03


再び冷戦状態になった土方となまえを取り巻く噂は、隊内であっという間に広まった。今回はいつものような子供の喧嘩ではないこともあってか、隊士達はこの話題が二人にはバレないように、徹底して隠すこと誰からともなくはじめた。まるで授業中に回ってくる手紙のように、ゴールの分からない秘密は隊内に満遍なく広まっただけ広まった。
見廻組の存在は、時折派手に衝突することもあり、隊内でもタブーというか、暗黙の了解で触れてはいけないという扱いだったので、尚更だろう。まさか真選組紅一点のなまえが、敵対する勢力のドンに恋焦がれてるなど、直接関係の無い者たちにとっては、面白くない訳が無いのだ。

しかし、この自然発生した情報規制がうまくいくはずもない。
誰から隠せと言われている訳でもないのだから、当たり前と言ってしまえばそれまでなのだが、この噂が真選組の核となる人物達の耳にもそれなりに届き始めた頃には、なまえの耳にもチラチラと入るようになっていた。女子特有の鋭さをしっかり搭載しているなまえは、次々に仲の良い隊士を突き詰め、自分のことはさておき、噂の断片を少しずつ拾って行った。
そして幸か不幸か、難なく自分のメル友であるサブちゃんが、見廻組の局長の佐々木異三郎であるという情報に辿り着いたのだ。

「ねえ、ジミー?」

真選組ソーセージを冷蔵庫から取り出しているまさにその時、背後をあっさりと許してしまったことを山崎は悔いた。そして、なまえの目が逃げることを許さないことを音速で察し、屈んだまま冷蔵庫を閉めた。

「何か用? 言っとくけど俺、これから任務であんまり時間が」
「それはどうでもいいんだけど、聞きたいことがあってさ。その……」
「なに?」
「……見廻組って、何?」

秘密を共有するためか、屈んで目線を合わせてきたなまえはあくまで真剣な顔をしていて、山崎は割と大きめに動揺した。まず、名前を言ってはいけない……とまではいかないが、見廻組のことは敢えて触れることは誰もしない。それは、エリート集団に対する生え抜きなりの抵抗なのかは知らないが、だからって誰もしない仕事が自分に回ってきて嬉しい筈はない。

「……俺もよく知らないんだけど」
「いや、そういうのは良いから。知らない訳無いじゃん。監察でしょ」

監察が何でもかんでも知ってると思ったら大間違いだ!とカッコよく言い放っても良かったのだが、握りしめていたせいでぬるくなってしまった真選組ソーセージを眺めながら、そんな気はすぐに削げてしまった。きっとこういう所が、山崎を山崎たらしめる原因だろう。本人も薄々気付いてはいる。

「見廻組はね、真選組の上位互換みたいな組織。こっちはゴロツキばっかりだけど、向こうはエリート中のエリートだけで構成されてて、正直、ウチとはあんまり良い関係は築けてないよ。それで、佐々木さんはそこの局長」
「佐々木さん……?」
「なまえちゃんがメールしてる相手でしょ、佐々木異三郎」
「あ、そっかそっか。違う呼び方してたから、誰かわかんなかった」

照れ臭そうにそんなことを言うなまえは、いつもよりちょっとだけ可愛くて、これは関わったら面倒くさそうだと山崎はすぐさま嗅ぎとった。
今得た情報にパンク寸前のなまえを見ながら、そういえば前に見廻組と衝突した時には何だったか実家の道場がいよいよヤバいとかいって無理矢理、長期休暇を貰っていて、あの騒ぎを体感してないんだった。何とも都合がいい話だが、本当なんだから仕方ない。

「佐々木さんのこと聞くなら、俺より鉄君に聞いたら?」
「鉄ちゃんに? 何で?」
「何でって鉄君、佐々木さんの弟だよ?」



「ってことがあってね、だからお願い!鉄ちゃん!この通り!」

今までの出来事を雑にまとめたなまえは、鉄之助の前で手を合わせている。まるで拝んでいるような必死さに若干引きながらも、鉄之助は落ち着いてくださいと年上のなまえをたしなめる。
不穏な噂を耳にしてから、こうなることはなんとなく分かっていたのだが。
夕暮れに赤く染まる障子を静かに引きながら、鉄之助は小さくため息を吐いた。
いざ直面してみると、やはり耐えられるものじゃない。しかも相手が大好きななまえさんで、悪気が無いと来た。
ここでどれだけ「あなたの憧れている兄は非道で高慢で、弟のことを平気で殺そうとするような人です」と言えたら良いだろう。しかし、そんなことは言えない。言える訳がない。鉄之助は元来優しい性格であり、何よりなまえを心から慕っている。
そんななまえが自分のせいで傷付くことなど、決してあってはならないのだ。
例え、嘘をつくことになっても。

「分かりましたって言いたいとこですけど、自分ができることなんてほぼ無いと思うんスよね」
「そうかな?なんで?」
「だって、なまえさんってもう兄とメル友ですし、紹介なんて今更おかしいじゃないっスか?」
「そっか、それもそうだね……。ってことはだよ! 鉄ちゃんは反対じゃないの?」
「反対?」
「その……私なんかが、立派なお兄さんと、えっと……仲良くするの、とか」
「そんなの、する訳無いっスよ!」

賛成も、できませんけど。
無邪気に笑顔を見せるなまえに、言えないことが腹の底に溜まっていく。異三郎なんかになまえさんなんて、勿体無いっスよ。なまえさんは優しいから、良いように使われちゃいますよ、きっと。

「あのね、サブちゃんが鉄ちゃんのお兄さんだって聞いて、最初は驚いたけどね、すっごい安心したんだ。実際に会ったのなんて一回きりだし、真選組とあんまりうまくいってないんでしょ? 実はちょっと不安だったの。 でもさ、鉄ちゃんのお兄さんだったら、悪い人な訳ないもんね」

そんな風に笑ったらダメなんですってば。
思わず泣いてしまいそうになったのを誤魔化そうと、笑って見せたはいいけれど、うまい言葉は見つからない。転がり始めたらもう、どうしようもない。何とも言えない色のモヤが鉄之助の胸の中でいっぱいになるのを見透かしたように、障子越しに立ち尽くしていた黒い影が口の端だけで笑った。


  
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