02
「土方さん、見回りお供しましょうか?」
「……おぉ」
「じゃあ用意してきまーす」
腰の刀を派手に揺らしながら、楽しそうに駆けていくなまえの背中を見ながら、土方は「またか」と小さくため息を吐いた。
なまえはここ最近、土方が確認できているだけでほぼ毎日、誰かの見回りに同行している。
今までだったら、夏なら暑い冬なら寒いと文句を垂れて、自分より年下で従順な部下ばかり選んで変わってもらっていたような可愛げの欠片も無い怠惰な女だったはずだ。それが今や、莫大な時間をかけた化粧で顔を作り、「こんなの有り得ないセクハラでしかない!」と非難を浴びせていた太ももを露出させるタイプの隊服を好んで着るようになった。
突然の女子力インフレーションに動揺しているのは、恐らく土方だけではないはずだ。
もとより異例の入隊を許したのだって、面接したときのなまえがあまりにも女らしくなかったからなのに、なんて本人にバレたら刺されかねないような回想に入ってるのは、恐らく土方だけだろうが。女の成長に怯えながら、屯所前でやけに準備に時間のかかっているなまえを待っていた。
「お待たせしました〜」
「おい、理由はわからねぇが、あんま浮かれんじゃねーぞ」
「へ? あ、はーい」
軽すぎる返事とともに、なまえのポケットからピロリンとデフォルトの着信音が鳴った。それに悪びれも無く携帯を取り出し、「じゃあ行きましょう!」と元気よく言い放ったなまえの目は液晶を見つめたままだ。
言わずもがな、土方の眉間には不愉快を示す皺が刻まれたのだが、そんなこと知った事ではないと、いつもより少し可愛い顔を緩ませながら土方の隣を楽しそうに歩き始めた。
「あー、一応もっかい説明しとくけどな、最近攘夷派に傾倒している幕府の上官がいるっていう噂だ」
ピロリン
「へぇ〜」
「大方目星はついてるが、山崎が証拠とってくれば一気に討ち入りだ」
ピロリン
「なるほど」
「……勤務中は携帯の電源切ってくんない?」
ピロリン
「それは大変ですね!」
「お前全然人の話聞いてねーだろ!!」
いつもは少し声を荒げただけで、倍返しだとばかりに怒鳴り返してくるというのに、返ってきたのは気の抜けた着信音だけだった。
流石の土方も、ここで怒らなければ男が廃るとばかりに、人のいなさそうな路地を見つけると入るや否や立ち止まった。警戒心など欠片も持っていないなまえは、相変わらずピロリンピロリンと愉快に音を立てながらヘラヘラとついてくる。信じたくはないが、まだ見回りは始まって数分しか経過していない。
コホンとわざとらしく咳ばらいをして、これはあまり言いたくないがと前置きしてから話し始める。
「お前な、最近酷ェぞ。別にお前に男ができようが、誰に好かれようが知ったことじゃねぇけどなァ……公務の邪魔になるようなことはなるべく慎め」
「コウムのジャマ……?」
「なってるだろ、今、ホラ携帯」
いつの間にか薄っすらとネイルのほどこされた爪先に守られたスマホが、示し合わせたように音を立てた。
その時初めて、恋をしてしまったあの日から、脳内お花畑を何も考えずにひたすら駆け回っていたなまえが「もしかして」と恐ろしい、(なまえ以外にとっては恐ろしくも何ともないのだが)考えに思い当たってしまったのだ。
「……バレてます?」
「ったりめーだろ! 朝から晩までピロリンピロリン鳴らしやがって、うるさくてしゃーねーんだよ!!」
「あ、なんだそっちか」
てっきり私が人生で初めて王子様を見つけちゃって、目下その彼と日夜メールに励んでいるという事がバレているかと思ったのだが、杞憂に終わったようだ。安堵しながら花畑に這って戻り、メールに返事をする。取り残された土方のイライラは勿論一切解消されていない。
「で、誰なんだよそのメールの相手は」
「ふっふっふ、気になります?」
「どーせほぼ無職の腐れ天パとかそこらへんだろ、興味ねぇよ」
吐き捨ててから自然と咥えてしまっていた煙草を指でつまみ、とてつもない既視感に襲われる。目の前にいる俺の事など見えてないように、スマホに向き合っているなまえを見ていて、「もしかして」と恐ろしい考えにブチ当たったのは今度は土方の方だった。
「……なぁ、お前のメールの相手って」
ブブブ、今までと違うバイブの音が二人の間に響いた。なまえは、それ土方さんの携帯ですよと指差してきて、恐る恐る開いてみる。そこには何度も何度も消して、果ては迷惑メールに登録したのと全く同じ名前が液晶画面にでかでかと表示されている。よせばいいのに、開いてしまった。
『なまえたんをあまりイジメたら怒っちゃうお』
「よりによってコイツかよォォォオオ!!」
「ぎゃー!土方さん携帯が!!」
雄叫びとともに真っ二つに砕け散った土方の携帯を横目に、なまえのスマホが相変わらずの可愛い音を立てたのだった。