05


昼下がりの歌舞伎町というのは、なんとも平和なものだ。太陽の下に姿を現すのはどの世界でも真面目な人と決まっているのだろうか。それにはもれなく該当しない不真面目な社長がお昼の情報番組をぐだぐだと無意味にチェックしているだらけきったいつもの万事屋へ訪れたのは、手土産片手に制服を身を纏う、お巡りさんだった。

「旦那、久しぶりでさァ」

玄関に出迎えてくれた新八に笑顔を、神楽に手土産を押し付けて、誰に許可を得るでもなく靴を脱ぎ、上がり込むのは沖田に他ならない。どこが久しぶりだ。悪態をつきながら、やっと上体を起こした銀時に、依然として笑顔を向けている。
こうしていると好青年に他ならないのだが、如何せん彼が万事屋を訪れて良かったと思ったことが誰の記憶の中にもない。手土産のケーキをガン見している神楽をよそに、新八は一応とお茶を客に出す。

「こんな昼間っから、お巡りさんが何の用だ? 暇なのか?」
「いやぁ、こう見えても勤務中でして。時に旦那、なまえが最近、見廻組の佐々木殿にホの字なのは、もう知ってます?」
「ん? 今なんて? ちょっとよく聞こえなかった銀さんあれだから、日本語しかわかんねーから」
「いや、バッチリ日本語でしたよ」

本人的には過去最高点を叩き出した、前回のなまえとのデートが銀時の頭の中に走馬灯のように流れていく。そんなはずはない、そんなはずは……。ショックの余り言葉を失う銀時の代わりに、新八がお節介にも話を進めようと口を開いた。神楽に関しては、手土産のケーキに毒が盛られていないか定春と絶賛審議中であり、こちらの話は一切耳に入っていない。

「でもそれって大丈夫なんですか? 確か見廻組と真選組って、あんまり仲良く無いんじゃ……」
「問題はそこなんでさァ。全く、旦那がさっさと告っとけば結果はどうあれ、こんな面倒臭ェ事にはならなかったのに。結果はどうあれ」
「今度こそおしまいですね、相手が三天の怪物でエリートなんて、銀さんじゃ土俵にすら上がれませんよ」
「しかも、惚れたのはなまえの方ですからねィ」

ドSの心は傷付きやすいと、アレだけ注意したのに……。銀時の文句は口から出てくる代わりに、両目にじわりと滲んだ。しかしこの二人、すでにほぼ息をしていない銀時を会話に入れる気はさらさら無いらしい。

「もしかして、わざわざそれ教えに来たんじゃないですよね?」
「残念ながら、警察もそんな暇じゃねぇ。今日はね、ちょっくら旦那に取り引きを持ちかけに来たんでィ」
「取り引き、ですか? なんか、めちゃくちゃ怪しいんですけど」

少なくとも、市民の皆さんの平和を守ると謳っている警察のセリフでは無い。新八はずれかけた眼鏡を押し上げながら、ほぼ死んでいる銀時にようやくバトンを渡した。沖田は、全て想定範囲内だと言わんばかりに、いつもの爽やかな笑顔を崩さない。

「旦那に、ちょっとの間だけ攘夷志士に戻って欲しいんでさァ」
「ちょっと沖田さん、何てこと言ってんですか?」
「勿論、タダでとは言わねぇ。その代わり、旦那をなまえの王子様にしてあげますぜィ」

胡散臭い。胡散臭過ぎる。
同じタイミングで、部屋の隅にいた神楽が悲痛な叫び声を上げた。恐らくケーキの中に混入していた多量のタバスコのせいだろう。とんでもないBGMをバックに、沖田が再び口を開く。

「どうしやす、旦那。このまま黙ってなまえが他の男に取られるのを待つか、俺の一計に乗ってなまえを振り向かせるだけじゃなく、報酬もたんまり頂くか」
「いや、銀さん。まさかとは思いますけど、悩んでます? こんな怪しい話、受ける訳無いですよね?」
「ゲホッ、そうアル銀ちゃん!! こんなゴミクソ野郎の言う事なんか、聞いちゃダメアル!! 」

いつもの銀時なら、一切の迷い無く、鼻をほじりながら一昨日来やがれと追い返すような依頼である。
まず、警察に犯罪者を名乗れと強要されている時点で、訴えたら間違い無く勝てるような話だ。それを、王子様だの報酬だのと甘い言葉に乗せられるほど、銀時は落ちぶれていない。全く、何年この商売やってると思ってるんだこのガキは。

「あ、ちなみに明後日、佐々木となまえ、遊園地デートに行くらしいですぜィ」
「…………総一郎くん」
「総悟でさァ」
「ほんっっっとに、ヤべー事は何もねぇんだろうな?」

従業員の絶句と軽蔑の目とは対照的に、沖田は笑みを一層深くした。

「当たり前じゃねぇですか!」

銀時は音もなく立ち上がった。これが取引成立を表していることは、誰の目にも明らかだった。いつもなら大声でツッコミをいれる新八も、あまりのことに言葉が出てこない。この人は、自分の彼女でもない好きな女の子の前で良い格好をするために、犯罪者を名乗ろうとしている。ある意味、尊敬してしまうほど不器用である。そんなことをするくらいなら、さっさと告白しろよ。何だよ王子様って、頑張った所でただのおっさんだよ。夢みてんじゃねえよ。
どれもこれも口をついて出てこない。静寂の中で、カチャリという金属音が軽快に響いた。

「はい13時45分、白夜叉確保〜」
「え」
「……相変わらずチョロいですねィ」
「お、沖田くん? 話が違」
「伝説の攘夷志士を逮捕したとあれば、副長の座を奪うことなど赤子の手をひねるようなもんでさァ! ね?旦那?」

抵抗虚しく、手錠をかけられたまま、慣れた手つきでズルズルと玄関を引きずられる。助けを求めようと振り返った銀時の目に映ったのは、可愛い従業員2人の冷めた瞳である。

「ね、ねぇ新八くん? 神楽ちゃん? そんなとこにつっ立って無いでホラ!助けて!銀さん今すごーいピンチだよ!」
「沖田さん、回収してくれてありがとうございました」
「ミンチでも釜茹ででも、好きにやっちゃって良いネ」
「オイオイ、そりゃ無いんじゃないの? ねぇ、冗談だよね?沖田くん?沖田くーーん!!」

パトカーのサイレンが遠のくのを聞きながら、二人と一頭は何事も無かったように今日の夕飯の話を楽しくしながら万事屋を後にした。空っぽの万事屋に残されたのは、食べかけのタバスコ入りのケーキだけだった。



  
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