竹谷が駅前に立ち続けて30分。
駅に続く道にも、駅前で見続けた顔にも、何も感じない。
既視感も、見覚えも、似ている顔すらない。

(どうする?このままここで待つか?・・・いや、必ず電車で帰るともわからない・・・どうする・・・)

落ち着け・・・!
焦っても意味はない。焦ったところで会えるわけじゃない・・・どうする・・・?

「・・・・・・」

三郎と目が合ったということは、和月も三郎の存在を理解したはずだ。舞台に立つあの男こそが鉢屋三郎だと。
そして、理解したからには必ず会おうとする。
和月がまだ500年前と同じ和月なら、絶対に会いに行く。

そこまで考えて、竹谷は劇場への道を戻り始めた。
すれ違う人の顔は見ず、ただ真っ直ぐ、前を見て走る。

そう、絶対に会おうとする。
それこそ、30分で諦めるようなやつじゃない。ありえる可能性は全てしらみ潰しに確かめて、それで最も高い可能性の場所で成功するまで粘る。根性の座ったやつで、頭の回転も早い。くの一としての才能も素晴らしかったとは忍術学園時代の山本シナ先生のお言葉だ。
そして現代。舞台出演者に会うにはどうするか。
答えは簡単。出待ちだ。
ではどこで出待ちをするのがいいのか。

竹谷は劇場前へと戻ってきた。
この劇場は、ショッピングモールの敷地内に存在しているが、本館と繋がっているわけではない。正確には別館の2階に建て増しされて作られたのである。
ゆえに本館へと建物内で繋がることはなく、1度屋外に出て、左にある自動ドアをくぐることで初めて本館へと行くことが出来るのだ。別館1階も同じである。
つまり、この劇場はモールの一部であると同時に孤立している建物なのだ。ここに入りたければ、客だろうと演者だろうとこの建物にある扉をくぐらなければならない。
その事実に和月はきっと気付いている。

(気付いたら劇場の入口を探す。出演者用の、関係者入口を探す)

竹谷は歩き出した。
関係者入口は建物裏にある。いわゆる裏口だ。竹谷は建物の右側から回った。
劇場周りはちょっとした広場になっていて、ベンチが置いてあったり花壇や木が植わっている。正面のコーヒーショップで買ったコーヒーを飲んだり待ち合わせをするのに丁度いい、ささやかな中庭のような雰囲気だ。
だが、夜公演終わりのこの時間、20時を目の前にした今、この場にいる人間は竹谷以外に見当たらない。
・・・かのように思えた。

「っ、」

今まで木の影で気付けなかった位置に、人影がある。
後頭部の高い位置に一つに結わえた髪型。そこから垂れる艶やかな黒髪。ほんの少しのくせっ毛。
あの時と変わらないその後ろ姿。忍装束がちらつく。暑くもないのに息苦しく感じる。柄にもなく手が震えてきた。ああ、心臓がうるさい。
もう1歩だけ近づいて、息を吸う。

「・・・和月?」

ゆっくりとその顔がこちらを向いた。
目が、合う。



  *:;;;:*:;;;:*



「・・・和月?」

聞いたことのない声なのに、懐かしい景色が見えた気がした。もう夜なのに太陽の匂いがした。
ゆっくりと顔を上げ、声のした方を振り返る。
目が、合う。


それは一瞬。
瞬きにも満たない、刹那。
身体に走った衝撃と脳裏によぎった過去の記憶が、目の前の現実を訴えている。


「・・・・・・は、ち、ざえ、もん?」

名前を呼べば、くしゃりと今にも泣きそうな顔になる。下唇をかみ、何かを堪えるかのような眉間のしわ。
あぁ、もう。

「・・・そんな顔しないでよ」
「そんな、顔って・・・」

八左ヱ門が背後から動こうとしないから、私が立ち上がるしかない。その間、お互いに顔を逸らさずじっと見つめ合う。
相変わらず眉間のしわが深い。その瞳には、彼には珍しい雫が見えた。
八左ヱ門の目の前に立つ。あの時より見上げる角度が高くなった。あの時歩めなかった時間が、この首の痛さだ。

「ひっどい顔」
「おま、最初の言葉がそれかよ・・・!」
「だって、そんな顔似合わないよ」

八左ヱ門は堪えきれずに乱暴に涙をぬぐった。
その仕草に思わず頬が緩む。
委員会で飼っていた動物が亡くなったときも、そうやって陰でこっそり涙をぬぐっていたのを知っているから。目の前の人物は、あの頃と同じなんだと。

「ほら、せっかく会えたんだから泣かないでよ、八左ヱ門」
「う、うるせぇ!泣いてねぇ!」
「言う割に、声震えてるからね?隠せてないからね?」
「・・・そんなん言うなら、和月だって、震えてるからな」

わかってるよ馬鹿。
私はもうくノ一じゃないから、感情を押し殺すことも非情に忍務を遂行することもない。
そもそも私は昔から涙腺が弱かったなんて、こいつは知らないんだろうな。

「久しぶり、八左ヱ門」
「あぁ・・・久しぶりだな、和月」


2017.08.26

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