赤ずきんちゃんのお願い


早く目が覚めてしまった日は、朝から近所のパン屋さんでキッシュにかぶりつくのがちさとのお気に入りだ。今日は甘いものが食べたくてキッシュではなくエッグタルト、そしてミルク多めのカフェラテでのんびりと朝食を味わっていた。
ちさとの席は、通り沿いに面した大きなガラス窓前にあるカウンター席の端。ヘルサレムズ・ロットいちの生存率を誇る地区にある自宅の近所ということで、このパン屋もその地区に相応しいお値段と風格である。そのぶん味は最高、客も雰囲気も落ち着いていて申し分無し。目の前の大きな窓から見上げる空もこころなしかいつもより明るく見え―――、

「・・・・・・・・・」

空を見上げたタイミングで飛行機が煙を上げて落ちていった。あれは確実に無事では済まない光景だった。
いや、その光景が特別珍しいわけではない。飛行機のみならず空を飛ぶものは落とされるし、外からやってくる飛行物体はタコ足に握りつぶされるか否かと渡ってくる。だから、そう、珍しいわけではないのだが。あえて言うなら・・・幸先が悪い、なのか。これは予感だ。嫌な、予感。
残りのタルトを頬張りカフェラテで流し込む。会計を済ませて外に出る頃には、どの建物からも飛行機着陸失敗のテレビの音が聞こえていた。

(大人しく家で過ごすか・・・)

自宅の玄関をくぐり、帽子をはずす。畳まれていた狼の耳がぴょこと立ち上がり、さっきよりも少しだけクリアに音が飛び込んでくるようになる。
相変わらず街のBGMとして飛び込んでくる爆発音は少し遠く、近辺では平和な時間が流れているのだと教えてくれる。爆発音に混じり時に不審な物音や衝突音が聞こえないこともないが、その度今朝の飛行機事故がよぎる。これは深追いしない方が賢明だと。

「今夜は赤ずきん無しかな・・・」

聞こえてしまう音たちを無理やり追い出して台所へ向かった。なにかに集中してしまえば周りを気にせずに済む。そしてこんな時は手の込んだ日本食を作るに限る。
冷蔵庫とにらめっこして肉じゃがを作ることに決めた。いつもは適当に切る野菜たちも、今日は煮崩れしないように角を取る細やかさを持って包丁を握る。じゃがいも、にんじん、こんにゃく、しらたき、最後に牛肉――今までは見た目で牛肉だと思い買っていたが、今回表記された字が読めるようになってわかった。これは異界の肉らしい。美味しいし安いから気にしないけど――を切って、炒めて煮込む。
にんじんが柔らかくなったころに火を止めて、あとは冷えて味が染み込むのを待つだけとなった。

「炊飯器も入れたし、火も止めたし、あとは待つだけ、・・・・・・ん?」

ほんの一瞬、聞き馴染みのない音が飛び込んできた。正確には馴染みがないだけで一度聞いたことがある。機械の駆動音のようでいて、ガラス細工のように繊細で緻密な美しい音。方角とその聞こえた秒数からして、音の出所はユグドラシアド中央駅行の電車の中か。無意識に聞こえる範囲で一瞬だけ聞こえるとなると、その“場所”しかない。
急いで電車の音を追いかけると、すぐにその音は聞こえてきた。前回公園で聞いた時よりも音が大きく、何だか少しだけ雑に感じる。無理をしているような音に思えた。何とか出所を捉えるとどうやら1人の人間から発せられているようで、その人物を取り囲むように3つの音が聞こえる。

「・・・・・・ザップ・レンフロ、クラウス・V・ラインヘルツ、・・・珍しい、ブリッツ・T・エイブラムスもいる。ということは吸血鬼相手の仕事?」

3人の正体はわかるのだが、それ以外は例の音が大きすぎて全然聞こえない。1人の人間からそれが発せられているのはわかるが、その本人の音が聞こえないため誰なのかわからない。周囲の3人の会話も聞き取りづらく、中の様子が掴めない状態だ。
・・・追いかける理由も義理もない。今朝の私が言う、今日は大人しくするんでしょうと。好奇心の私が言う、この音の正体を知りたくはないのかと。
葛藤した時点で答えは出たも同然だ。ちさとは急いで動きやすい格好に着替え、黒いキャップを被り、玄関を飛び出した。



 *:;;;:*:;;;:*



普通に走っては追いつけるわけがないので、昼間だがリトル・レッド用の黒いショートブーツを履いてビルの屋上を駆け回ることにした。電車を追いかけている間に耳が慣れてきたのか、3人の会話が聞き取れるようになってきた。相変わらず中心人物の正体はわからないが、永遠の虚上空で何かを行うらしい。
“何か”の内容はさっきから判らずじまいである。なぜかというと、

「!」

すんでのところでちさとがビル屋上から飛び上がると、上空から隕石のかけらが落ちてきた。さきほど異界生物に当たって砕けた欠片の1つだ。
さっきから、このように話の核を聞き取ろうとすると邪魔が入るのだ。そのおかげで電車にも近づけず、聴覚の精度が上がらない。さすがは“豪運のエイブラムス”と言ったところか。
どうしたものかと一定の距離を保って電車を追いかけると、ユグドラシアド中央駅が見えてきた。街の中心でもあるこの空中駅は永遠の虚の真上にあるため、駅の真下は“アッチ側”になる。・・・まあ、たどり着くまでには永遠にも近い時間を落下し続けなければならないのだが。さらにこの駅は、空中駅と呼ばれるだけあって何もない空間にぽっかりと浮かんでいる。それはつまり周囲に身を隠せる建物はおろかそもそも地面と呼ばれるものが存在できない地区になる。

「仕方ない、か」

それでも駅に一番近いビルの屋上へ降り立ち、耳をすませる。距離からして目算で3km、この義耳で充分拾える範囲だ。全神経を駅に向ける。やがて電車が到着し、乗客が何人か降りる。ライブラの3人と1人も降りたのが聴こえた。ここまで聴いているとあの音にも慣れてきて、その向こう側の本人の音が聴こえそうになる。
かすめるその音は聞いたことがあって、否、聞き間違えるはずもない音だ。
やがて、ラインヘルツに背負われながら目的地にたどり着いた彼は、エイブラムスの指示でフェンス前に立たされカメラを向けられている。

「―――我々は今ヘルサレムズ・ロット、ユグドラシアド中央駅に居る。今から行われるのは、神々の義眼を持つ少年による『永遠の虚』探査。もしかしたら人類史上初めてのエルダーズ13の全貌把握になるかも知れない」

口を開くのはエイブラムス。カメラを持つのはザップ・レンフロ。どうやら吸血鬼について調べたいエイブラムスの独壇場らしいのは伝わる。だけど、“カミガミノギガン”とは?

「さあ、レオナルド」

やっぱり、レオナルドさんなのか。聞き間違えるはずもない彼の音と鳴り響く例の音がここに来て違和感なく重なり合う。しかし今まで彼からこの音を聞いた覚えはない。一体何の音なのか。
レオナルド、と呼ばれた少年が振り返り、・・・恐らくフェンスの下を覗きこんでいる。足音とフェンスを掴んだ軽い金属音からの推測だ。

「いいか。危ないと思ったり何か異常を感じたらすぐ眼を閉じろ」

―――眼?
もしかして、“神々の義眼”と書くのだろうか。
直後、例の音がひときわ大きく鳴り、破裂音のような強烈に響く嫌な音で終わりを迎えた。
少年は痛みにうめきながらも、エイブラムスに見えた景色を伝えている。その声は間違いなくレオナルドさんだった。

「・・・向こうは奴らでいっぱいです!!」

焦るようなレオナルドさんの声。まるで“アッチ側”を覗き込んだかのような口ぶりだが、そんなこと不可能だ。永遠の虚はただただどこまでも深く、深く、底なし穴のように終わりなど見えるはずもない。ましてや向こうの数を認識できるなんて有り得ない。私でさえ、永遠の虚から底の音を拾えたことなど数えるほどしか―――、
まさか、視えてる?

「神々の、義眼・・・」

永遠の虚の底が視えるほどの力と、およそ人の身体から出るとは思えないあの音が義眼の為だとしたら納得がいく。事故か何かで視力を失い、代わりに義眼を与えられたのか。
“神々の”なんて仰々しい言葉に身震いがする。その言葉にふさわしくどこまでも見通せる力があるのだろうか。見るからに非力で頼りなさそうな彼がライブラに所属している理由は、十中八九その眼の為だ。先程から彼を守るように動くラインヘルツとザップにより、よほど大切な人材と見受けた。
何より気になるのは、同じような耳を持っているにも関わらず、私が“神々の義眼”について知らないことだ。まさかこれを渡してきたマスターが何も知らないわけがない。

(・・・マスター)

しばらくなのかほんの少しなのか、気がつけばライブラの4人は駅から姿を消していた。慌てて音を追うと、どうやら吸血鬼が出現したらしくその現場へと向かっているらしい。今、その結末への興味より圧倒的に疑問が勝る。
レオナルドさん、あなた一体何者なの?



2018.11.05.

- 13 -

*前次#

「Quite the Little Lady」表紙
TOP

ページ: