お願い4
「・・・・・・というわけで、今回も特に大きな変化はないです。街外れのバスベール爺さんが下手な情報売ってまた右腕取られたくらいですかね?」
―――あのじじいも懲りないもんだな。
「どーせ生えてくるからいいんだとかボヤいてましたけど」
―――あの手の呪術は限界があるからな。そのうち片腕になるだろう。
「それはそれで情報屋としては商売敵が減るからいいんですが・・・。あ、それでこれが今回の定例報告です。追加情報は特にありませんが・・・あの、マスター、」
―――どうした?
「申し訳ありません、レオナルド・ウォッチと連絡先を交換してしまいました・・・」
―――・・・・・・ほう。
「会話の流れ上断れなくて仕方なく・・・申し訳ありません。こ、こちらから連絡を取るようなことはしませんし、向こうから来ても無視しますので・・・」
―――・・・交換してしまったものは仕方ない。怪しまれない程度に返事はした方がいいだろう。急に連絡が取れなくなったりしたら、今度は赤ずきんではなく矢神ちさとの方にスターフェイズが乗り込んでくるぞ。
「あー・・・あの時はありがとうございました。まさかスターフェイズにあそこまで追いやられるとは想定外でして・・・助かりました」
―――いや、間に合ってなによりだったよ。とにかく、レオナルドという少年とはこれからも交流を。ただし、彼含めライブラの連中と顔を合わせるのは避けること。
「あの、それなんですがマスター・・・」
―――ん?
「前に言った“お願い”は、 出来上がってますか?」
*:;;;:*:;;;:*
今夜は黒を表にマントと狼の面を身にまとい、今夜も赤ずきんとして闇を駆ける。いつもと違うのはそれらの仮面の下であった。いつもより濃いめの化粧を施し、赤ずきんでは絶対に着ることのない品のいい淡い向日葵色のフリルブラウスはマントに隠して絶対に見えないように支度済み。黒のショートパンツにいつものブーツをはいてしまえば、傍目にはただの赤ずきんにしか見えまい。
傍目とはもちろん、ずっと後ろから監視しているどこかの誰かさんが抱えている部下のことを指している。
(さーて、どうしよっかねぇ)
この後の段取りは既にマスターと打ち合わせ済み。あとは私の合図1つで全てが進むわけだけど、その合図を出すに相応しいきっかけが転がっていない。
何か無いものかと明るい街並みへ耳を向けるが、これといってちょうどいい音もなく。とはいえこれ以上遠くに行くと、ホームパーティを開いている彼の部屋の音が拾える範囲から逸脱してしまう。今のところ楽しそうに客を出迎えてる様だが、果たしてこの後どうなることやら。
ふらふらと当てもなく路地裏や廃屋を渡り歩く私へ、絶え間なく注がれる視線。正確には視線の持ち主である奴の声が浴びせられてるわけだけど。《何がしたいんだ》《動かないのか》《どこへ行く》・・・以下、似たような呟きばかり。確かにこの声の持ち主は優秀なようで足音や気配を殺すことに長けているが、生きている上で“無音”であることは不可能である。心の声を押し殺すことに成功できたとしても、心臓の音、呼吸音、僅かな動きで生じる風切り音を止めることは絶対にできない。故に、どれだけ諜報に長けた人物だろうとこの耳に気付かれないことは不可能に近いのだ。
(多分、1番諜報に優れた人をこっちにやってんだろうな・・・気付いてないフリも大変)
尾行に気付いたことを気付かれると、この後の段取りに支障が出る。幸いこれ以上近付こうとはしてこないので、こちらも気付いてないふりで素知らぬ顔をしておく。
「・・・・・・ん?」
さっきとは違う方向へ耳を向けると、聞き馴染みのあるレオナルドさんの声を拾えた。どうやらとあるバーでチンピラに絡まれて・・・いや、絡みにいってるらしい。きっかけとしてはこれ以上ない案件だ。彼には悪いが、これは使える。
マントの中で通信機のスイッチを入れ、屋上から飛び降りながら囁く。
「マスター、後はよろしくお願いします」
『わかった』
地上に降り立った勢いでそのまま目の前の廃ビルの3階へ飛び上がる。開いてる窓から静かに入り込んで、狼の面とマントを脱ぎ捨てた。マントの代わりに、隠していたキャスケット帽を被り義耳を隠す。そのまま自身の音を消し、今度は窓ではなく普通に階段から地上を目指した。ビル内から耳をそばだてるが、監視の人物の音に不信や疑惑は感じられないし、遠くホームパーティの音も楽しそうで異常はない。そっとビルから出て表通りを目指す。これで後ろのことは気にしなくて大丈夫だろう。
途中で拾ったバイクも、マスターに頼んでいた“お願い”の1つだ。乗り方はマスターに教えてもらったので問題ない。その好意をそのまま押して表通りに出て、レオナルドさんの声が聞こえたバーを目指した。仮面とマントを捨てたおかげで、その下に隠していた化粧と明るいブラウスが夜の街に自然と溶け込んでくれている。
義耳を使わなくとも喧騒が聞こえるほど近くまで来たとき、凄い勢いと音で人が文字通り飛び出してきた。それがレオナルドさんだとわかった途端、バイクを投げ捨てて駆け出す。だが、私が追い付くよりも先にチンピラがスタンガンを押し付ける方が早い。思わず声が出た。
「レオナルドさん!!」
「おーおー彼女か?ふん、楽しくオママゴトでもしてな。千年の覇権を占う都市が聞いて呆れるぜ。二度と顔見せるんじゃねえぞ、次は見逃さねえからな?」
うつ伏せに倒れ込んだレオナルドさんを起こそうと身体に触ると、そこでようやく私がいることに気付いたらしい。
「・・・ちさと、ちゃん?」
「大丈夫・・・じゃないですよね・・・。痛いところあります?起きれますか?」
「なんでこんなところに・・・?」
その質問はスルーして、ゆっくりと彼を起こしてやる。まだ痺れているのかぼんやりとしているレオナルドさんを支えつつ、そっとバーの中を聴き込む。するとさっきまでいなかったチェインの声が響いてきた。
「・・・・・・大丈夫」
「・・・え?」
「バーの中は、大丈夫です。だから早くここから離れましょう。あのチンピラにまた見つかるのは面倒です」
「大丈夫ってあの、僕、財布取られてるんだけど・・・・・・」
「立てますか?」
「あ、ハイ。いや、あの・・・えぇ?」
立ち上がる手助けをして、ゆっくりとバーを後にする。レオナルドさんはしきりに背後を気にしていたけど、チェインが飲み比べをふっかけているから財布は返ってくるはずだ。人狼局の人間は総じて馬鹿みたいに酒に強い。ましてやこの街のアルコールを飲みなれてない相手なんて敵にすらなるまい。
だがそんなことは全く知らない隣の彼は、相当に凹んでいるのか痛みに何も考えたくないのか、黙って私に連れられるがままに歩いている。それを良い事に、背中を支える手はそのまま遠くの音を拾う。
(さてパーティの様子は・・・・・・あれ、静かだ。・・・スターフェイズはいない)
時を遡ってスターフェイズの部屋の音を聴きなおすと、生体兵器がバレた彼の友人達が氷漬けになる瞬間があった。そのまま私設部隊に後片付けを任せ、彼本人は部屋を出ている。そのままメモリーに記録された音を拾って追いかけようと思ったが、それより早く道路に倒れた自分のバイクにたどり着いてしまった。スターフェイズを追いかけるのは一旦止めて、レオナルドさんに手伝ってもらいバイクを起こす。
「ありがとうございます」
「ううん、こちらこそ・・・なんかカッコ悪いとこ見せちゃってゴメンね・・・」
「そんなこと・・・それよりレオナルドさん大丈夫ですか?良かったら送っていきましょうか」
「ううん、自分のがあるから大丈夫」
ただちょっと遠くにあるから、とレオナルドさんの先導に大人しくバイクを連れて着いていく。
沈黙の中、聞こえる彼の声は戸惑いを隠せていない。《どうしてこんなところに?》とは、まあ、至極当然の疑問である。この前さよならを交わしたばかりでもう顔を合わせてしまった。それもレオナルドさんからすれば最悪なタイミングに、だ。どうしたものかと頭をひねっていると、正面から泣き顔の色黒男がとんでもないスピードで近付いて来た。ザップ・レンフロだった。
「レオ!!レオナルド様!」
「どうしたんすかザップさん」
「猫!!猫探してくれ!!その何でもお見通しウフウフ神様の眼で・・・!!」
「何ですかどんな猫ですか事情を説明して下さいよ」
・・・何だかいろんな意味で聞いてはいけない会話が始まったのでそっとレオナルドさんの背後で空気になっていると、殴り合いの途中でザップがこちらに気付いた。目が合ったと思った瞬間、素早い動きでバイクのハンドルを固定された。逃げられない。
「おおおお前!!この前レオの病室で会った女だな!!」
「はあ・・・」
「頼む!猫!!猫見なかったか!?何でもいいから猫だ!異界じゃなくて人界の!猫!!」
「いや、わかんないです・・・」
ばっさりと切り捨てると、バイクの前輪横に崩れ落ちた。こんな混沌とした街で、ただの小さな猫1匹を見つけるのは普通に考えて不可能に近い。というか不可能だ。その現実を受け入れられない彼は、私のバイクの足元に巨大な水たまりを作り出している。大の大人がそこまで泣くかと少し引く。
その光景を見ていたレオナルドさんは、少し大げさにため息を吐いて顔をあげた。
「ちょっと俺、自分のランブレッタ取ってくるから。すぐそこまで来てるし」
「うん」
「その間だけその人のこと見ててくれる?すぐ戻るから」
すぐそこの角を曲がって彼の姿が見えなくなると、私は急いでスターフェイズの居場所を探した。自宅にいないことはさっき確認したが、その後の足取りが掴めない。記録された音声に検索をかけて探し出すには、この状況ではいささか集中力に欠けて危険だ。音の探索範囲を広げてもいいが、宛てもなく全範囲で探すよりは多少なりともヒントが欲しい。どうしようかと考えた時、通信機のスイッチが入った。声はなく、ノックの音が3回響く。マスターからの“完了”の合図だ。
(了解、と・・・)
こちらも同じく3回通信機を叩いて返した。このタイミングでの完了はこちらにとっては好都合だ。さっきまで路地裏で私のことを尾行していた音を辿ってみれば、ここからそんなに遠くないビルの屋上で動きが止まる。音の響きが少なく、風が抜ける様子が大きく聞こえる。開けた場所のようで、ビルから見下ろせるであろう箇所に当たりをつけて聴いてみれば、案の定スターフェイズがいた。ここからならそう遠くない。レオナルドさんを上手く誘導して何とかそちらへ向かわねば、マスターへのお願いが無駄になる。
2019.10.20.
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