お願い3
前回までのあらすじ。ちさとちゃんに連絡先を聞いたら固まられた。
「あの・・・ちさと、ちゃん?」
「れ、んらくさき・・・ですか」
「うん、ダメかな?」
もう一度押してみる。何度かスマホを触っている姿は見ているので、持ってないことはないだろう。固まってるだけで嫌悪感は見受けられない・・・が、図々しかっただろうか。今日が最後だからって前のめりすぎたかと反省してると、ちさとちゃんがバッグから四角い機械を取り出した。何って、そんなの1つしかない。
「や、やったことないので、教えてもらってもいいですか?」
「・・・!もちろん!」
彼女のスマホを覗き見ながらQRコードの出し方を教える。それを読み取って、自分の画面の『矢神ちさと』のトークルームにスタンプを1つ送ると、隣の手元からピロンと軽い音が鳴る。
「それで追加を押したら登録完了ね」
「ありがとうございます。・・・・・・へへ、楽しいですね」
「え?」
「いや、なんて言うか・・・こうやって友達の名前が増えていくのは楽しくて・・・懐かしい、んですかね。何となくわかります」
「それって昔の記憶?」
「多分。詳しいことは全然わかんないんですけど、好きな感覚です」
スマホの画面から目を離さないまま、大事そうに僕の送ったスタンプを見つめるちさとちゃんは間違いなく嬉しそうで、図々しくなかったんだと安堵すると同時に少し照れる。大したことない、スタンプ1つ送っただけなのになぁと思いつつ、それを口にすることはしなかった。
口にしない代わりに、1つメッセージを送る。
『お昼、何食べよっか』
瞬間、はじけるようにこちらを向いた彼女に画面を無言で指さして促す。
『どうしましょうか』
『なんでもいいよ、ちさとちゃんが食べたいものでドーゾ』
『・・・パスタなんてどうです?』
『決定!』
どっちに出る?と公園の出口を2つ指させば、右へ誘導された。
お店に着くまで、ちさとちゃんはスマホの画面を何度も見返していた。それはもちろん僕とのトークルームで、スクロールもいらない短い履歴を何回も開いては嬉しそうに口元を緩めていた。お店に着いてテイクアウトのパスタが出来上がるまでそれは続いて、さすがに恥ずかしくなったからやめさせたけど。
最後だからと今日はドリンクもちさとちゃんが買って、ソニックには本人(本猿?)希望のベリースコーン、と山盛りのテイクアウトは僕が持つことにした。楽しそうに少し前を歩く彼女の背中を見て、スティーブンさんの『春でも来るのかい』という言葉が過ぎる。いや公園からここまでですでに3回は過ぎったんだけど過ぎっただけだし。彼女のことはそんなんじゃない。珍しくできた同年代(多分)の普通(多分)の子。いつもライブラでは守られてる存在の僕が、先生なんて呼ばれて頼られるからちょっと浮かれて頑張らなきゃって思ってるだけだ。
*:;;;:*:;;;:*
(・・・・・・なーんで連絡先交換しちゃったかな・・・)
我に返った時にはレオナルドさんの手元に私の英語のテキストがあって、絶賛採点中だった。パスタの味は覚えているのに会話内容がまるで思い出せない。他愛もない中身もない軽い内容だったのだろう。
・・・・・・浮かれてたことは認めようと思う。思うというか完全に浮かれてた。レオナルドさんに話した内容に嘘偽りはなく、連絡先を交換することは好きだったのだと身体は覚えていた。この街に来て初めての友達とのトークルームが嬉しくて口元が緩んでいたのも認める。認めるけど。
(マスターになんて説明しよう・・・)
義耳に仕込んであるメモリーでの定例報告はまもなくの日取りだ。もちろんさっきまでの浮かれた会話は全て録音されており、隠すことはほぼ不可能である。メモリーを改ざん・編集することも可能だが、そこだけ不自然に音が途切れたり消えたりするのでまず難しいだろう。
図書館でのメイルとの会話や先日のユグドラシアド中央駅での音声は、カットして報告しなくても分からないだろうが、レオナルドさんとのランチはマスターの知るところだ。下手にいじると何か言われるのは目に見えている。
なんて説明するもクソもない、ありのままを伝えるしかないのだが・・・それをすんなり受け入れられるなら頭は抱えないわけで。思わずため息がもれた。
「そんなに心配しなくてもよく出来てるよ?」
「え?あ、そう・・・?よかったです・・・・・・」
はい、と返されたテキストは確かによく出来ていた。わずかに間違えてた箇所は、単語の意味がわからず文章全体の意図を読み取れなかったところだった。
「この表現は喋りじゃあんまりしないからなぁ。こういう堅苦しい文面だからこその表現って感じ?だからあんまり気にしなくていいよ。ちさとちゃん、もう辞書引けるんだし、数重ねていけば読めるようになるなる」
「はーい」
そこからしばしの沈黙。テキストに関する事務的な会話を終えてしまった今お互いに口を開けずにいれば、静寂を破ったのはレオナルドさんのスマホだった。
ちょっとゴメン、と席を立つ彼の背中を見送って、残されたソニックと喋る。
「・・・君のご主人はいそがしそうだね」
「キ?キキっ、キィ」
「うん、私も楽しかった、ありがとうね。でも、私がソニックとお話できるのは内緒だよ」
「ウキャッ?」
「どうしても、です」
スマホをポケットにしまい帰ってきたレオナルドさんは、もう行かないとと頭をかいた。うん知ってる、聞こえました。
「それじゃあ、その・・・引越し気をつけてね」
「はい、ありがとうございます」
「な、何かあったら、連絡していいから!頼りないかもしれないけど!」
「あはは、頼りにしてますよ」
「それから、えっと、ちさとちゃん、」
「レオナルドさん、」
必死に言葉を探しているレオナルドさんの心の声は、音であふれてめちゃくちゃだ。何を言うべきなのか悩んで迷って混乱している様が飛び込んでくる。
必死に言葉を探すのはこの瞬間が惜しいから、迷っているのは別れの言葉を言いたくないから、悩んでいるのはそれでもこの場を急いで去らなければいけないから。全部、聞こえてるから、わかってますよ。
「大丈夫です。これで永遠の別れってわけじゃないんですから。また、ご飯食べましょう」
「・・・ちさとちゃん」
「今までありがとうございました。さようなら」
レオナルドさんが立ち去れないなら私から。ベンチから腰を上げ、頭を下げる。言い淀んだら私の思いも踏みとどまってしまいそうで、彼に言葉を挟ませないように口を動かした。
ライブラと懇意になるのは危険だってわかってる。レオナルドさんの後ろにはあの副官がいることもわかってる。だから縁を切る。決めたのは私。それが私のためでありマスターのためになる。
「・・・またね!ちさとちゃん!」
背中に聞こえたレオナルドさんの声に振り返ることはしなかった。代わりに真っ直ぐ、ただひたすらに図書館へと続く道をしっかりと踏みしめた。午前中に見た無駄に広い建造物は変わらずそこに佇んでいて、なぜだか少しだけほっとした。
一歩足を踏み入れれば、受付カウンターで相変わらず業務をこなすメイルと目が合う。
「あらおかえり」
「・・・ただいま?」
「なんで疑問形なのよ。はい、これ預かってた本ね。もう少し読んでいくんでしょう」
「うん、ありがと」
差し出された本を受け取り、朝と同じ机に向かう。お昼を過ぎて時間が経ったからか、部屋にはまばらながらも人影が見える。それでもまだ余裕があるので、今回も6人掛けの大きい机を独り占めで辞書を積み上げた。
読めてなかった最後の一冊、付箋に指を入れてページを開けば目の前を占めるのは義眼の文字。さらりと読むぶんには前の3冊と変わらない内容に思えた。
ただ1つ、見たことの無い単語として“神々の義肢”という文字があった。神々の義眼とは神々の義肢シリーズの中の1つである、とポツリと書いてあっただけだが、十分だ。次はこれをきっかけに調べようと思いつつ机上を片付けカウンターへ向かった。
「・・・あら、読み終わったの?戻してくるから頂戴」
「ありがとう、おかげで助かった。こっちの昔話だけ借りて行くね」
「ええ、いいわよ。・・・・・・」
貸し出し手続きをしながらも、何か言いたげなメイルはじっとりとちさとを見つめる。
「なに?」
「いや・・・次は神々の義肢について書いてある本を教えてくれって言うのかと思って」
「えっ何でわかるの」
「司書の勘」
さすが活字に取り憑かれた名物司書。特に反論することもないので曖昧に笑って返しておく。いつも不定期に来ていることもあり、次の約束もせずに図書館を出た。1冊借りてるので2週間以内に訪れる予定ではある。
(さーて、と・・・)
昼間のレオナルドさんとの会話も、さっき図書館で読んだ本の内容も、引きずっている場合ではない。今夜中にはマスターに提出する“定例報告”のデータをまとめなければならない。寄り道もせずにさっさと自宅のドアをくぐってリビングのローテーブルに荷物を投げた。お気に入りの紅茶を淹れて、周囲に不審な音がしない事を確認してから、自身の右耳にシルバーのピアスをはめた。頭皮に近い、云わば義耳の設置部分近くにピアス穴が空いており、それはシンプルなピアスに似せたデータチップの接続箇所で、仮に見えたところで不自然ではないようにマスターが用意したものである。
(・・・義耳に付ける時点で誰かに見られちゃアウトだから、デザインなんてどうでもいいのにねぇ)
このデータチップに前回の報告以降の音声をコピーして渡すのが“定例報告”である。コピーする基準は特になく、「ちさとの気になった音を入れてくれたらいい」と最初に言われた通り、私基準で気になったり面白そうな音を入れて渡している。後は時々でマスターに要望をもらったらそれについてまとめたり、ヘルサレムズ・ロットを賑わせてる事件について特集を組んでみたり、割と自由である。
(えーっと、図書館の音は全部削除して・・・レオナルドさんとのランチは入れて・・・・・・、中央駅も切るでしょ、・・・それくらい?)
データチップの編集は、PCでの動画編集作業に感覚が似ている(と勝手に思っている)。切って貼って矛盾の無いようにつなぐ。時系列を崩さないのは原則として、音のみの編集なので単語レベルで切り貼りするのは至難の業である。どんなに頑張っても背景の雑音の矛盾は消えないので、どうしても“誤魔化した”感が強くなるからだ。だから私の編集は細かいことはせず、いつも大雑把に切り貼りしているだけのものになる。幸いそれで苦情を言われたことはないので問題はない。
2〜3時間ほど集中して行うため、編集作業は静かな落ち着いた環境でしか出来ないのが難点だ。周囲への注意が薄れるため、この作業中の情報収集はほぼ出来ないと言っても過言ではなく、おかげで、赤ずきんの活動時間である夜には絶対にしない事が決まりになっていた。
(んー、こんなもんかなぁ・・・)
ふと時計を見やれば2時間半がすぎていた。手元に残る冷めきった紅茶を飲み干す。
そういえば、定例報告の次の日にスターフェイズがホームパーティをするってどこかで聴いたな。随分前にしたお願いが陽の目を見る時が来そうだ。・・・陽の目って、まあ、夜なんだけど。
2019.04.25.
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