幕が下りた。
いつもなら、このまま楽屋に戻り撤収作業を行う。同じ舞台を踏んだ者同士、時に笑い時に涙しつつ語らい。その時にしか撮れない思い出を残し。余韻に浸りつつ楽しくも短い時間をすごす。
それは、代役として舞台に立った今回とて変わらない。

変わらないのだが。

「っ・・・!」

鉢屋は走り出さずにはいられなかった。
楽屋に戻る時間なんてない。今すぐに客席へ。あいつのもとへ。
たった一瞬、されど一瞬。見間違うものか。
俺があいつを、見間違うことなど、あってたまるか。

・・・・・・では、なぜ挨拶の時に顔をあげられなかった?

ドアノブまであと一歩。手を伸ばすだけで向こうへ行ける。
だがそこで鉢屋の手は止まった。

(“やっと見つけた”と思ったが・・・情けねぇ)

わずかに震えるその手は、決して舞台終わりの高揚などではない。
この扉1枚がどうしてこんなに厚いのか。
だが迷っている暇も震えている時間もない。
こうして足踏みしている間も、時は過ぎ、彼女は遠くへ行ってしまう。
それだけは駄目だ。わかっている。

「お、三郎ー。先輩が探してたぞー」
「っ、八左ヱ門・・・」
「お前こんなとこで何してんだよ。そっち行ったらロビーだろ?」

背後から声をかけてきたのは、竹谷八左ヱ門だった。
鉢屋と同じ、過去の記憶を持ち合わせた唯一の劇団員。
鉢屋は、うだうだと話し続けている竹谷を見上げる。
この際なんでもいい。彼女を捕まえるのは私である必要はないのだから。

「八左ヱ門!!」
「な、なんだよ!いきなりでっけー声出すなよな!」
「頼みがある、きいてくれ」

他力なこの考えが逃げであることはわかっていた。
それでも、500年越しの再会を逃す選択肢はなくて。
私の話を聞き、駆け出す八左ヱ門の姿が扉の向こうに消える。

(・・・何が“背を向けない”だ。馬鹿か、私は)

過去の誓いを思い出し、1人自嘲した。



  *:;;;:*:;;;:*



「っ・・・!ほんとにっ・・・いるのかよ・・・っ!」

ロビーはすでに人がまばらで、竹谷が走ったところで咎める人も邪魔者扱いする人もいない。
先ほど鉢屋と別れた関係者入口から、客席後方右側の扉までは、そこそこ距離があった。

(客席に、あいつがいた・・・なんて・・・)

―――今すぐ右後ろの客席を見てきてくれないか。
―――行けばわかる。そこにいたんだ。見間違いなんかじゃない。

(三郎が、あいつの事で嘘を言うとも思えねぇ。いるのかよ、本当に・・・!)

―――帰ってしまう前に、見つけてほしい・・・!

(・・・和月!)

―――頼む・・・!
そう言った三郎の顔は、今にも泣いてしまいそうで。
だったら自分で探しに行けよ、とは口が裂けても言えないほど必死だった。
三郎は、和月に会いたくて、それと同時に怖いのだ。
客席後方右側の扉が近づいてくる。なぜだが竹谷も怖くなってきた。鉢屋の必死の顔が脳裏をよぎる。
扉を開けようと近付くと、中から人が出てきた。避けきれず、軽く接触する。

「っと!すみません!」
「あ、いえ・・・こちらこそ」

目の端にうつる、艶やかな黒髪のポニーテール。
後頭部の高いところで1つに結わえるその髪型に、心の端で懐かしさを感じた。
だがそれも一瞬。
すぐさま二重の扉を潜り抜け、劇場内へと足を運んだ。
・・・だが、そこはすでにもぬけの殻であり、誰一人としていない静かな空間だった。

「・・・さっきの奴が最後の客だったか」

竹谷がつぶやいた直後、携帯のバイブが鳴る。
誰もいないからか、ここが劇場だからか、バイブ音なのにやけに大きく響いた気がして、竹谷は慌てて通話ボタンを押す。
画面には「鉢屋三郎」の文字。

『いたか!?』
「いや、もう誰もいねぇ。全員外に出た後みたいだぜ」
『・・・・・・そうか』

機械越しでも、三郎の落胆した様子がありありと伝わってきた。
俺は腕時計を確認する。
舞台が終わってから、まだそこまで時間は経っていない。最寄りの駅までなら、女性の足より速く走れる自信もある。まだ、探せる。

「俺、ちょっと探してくるよ」
『!本当か!?』
「あぁ。だから落ち込むのは早いぜ三郎!」
『すまない、頼む・・・!』
「・・・謝んなよ。俺だって、会いたいからな」
『!・・・だよな』

また連絡する、と言って電話を切った。
ぐるりと客席を見渡し、本当に誰もいないことを確認すると、竹谷はたった今くぐった扉を再び押した。
ロビーに出ると、入口へと足を向かわせる。そこにはまだ何人か客と思われる姿があった。
だが、探し人がこの中の誰かはわからない。第一、まだこの空間にいるのかどうかすら怪しい。もうこの劇場から離れていてもおかしくはないのだから。

(くそ・・・、1人ずつ顔を覗くわけにもいかねぇし)

この場合、正確には“顔を覗く”のではなく“目を合わせる”のが正しい。


竹谷も鉢屋も、既に何人か過去の記憶を持ち合わせる人物と出会っているのだが、その相手を認識するためには条件が必要である。
それが、目を合わせること。
写真や映像、カメラのファインダー越しなど、間に何かを挟んでいると認識出来ない。必ず、直接会ってお互いに目を合わせることが重要なのだ。
目を合わせるまでは、例え後ろ姿や横顔が似ていようとも、名前に既視感を覚えようとも、相手がその人であるという確証を持つことが出来ない。これはもう言葉でどうこう説明できるものではなかった。
ただ、同じ記憶を持つ者どうしが目を合わせた瞬間に走る、あの、衝撃。
一瞬にして過去のーーー忍術学園の光景と記憶が呼び覚まされるあの感覚は、何度やっても新鮮であり強烈な体験だ。
その衝撃を間違えることはない。勘違いするような、他で例えることの出来るような衝撃ではない。


竹谷は腹をくくった。

(・・・ええい!ままよ!!)

竹谷はロビーで歓談しているグループの前へと回る。横目でちらりと顔を覗く。
迷っていても仕方ない。結局見つけるには目を合わせるしか方法がないのだ。
いきなり目の前に男が現われれば、大抵の女性は顔をあげる。そうして目を合わせるとふいと顔を逸らす。不審がりながら立ち去る者もいれば、ほんのり頬をそめて去っていく者もいる。
反応こそ様々だが、立ち去る者に用はない。そもそも、目が合った時点で“違う”ことがわかるので、竹谷は彼女たちがどのような反応を示しているのか確認せずに進んでいる。

ロビーに残っている人の確認は終わったが、和月はいなかった。
竹谷はそのまま外へと足を運ぶ。
ふわりと暖かい外気が身体を包み、前髪を風がさらう。
劇場を出てしまうと、そこはショッピングモールの一角。左に曲がればレストラン街への自動ドア、右に曲がれば駅へ降りる階段。ちなみに正面はコーヒーショップだ。
行き交うのは、駅へ向かい家路をたどる人、レストランでのディナーを目的とする人、その先のショッピングエリアへ向かってる人、コーヒーを飲みに行く人。―――舞台を見終わった人。

(どこだ・・・どこに行った・・・・・・?)

劇場を背に考える。
むやみに走り回って探しても時間の無駄だ。俺がショッピングモールに探しに出たとして和月が駅に向かっていたら意味がない。逆もまた然り。というよりは俺が行く方向にいなかったらその時点でアウト。

「・・・・・・」

一番に探すべきは駅だ。電車に乗られたらもう追いつけない。
駅に向かうか?駅までに出会えなかったら改札前ではるか?改札なら必ず通るから。でももし駅に向かってなかったら?飯を食べに行ってるかもしれない。食い終わったら駅に向かうかもしれない。だがそれは何時だ?来るまで待つのか?

「・・・迷ってる暇なんてあるかよ!!」

そもそも迷うのは性にあわん!片っ端から顔見てやる!
竹谷は意気込んで駆け出した。彼女が駅に向かったと信じるしかなかった。


2017.08.21

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