとの戦いではネジもシカクさんも、いのいちさんも、もっともっと沢山の人達が死んでいく。
 身近に死を感じるだろうとこに、誰が好き好んで行きたがる。そもそも、死ぬほど危険な場所に、誰が居たいと思う。
 義理も無ければ義務も無い。事の成り行きは遠くから見るだけで良い。当事者にも、参加者にも、私はなりたくない。恐怖も悲しみも絶望も、私はもうお腹いっぱいなんだ。
 平凡で平和で、ドロドロの感情に浸かってしまう事なく、ただのほほんと生きていたい。

 今から一般人ってなれるのかな? まずはあれか、仕事探さなきゃ。その前に、どうすれば私だけ不合格になれるか考えなくては。

 ずっと見上げていたせいか、固まりだした首を動かして、再び本へと視線を落とす。向こうの方からは時折ナルト達の声や金属同士のぶつかるような音が聞こえて来ていた。チラ、と近くに置いていた小さな時計を確認すれば、12時まではまだ遠い。



*****



「なーに読んでんの?」

 正面から聞こえた声に顔を上げれば、そこにはカカシ先生。

「どうも、お疲れ様です」

 パタン、と開いていた本を閉じて、タイトルが見えるように表紙をカカシ先生へと向けながら、とりあえず労った。

「好きな男をふりむかせる魔法の書――って、やっぱり女の子だねぇ……。そんな本読んじゃって、好きな子でもいるの?」

タイトルを声に出して読んだカカシ先生は、少し驚いたように目を開いたように見えたけど、直ぐにそれは細められた。マスクや額当てでほとんど表情は見えないけど、声の調子からしてたぶんニヤついてるんだろう。

「……実は、私カカシ先生に一目惚れしたんです。」

「……は、?」

 カカシ先生から視線をそらして、少し俯いて言えば正面からはなんとも間の抜けた声が聞こえた。

「でも私、誰かを好きになった事なんて始めてで……。ましてや大人の人。カカシ先生から見たら私なんて青臭いただの子供にしか見られてないんだろうって……」

「え、……いや、」

「ほんの数日前に出会っただけで、一目惚れだの好きにだのって、我ながらガキ臭いなって思ってるんですけど。先生を見るたびに胸のあたりがキュンキュンしてどうしようもないんです。」

「えー、と……」

「こんな本に頼るなんて、それこそガキ臭いってわかってます。でも私、本気なんです。本気で、先生の事好きになっちゃったみたいで……。その、私、……」

「ちょ、ちょっと待って待って!」

「先生! 私と、結婚を前提にお付き合いしてくれませんか?」

 ちら、とカカシ先生に視線を戻せば、なにやらワタワタと手元が忙しない。ついでに視線も忙しない。

「あー、っと……。いや、気持ちは嬉しいんだけど……その――」

「嘘です。」

「――は、?」

 ピタ、と止まったカカシ先生の手元と視線が可笑しくて、思わずぷはっと吹き出してしまった。

「嘘ですよ。私まだ誰も好きじゃありません。本屋さんで適当に取ったのがたまたまこの本だったんですけど、結構馬鹿っぽくて面白いですね。」

「………え、じゃあ、」

「すみません。少し退屈だったので、書いてあったこと試してみたくなっちゃいまして……。好きになったうんぬうんは全部嘘です。安心してください。」

「………そう、なんだ……?」

「はい。私、カカシ先生みたいな競争率が激しそうな優良物件、将来の旦那候補には入れないようにしてるので。」

「いや、それはそれでちょっと寂しい……――じゃなくて。キミねぇ、大人をからかうのは良くないんじゃなーい?」

 はぁーっと大きめのため息を溢して項垂れたカカシ先生にもう一度、すみませんでした、と謝った。読書しながらとはいえ、待ってるのは苦手だ。カカシ先生には悪いけど、良い退屈しのぎになった。ありがとう。

「ところで、後はナマエだけなんだけど……鈴、取りに来ないの?」

 気を取り直して本題に入ったカカシ先生は、その問と共に、腰元に付けた鈴を指で弾いた。チリン、と鳴ったそれは、スタート時と変わらず3つ。

「……カカシ先生。それよりも、ちょっと進路相談よろしいですか?」

 カカシ先生の問は一旦スルーして、少し真面目なトーンで私がそう問い掛ければ、カカシ先生の目は不思議そうに丸くなった。

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