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料亭から一本外れた道で、土方を待ち構えていたのは携帯に目線を落とした佐々木だった。前にも見た冷たい横顔が、液晶画面に白々と照らされているのを見て、思わず舌打ちが漏れる。
「お疲れ様です、土方さん」
その言葉を皮切りに、土方は刀を抜き、佐々木は銃を構えた。賑やかな通りから外れた道に、二人の他に人影は無い。今にも斬りかかりそうな程の怒りを何とか抑え、土方の浮かべた笑みは誰が見ても好意的なものとはかけ離れていた。
「言ったはずだ、妙な真似をしたら許さねぇと」
「選ぶのは彼女だとも、言ったはずですが」
「あのバカはよりによってテメェを選んだ。それでもウチの隊士だからな。隊士を騙くらかしたってんなら、お前は俺の敵だ」
土方の言葉を聞いて、佐々木は「やっぱり」漏らした。そのわざとらしさに、柄を握る手に力が入る。さっさと銃を懐に戻した佐々木は、打って変わってひらひらと両手を広げて見せる。
「刀を下ろしなさい、貴方は勘違いをしている」
「勘違いだ……?」
「彼女が何を選んだのか、その口ぶりではご存知無いんですね。もし知っていれば、そもそも、こんな真似はしない筈ですから」
刀の先を、しまったはずの銃で軽く叩かれる。重力に従って、右手は刀ごと、だらりと地を指した。しかし、佐々木の声に反論するように、目だけは鋭く目の前の白に突き立てたままだ。
「……彼女が選んだのは、私ではありませんよ」
「随分笑えねぇ冗談だ。なまえは、テメェを信じた。だから、テメェはあいつを利用したんだろうが」
「彼女は不器用ですからね。誰も傷付けないために、自分一人が傷付けば良いと本気で思っている。あんなに小さな手ですくえるものなど、ありはしないのに」
月明かりだけが、二人の顔を淡く照らしていた。言葉に踊らされる、とはこういうことだろう。何が本当で何が嘘か、掴めずにいる。
それを見透かしたように、大袈裟にため息をつき、「こんなメリットの無い嘘を吐くと思われてるなんて、私も見くびられたものですね」と、更に低い声でさらりと言った。
土方の反論を許さないという風に、二の句を次ぐ。
「最初、私はなまえさんを利用しようとしていました。この度の会食に誘ったのは、勿論そのため。真選組隊士である彼女があの場に居たことが公になれば、なまえさんがいくら知らなかったからとはいえ、真選組が窮地に立たされるのは明白です」
「……テメェの考えそうなこった」
「彼女が、『花乃井での食事』を飲む代わりに提示してきた約束は何だったと思います?」
約束? 土方は単語に反応し、眉をぴくりと動かした。もし、佐々木の言うことが本当だと言うのなら、なまえは佐々木と取り引きをしたということになる。
「彼女は私に、『その代わり、次のデートは、鉄之助君も一緒でも良いですか?』と、聞いてきました」
「まさか、」
「……なまえさんは、どの時点からかはわかりかねますが、どうやら真選組と見廻組の不仲の原因が私と愚弟にあると考え、それを取り除こうと思いついたのでしょう。そして、彼女は自らが犠牲となり、私と愚弟の仲を取り持とうとした。並の忠誠心では無いですよ、組織のために自分の体を売るなんて」
どこからが計算で演技で、本心はどこにあるのか。今まで見え過ぎるほど漏れていたと思っていたなまえが、靄のように消えて行く。いや、アイツはそういう奴だ。計算でも演技でも無く、窮地に追い込まれればあっさりと自分を犠牲にして他を助ける方を選ぶ。わかっていたはずなのに。佐々木の目線が、フイと逸れた。示し合わせたように、パトカーのサイレンが幾重にも波のように迫ってくる。このサイレンが真選組のものだということは、二人にとってわざわざ聞くまでも無かった。
「さて、私はそろそろ退散するとしましょうか。ここはもう、黒にひっくり返ったことですし」
「……何が目的だテメェ。計画が小娘に勘付かれたぐらいで、俺達に丸ごと手柄譲るだと?」
「小娘とはいえ、彼女は立派な真選組の隊士です。撤退するには、充分すぎる理由だと思いますが」
「そう思うんなら、金輪際、なまえに近寄るんじゃねえ」
言ってから、しまった、と土方の顔が歪んだ。これじゃまるで、俺が佐々木に嫉妬してるみたいじゃねえか。案の定、佐々木はその一言を聞いて、ニヤリと笑みを浮かべた。今まで散々話しておきながら、それには何も答えなかった。
ただ最後に一言、「どうか、なまえさんを叱らないでくださいね」とだけ言い残して、あっさりと土方の前から姿を消した。取り残された土方の胸元に差し込まれた無線が、ジジジと焦げたような音と慌ただしい叫び声を交互に上げ続けていた。