03
相変わらず上司への怒りを募らせ、いつもより周囲に対して喧嘩腰になっているなまえとは打って変わって、土方は自室で淡々と職務をこなしていた。流石に組織を束ねる核であるという自覚からか、小娘1人にいちゃもんをつけられたくらいで荒れはしない。
そう自分に言い聞かせつつも、どうしてだか煙草の減りがいつもよりも早い気がする。
一旦休もうと、肺に溜まった白煙を思い切り吐き出すと、それを待っていたかのように障子越しに「土方さーん」と気の抜けた声が響いた。普段なら就寝前の空き時間に自室を訪ねてくるのは、大方近藤さんかなまえだと相場は決まっているのだが、今日はどちらでも無いらしい。息を殺して無視を決め込んでいると、無許可に障子がサッと開けられた。
「なんでィ、居るんなら返事くらいしてくださいよ」
「お前が俺の部屋に来て、良かったと思った試しが無いもんでな。何か用か? 仕事中だから、手短に頼む」
「思いっきり休憩してるくせに良く言うぜ」
そのまま、よいしょと漏らしながら座り込んだ。横目に確認したのは刀と銃器の有無だ。今日はどちらも持って来てないらしい。心のどこかがホッとしているのを感じて、虚しくなった。
「単刀直入に聞きますけど、アンタ、なまえとは何にも無いんで?」
「……は? どういう意味だそれは」
「だから、セックスしたのかって聞いてんでさァ」
前置きがあったとしても、そこまで切り込まれると思っていなかったせいで、口角がヒクッと震えた。一番聞きたくねぇ名前を聞かされただけでなく、とんでもない疑惑をかけられている。まず第一声に何と言おうかと言葉を選んでいると、それを遮るように沖田の高い声が歌うように続けた。随分と楽しそうだなクソが。
「なまえって、土方さんの部屋に1人でよくいったりするでしょ? 見回りだってしょっちゅう二人で行ってるし。俺はてっきりそうなのかと今まで黙ってみてたんですが、何でもなまえに聞いたらそんなことねぇって言うもんだから、アンタにも確認取りに来たんですけどねィ」
大富豪だけでこんなにキレるとは思えず、これは何かあったなと思っていたんだが、原因はこれか。相変わらず、いざこざを深刻化させることに関しては一級だな。勿論、褒めては無いが。
「んな訳ねえだろ、何で俺があんなクソガキと」
「そうですか? クソヤロー同士お似合いだと思いますけどね」
「ぶっ飛ばすぞクソ沖田」
さっさと立ち去れ、と追い払うジェスチャーをすると、まあまあといさめられる。何だ? まだ何かあるのか? 自然と手が新しい煙草を求めて彷徨ったが、そういえばさっき最後の一本を吸ったことを思い出して、イライラが更に脳に溜まる。
「万事屋の旦那が、なまえに惚れてんの知ってます?」
「あ?」
「アンタとなまえが付き合ってないって聞いて、あからさまに喜んでましたけど」
「それを俺に言ってどうすんだ? なまえけしかけろとか言うんじゃあるめぇな」
「そうじゃなくて、良いんですかィ?」
「何が」歯切れの悪い沖田の言葉に、焦らされる。
「だから、土方さんは、なまえが旦那に取られても良いんですか?」
今日は何度聞き返せば良いんだかわからないまま、再び「は?」とアホのように返事をしてしまう。それを聞いて、今までの真面目な顔は崩れて、満足そうに笑った。ああ、これは嫌な予感しかしない。俺が悪寒に顔をしかめた時にはすでに、沖田は立ち去ろうとしていた。
「用って、こんなことかよ」
「土方さんにとっては、大切な事かなーと思ったんで」
じゃ、おやすみなさーい。やけに意味深な言葉を吐いて、沖田は帰っていった。何だったんだ一体。考える前に、ストックしてあった煙草のラッピングを雑に引きはがす。万事屋と、なまえとで、何で俺がそこに出てくる。上司だからか? ふと思い出してしまったなまえの顔が、とても人前で見せられるようなモンじゃなかったんで、思わず笑ってしまった。煙草をくわえると、全部どうでもいい気がしてきて、仕事も途中で見切って寝る事にした。今回の喧嘩はどっちが先に折れるかな、なんてのんきに考えながら。