お願い2
ヘルサレムズ・ロット中央図書館。そこはヘルサレムズ・ロット1の蔵書数を誇る巨大な図書館である。元々こちら側にあった図書館を、向こう側の酔狂な読書好きが改築と改造を勝手に重ねまくり、奥底の見えない“地下に深いバベルの塔”と化してしまった建造物になる。以前、ちさとは下に伸びる螺旋階段にストラップを落としたのだが、落下音がはるか遠くに聞こえたため足を滑らせることだけはしたくないと誓ったことがある。
そんな図書館の入り口をくぐったちさとは、入ってすぐのカウンター内に見知った姿を見つけて声をかけた。
「メイル、おはよう」
「おはよちさと。言ってた本探しといたよ」
「わー、ありがとー!」
メイルと呼ばれた少女は、その頭皮から生えるタコ足のような触手で1冊の本を差し出した。メデューサの蛇のようにその触手1つ1つが意思を持って動く様子は、幼い少女の見た目とアンバランスでとても目立つ。この図書館の名物司書だ。
ちなみに少女の見た目だが齢は3桁。300を超えたところで数えるのを辞めているので実年齢はわからない。この図書館を造り上げた酔狂な読書好きの遠縁にあたるらしく、本に関することなら何でも知っているその知識量も彼女が名物司書と呼ばれる由縁だ。
「今日はどこ読むの?この前の続きなら隣の部屋の棚番2256-32からだったと思うけど」
「あ、いや・・・今日はメイルに案内して欲しい部屋があるんだ。どれくらいで空く?」
「うーん、あと40分もすれば大丈夫かなあ・・・」
「わかった。これ読んで待ってるよ」
先ほど差し出された本を掲げて、ちさとは隣の部屋へと移る。この図書館は外観からは想像もつかないほど中が広い。・・・というよりは亜空間に改造されているから見た目と中身の大きさが釣り合わないのだ。図書館といえば広々とした開放的な1つの空間をイメージするが、ここではその開放的な部屋がいくつも隣合って建築されている。
ガラガラのソファに腰を下ろして、ちさとは軽く帽子を扇いだ。たまには中の空気を入れ替えないと蒸されてしまう。平日も朝が早いと、この部屋は人がいないから見られる心配はない。なにせ児童書の部屋だ。読書初心者のちさとにはお似合いの場所だが、夕方や週末に来ると少し浮いてしまう。
さて、と手に取った表紙は『日本昔ばなし集』。もちろん英語である。これならもし分からない文章や単語が出てきても推測で読めるし勉強になる。記憶喪失とはいえそれは自身に関してのみであり、この様な個人的でない一般教養は消えずにすんでいた。
しばらく読んでいると、本に影が落ちた。
「ちさと、おまたせ」
「早かったね。もう1編読めると思ったんだけどな」
「いやいやいや、もう《おおきなかぶ》まで読んでるじゃない!最初に比べたら進歩よ。赤ん坊対象の絵本に15分かけてたこの前とは大違いね」
「それ、本当に1番最初の日のことじゃん・・・」
栞を挟んで本を閉じる。立ち上がるとメイルはちさとの腰ほどまでしかない。
「それで?どこの部屋を案内してほしいわけ?」
「うーん・・・オカルト、的な」
「ざっくりしてるわね・・・、もうちょっと絞れないの?だいたいこの街に住んでたらほとんどオカルトみたいなもんでしょう」
「それはまあ、確かに」
「ほら早く!言えないようなこと?言わないならカウンター戻るわよ」
「わ、わかった!教えるから待って・・・!」
ちさとの方が背は高いはずなのに、この有無を言わさない下からの圧力は何なのだろうか。正直に言わないと解放してくれなさそうである。
「・・・“神々の義眼”について書いてある本を、探してるの」
「さっさと言いなさいよ」
こっち、と先を歩く少女の背中を見失わないように追いかけた。もっと悪い言葉が出るのかと思ったわ、との呟きは聞こえなかったことにする。
*:;;;:*:;;;:*
螺旋階段を3つほど降りて更に奥まで進む。そもそも人の少ない時間だが、階段付近から誰一人としてすれ違っていない。それどころか人の気配すら感じられない。室内の明かりも空調も十分なはずなのに、この底冷えするような寒気は何なのだろう。
「・・・随分遠いのね」
「地上に置いてあるのは一般向けの読み物だから。地下は専門書や論文や学術書とか、向こう側の言葉で書かれた解読不能なものばかりだからね。それにしても“神々の義眼”なんて久々に聞いたわ。確かこの辺りだと思うけど・・・」
そう言うとメイルは伸縮自在な触手を四方に伸ばし、棚の上から下まであらゆる本を出し始めた。背表紙を見ては戻し、ページをぱらとめくっては戻し、とてつもない勢いで選別していく。
3分もすればちさとの手の上に4冊の本が積み上げられた。
「今のあなたが読めそうな本だとこの辺りかしらね」
「み、見たことない厚さなんですが・・・」
「それでも優しい方よ?そもそも“神々の義眼”について記述のある本はあっちもこっちも含めてそんなに無いのよ。4冊読めるだけラッキーと思いなさいな。読めなかったら教えてあげるから」
「りょ、りょーかい・・・」
言いながら元来た道を歩くメイルの背中を追いかける。前を歩きつつ、少女の触手はちさとの持つ本を取りあげて自身の眼前に連れていく。そのまま何か作業をしてるかと思えば再び手元に戻ってきた。そこには先ほどと違って何枚か付箋が飛び出している。
「義眼について書いてあるページ」
「あ、ありがとう」
「そのページだけ読めばいいわ。専門用語が多くて大変でしょうけど、今のあなたなら辞書も引けるし大丈夫よね」
「うん、何とか読んでみる」
地上階まで戻り、参考書や辞典の置いてある部屋に向かう。6人掛けの大きなテーブルを独り占めして、地下から持ってきた本と持参したノートとペンを広げ、その間にメイルが取ってくれた辞書たちを机に乗せてもらう。
じゃあ頑張って、とメイルは踵を返して出て行った。カウンター業務に戻るのだろう。
「さてと・・・」
ここからは半分読書で半分勉強だった。日記風に書いてある部分は読みやすいのだが、論文のように堅苦しく専門用語にまみれているともはや長文読解に近い感覚がある。
(あーこの感覚知ってる・・・英語の授業受けてたんだろうなぁ)
体が覚えてるってやつか、とちさとは密かに考えていた。英語の授業ってことは中学生以上、2年半前に中3だとしたら今は17くらい・・・じゅうななねぇ・・・。
自分の体を見下ろしたところで、手が止まっていることに気づく。考えたって出てこない答えを探すよりも目の前の英文をまとめた方が効率的だ。
なんとか3冊分読み終わったところで足音が聞こえた。顔を上げるとメイルがこちらへ向かってくるのが見える。人が少ないのをいいことに、メイルは少し大きめに声を出した。
「もうお昼だけど、あなた今日は公園行かなくていいの?」
「えっもうそんな時間?」
1冊読めなかったが仕方ない。貸出禁止のマークを見下ろしながら机の上を片付ける。
「・・・全部読めた?」
「いや、その1冊だけ読めなかった・・・メイル、午後また来るからさ、取り置きしといてくれない?」
「別に構わないけど・・・もしかして熱心に読書の練習をしてたのは、その本を読むためだったのかしら」
「内緒」
「ふーん」
聞いた割に大して興味がなさそうな――“なさそう”というよりは“ない”のだ。メイルにとって『本を読む』行為そのものに意味があり、その理由や目的については興味を示さないことがほとんどである――少女は、机上の4冊の本を手に取り(正確には触手で取り)、さっさと入口へ向かった。
カウンターまで戻ると、最初に読んでいた《日本昔ばなし集》も一緒にメイルに渡しておいた。午後にもう一度来た時に借りて帰ろう。今借りると重いし。
じゃあまた後で、とメイルに手を振りちさとは公園へ向かう。道中ノートを取り出し、まとめたばかりの“神々の義眼”について目を通した。日本語で書きとめたのでのぞき込まれてもおおかた大丈夫だろうし、歩きながら読むなんてマナーが悪いと咎められるほどこの街はできてない。
“神々の義眼”とは、2冊目に読んだ本の言葉を借りれば「神が設けた超高性能カメラ」である。はるか遠くの映像を見れる千里眼であり、透視、他人の視覚の操作や映像の転送も出来る。およそ“視る”ことに関しては全ての頂点にあると言える。まさしく“神々”の名が相応しい代物だ。
(ますますこの耳と似てる。・・・同じものなのかな)
本によると、神々の義眼とは『譲り受ける』もの――よりは『移植させられる』の方が合っているかもしれない――らしい。そして神々の義眼保有者の近くには失明者が必ず存在するともあった。神の視力を得るにはそれなりに犠牲が必要だということなのか。この条件を見る限り、レオナルドさんも事故で視力を失った代わりに義眼を手にいれたのではなく、何者かに無理矢理押しつけられてしまったのだろう。そして身近な誰かの視力が失われている。
他人を犠牲にしていないだけで、私も状況はとても似ている。“神々の義耳”と呼ばれるものが存在してもおかしくはない、気がする。
もう1冊を読んでしまったらメイルに何か聞いてみよう。
(・・・公園)
ノートを仕舞い、ふと頭をあげればいつものセントラルパークが道路の向こうに見えた。そこには見慣れた背中があり、肩に乗っているソニックがこちらを向いて嬉しそうに鳴く声が聞こえる。
「すぐ行くね」
ソニックにだけ聞こえるように声を届け、後を追うように公園に入る。ちょっと小走りに背中を追いかけ、こちらを見るソニックには静かにとジェスチャーをして勢いよく肩を叩いた。
「レッオナルドさん!」
「うっわ!・・・びっくりした、ちさとちゃんかぁ・・・!」
「えへへ、背中が見えたので追いかけてきました。やったねソニック」
「キキィ!」
ぱちん、とソニックとハイタッチ。ドッキリ大成功。
「ちさとちゃんがまだベンチにいないのって初めてだね」
「図書館に行ってたんです。練習になるかと思って」
「あ、行ったんだね。司書のメイルさんには会えた?」
自身の生い立ちを話したあの日から2回ほどランチを重ねて、その間に図書館へ行くことを勧めてくれたのは何を隠そうレオナルドさんだ。あと少しでランチが終わって、そうなってから勉強する場を失くさないように・・・と気を使ってくれたのである。
「会えましたよ。読む本を選んでもらったりとか、わかんないとこ教えてもらったりとか良くしてもらってます」
「良かった!ちょっと変な人だけど、本に関してはすごいからね」
「いやぁ〜、本に関してもちょっと変ですよ・・・すごいですけど」
「あはは・・・」
話している間に噴水の広場へとたどり着く。ざっと見渡してみるがベンチは全て埋まっていた。お昼を買いに行ってる間に空くといいけれど。
「さて、レオナルドさん。今日は何を食べましょうか?」
「うーん、そうだなー」
「何でもいいですよ。新しいお店でも、今まで行ったお店でも。・・・今日で最後ですからリクエストを受け付けましょう」
そう、今日がレオナルドさんとの最後のランチなのだ。最初に買った問題集も残りわずか、最後に載っている確認テストだけが今日の宿題だった。それも昨日のうちに終わらせており、今日はレオナルド先生の採点でおしまいである。
そう、全てこれで終わり。
もうちさととしても赤ずきんとしてもライブラと関わるのは終わりにする。
(これでいいんでしょう、マスター)
万が一最後にならなかった時のために、予防線は張ってあるけれど、そんなもの出番がない方がいいに決まっている。
まだランチを決めきれないレオナルドさんをちらと横目で見る。実際に普通に横に立っているだけだと“あの音”は目立たない。かすかに機械音はするのだが、スマホの駆動音に紛れてしまい聞き分けが難しいのだ。スマホなんて現代人はほぼ持っているし、多少の機械音は違和感にすらならない。道理で今まで気づけないわけだと少しだけ眉間に力が入る。
ぽふ、と眉間を白い手が押さえた。いつの間にかちさとの頭上へ移動してたソニックが、上から覗き込むように顔の前に現れる。キ?と困惑した声を上げるソニックに、大丈夫だよと苦笑しながら肩に誘導した。
「ソニックは何食べたい?バナナ?」
「キキキッ」
小さな両手で三角形を作って握るジェスチャーをする。彼女の義耳は動物の言葉もある程度は理解出来るためジェスチャーされなくてもわかるのだが、まさかレオナルドの前でそんな素振りは出せない。
「ソニックはおにぎりが食べたいのね」
「キッ!」
「おにぎりかぁ、この辺では思い浮かばないなぁ・・・わかってたら作ってきたんだけど、この前聞いとけばよかったね、ごめん」
「・・・オニギリならすぐそこになかったっけ?ほら、先月くらいから新しくできたテイクアウトの、」
「あそこはダメですレオナルドさん。具材にオリジナリティを求めすぎててもはや和食とは言えません。普通のもありましたけど梅は味薄いしおかかはベチョベチョだしシャケは塩効きすぎです絶対ダメ」
「あ、ソウデスカ・・・・・・」
お米が良いだけに勿体ないとブツブツ喋るちさとを見て、レオナルドはくすりと笑った。記憶はないが、その和食へのこだわりと味の追求は“身体が覚えてる”ってやつか。見ていて微笑ましいというか和むというか。率直に今日でさよならは惜しいと思った。だからそのまま口から出た。
「あのさ、ランチはちさとちゃんが食べたいのでいいから、連絡先を教えてくれないかな?」
「・・・・・・へ?」
その反応で後悔しても遅い。口から出た言葉は飲み込めなくて、彼女の肩に座るソニックだけが楽しそうに目を細めた。
2018.11.16.
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