05


なまえは、自他共に認める普通の女子だ。
道場の娘として産まれたため、腕っぷしはそこいらの女子よりは立つだろうが、本人は剣術より漫画の方が好きらしく、更に言うと、少女漫画が三度の飯くらい好きで、ああいう現実味のない恋に恋する、お年頃と辞書を引けば凡例に載ってそうな女子なのだ。
それは真選組という男所帯に入ってから、加速の一途を辿っている。
小さい頃から、むさ苦しい体育会系の男に囲まれて、どつきどつかれされているなまえにとっては、漫画などに出てくる男子こそが真の男性であり、周りにいる男などは全くといっていいほど眼中になかった。
かといって、土方や沖田などの一般的なイケメンの存在を認めてはいる。一般的な女共からモテている真選組の二強を好く気持ちは、少しはわかる。ただ一言、言うとすれば、

「はっきり言って、タイプじゃないんですよね〜」
「つまり、なまえちゃんの恋愛対象じゃねえって訳だ」
「そーですそーです。お団子、もう一本いいですか?」

勿論一本とは言わず何本でも!と、皿を差し出した銀時の脳内では勝率は跳ね上がる一方である。
一人で街中をぶらついていたなまえと幸運にも遭遇した銀時は、考えるより先に行きつけの甘味処に誘った。
あくまで自然に見えるように、かったるそうに装うことに余念はなかったが、よく考えると二人で会うのは初めてであることに途中で気付き、喉に団子を詰まらせた。そんな銀時の異変に、なまえは気付きもせず、美味しそうに団子を頬張っていた。

「じゃあさ、どんな人がタイプなの?」
「それが、まだタイプな人に会ったことが無くてですね。残念なことに」
「そりゃ……残念だな」

当然、残念だなんて1ミリも思っていない。

「銀さんは? 彼女とかいるんですか?」
「居ねぇんだなこれが」
「へぇ、銀さんってモテそうなのに」

なまえは、口に串を入れたまま目を見開いた。それがどうしようもなく可愛いわ、モテそうなんて言われて満更でもないわで、変な汗をかいてしまっている。
勿論、説明するまでもないが、女子の言う「モテそう」「彼女いそう」というのは、「まぁ私はともかくとして、世間一般の女なら8割くらいなら引っ掛けられそう。私はともかくとして」とほぼイコールなので、この時点で銀時の負けはほぼ確定していたのだが、それに気付けるほど銀時の頭は正常ではなかった。

「そういえば、この後なんかある? 俺ちょっと付き合って欲しいところがあるんだけど」
「私で良ければ、いくらでも付き合いますよ?」

もう冷めてしまったお茶を飲みながら、銀時の頭はフルで回っていた。
これはもう、決めるしかない。今日中に、チェックメイトをかけないと、俺の心臓がもたない。
そう思いながら、ごちそうさま、と店員に声をかけるなまえの後ろをついて店を出た。



銀時がなまえに恋心を抱くようになったのは、3ヶ月ほど前のことだった。
街中で偶然出会った土方とお決まりのように派手に揉めてしまい、前科何犯目なのか分からない警官侮辱罪で捕まってしまった。
その時の取り調べ担当が、なまえだったのだ。
そしてこれは銀時の知り得ないことなのだが、なまえは土方と派手にしょうもない喧嘩をしていた最中の出来事だった。
それもあって、取り調べ室であーだこーだと文句を言う銀時と、上司である土方の悪口を、これまたぐだぐだと話し込んでしまったのだ。
散々話した後に、机の下から手錠のかかったままの手に鍵を握らせたかとおもうと「土方さんには、内緒ですよ?」と、なまえにしては可愛く言ったのだ。
そう、これだけで呆気なく心を持って行かれてしまったのだから、仕方ない。
もともと、タイプでは無いが可愛いとは思っていたのだが、その日を境に、どんどん好きという気持ちが抑えられなくなって、今に至るというわけである。
時たま道端ですれ違う程度の銀時が、まるでなまえの好きな少女漫画の主人公のように、超ど直球の純愛を自分に抱いてしまっていることを、もちろんなまえは知らない。

「それで、付き合ってほしいところってどこなんですか? パチンコとかだったらお断りですよ」
「ンな訳ねーよ。その、今度仕事で、若い女の子の面倒見ることになってな、粗相のないように予習しときたいっていうか」
「へえぇ……」
「え、何その目。もしかして嫉妬してる?」
「いや、なんかやらしー依頼だなと思って」

このなまえの小悪魔的な振る舞いが、他の女性陣との圧倒的な違いであると、かねがね銀時は思っていた。
他の女性陣が本物の悪魔さながら銀時の様々なものを狙ってくるのに対して、なまえのなんと可愛いことか。
勿論それは、銀時となまえがそこまで仲良くもないということに関係しなくもないのだが、そんなことに気付ける訳もない。
どこに行ったらいいだのいけないだの、なまえのオススメの甘味処などの話を楽しく話しながら、この上ない幸せに浸っていた。
いつもは俺と同じ道を歩いてる奴全員消えろ特にカップルは余す所なく消えろと念じながら歩いている混雑した通りも、人混み故になまえとの距離が少し近づいたこともあってか、ちっとも不快に思わなかった。
カラカラというなまえの下駄の音が、突然不規則に乱れれば、まるで待ち構えていたかのように、かつ自然に左手を掴んだ。

「ホラ、はぐれちゃいけねーから」
「あ、ありがとうございます……?」

この「どさくさ紛れに手をつなぐ」試練をクリアすれば、ほぼ落としたも同然であるという誤った認識から、銀時はなまえの見えない所で、にやりと笑みを浮かべた。火遊びしかしてこなかった銀時は、真剣交際にこじつけるための方法など、中学生段男子並みによくわかっていない。
そんなことよりも、なまえの手は小さくて柔らかくて、指を絡ませる余裕など一切残ってなかった。



銀時と土方は、本人達は認めてはいないが、思考回路や行動パターンが奇しくも似通っている。どちらかが外をぶらりと出歩くと、もう片方も同じく出歩いていて、狭いようで広い町の中で、磁石が引かれ合うようにばったりと出くわしてしまう事が多い。そのまま飲みにいくなんて事もあるのだが、些細な事から揉めてしまう事もまたある。
そして、遭遇する時のほとんどは、どちらかが絶対にアイツだけには会いたくないと強く念じている時なのだ。
そして、大方察しはついているだろうが、銀時にとってはまさに今、最も会いたくない人物が土方であり、段々と人もまばらになって来た往来の先から歩いてくるのもまた、その土方に他ならないのである。

「げっ、あれってもしかして、君の所の副長さんじゃね?」
「銀さん、こっち!」

言うが早いか銀時の手を逆に握り直して、なまえは来た道をUターンし、早足で違う通りにさっと入った。勿論、ただのなまえのわがままのせいなのだが、銀時にとっては嬉しい行動なのは間違いなかった。喧嘩しているとはいえ、仲の良い上司よりも、自分を選んでくれたのだから。「あ、ごめんなさい」と、手を離されてしまったのは残念だったが、それを引いても余りある。

「そうだ、私美味しいクレープ屋さん知ってるんです。行きませんか?」

さっきまでむっすりと不機嫌そうな顔をしていたかと思えば、子供のように無邪気に笑ってみせる。ころころと笑う表情が眩しくて、銀時は熱くなった頬を緊張で冷えきった手で押さえながら、ただこくこくと頷くしかなかった。

一方、通りに残された土方の眉間には、いつもより深く皺が刻まれていた。当たり前だ、せっかくの休日だって言うのに、気味の悪いものを見せられたんだから。気分が萎えたので、屯所に戻ろうとこちらも方向転換する。そういえば、一瞬の事で気付かなかったが、なまえと一緒に居たのは、確か万事屋だった。そんで、俺を見つけるや否やぱっと走り去った二人は、手を繋いでいたような……。そういえばこの間、沖田が妙なことを言っていた。

「ま、俺には関係ねぇ話だ」

誰に言うでもなく、ぼそりと呟かれた言葉の裏に潜む感情には、まだ誰も気付いてはいない。




  
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