お願い5


ほんの少し、どこで狂ったか分からない歯車のせいで、スティーブンは自宅に帰ることも出来ず、欄干に体重を預けて煙草をふかしていた。今頃部下達が友人だった者達を片付けている頃だろう。それとは別に、街で調査中の部下はどうしているのだろうか。
そうして何を考えるわけでもなくただ何となく物思いにふけっていると、背後に車が止まった。かけられた声は数時間前に帰した異界人の家政婦で、後部座席からは彼女の子供が出てくる。

「息子のガミエルと娘のエミリーダです。ほらちゃんと挨拶なさい」
「・・・こんちはぁ」

抱えている猫について聞けば、先程拾ったのだと言う。かわいいね、なんて和やかな空気を楽しんでいれば、近づいてくるランブレッタの音と聞き覚えのある男の声に顔を上げざるを得なくなった。確認なんぞしなくてもわかる。ザップだ。

「お、おおおおおお俺のミザリアちゃーーーん!!」
「違うでしょ!ザップさんのじゃないでしょ!」
「え!猫ちゃんいたんですか!?」

ただし、実際に顔を上げて見えたのはザップだけではなかった。ザップを乗せたランブレッタのハンドルを握るのは少年で、その後ろにくっ付いているバイクからは女の声が聞こえてくる。女の声に何やら聞き覚えがあるなと眉をひそめていると、その隙にヴェデッドの車に連なるように2台の二輪車が停められた。かと思えばすかさずザップが飛び降りて──むしろ滑り落ちるように──ヴェデッドの子供の前・・・いや、猫の前にひざまずいた。

「おおおん!俺のミザリアちゃん!!こんなところにいいいいん」
「ちょっとザップさん!落ち着いてくださいこの子が引いちゃってるでしょ!!」

ザップを止めようと間髪入れず飛び出したレオナルドの努力虚しく、残念ながら子供はドン引きだ。
うわあ・・・と同じくドン引きの声へと顔を向ければ、バイクから降りた女がヘルメットを外すことも忘れ呆然としているところだった。ばちりと目が合って相手が会釈をする。

「お久しぶりです、スターフェイズさん」
「あぁ君か。・・・これは何の集まりかな?」
「いやぁそれがですね・・・・・・」

あの公園以来の再会である矢神ちさと曰く、飲食店が建ち並ぶ通りで“偶然”“たまたま”レオナルドと出会い、その後猫探しに絶望していたザップと合流したと言う。ザップのくだりを話す彼女の目には色々と含みが垣間見えたが突っ込むのは辞めておいた。代わりに深いため息と謝罪の言葉を口にする。

「・・・・・・うちの部下が迷惑かけたね」
「いえいえ。なんて言うか、その・・・大変なんですね」
「そうなんだよ」

目の前で猫にすり寄る男とそれを止めようと必死な少年。思わず頭を抱えたくなったのは言うまでもない。
やがてザップは子供と話をつけたのか猫を譲ってもらい、そのままジャケットの中に突っ込んだかと思いきやこちらへ一目散に走ってきた。正確にはこちらではなく少年のランブレッタを視界に入れているようだ。そのまま流れるようにランブレッタへとまたがった彼は、いつの間にか鍵を拝借していたらしく、エンジンをかけ雄叫びをあげながら走り去る。

「っよっしゃー!これで助かる!!」
「ちょっ!?ザップさんなんで鍵持ってるんすか!?いつの間に!?」
「待ってろトレイシー!助かれ俺のマグナム!!」
「人の話を聞け!待て待てまてまて!!」

レオナルドの叫び虚しく、ランブレッタはすでにはるか向こうである。残され唖然としている持ち主に、ヴェデッドの娘のエミリーダが「大丈夫?」と声をかけていた。優しい子だ。もちろん大丈夫なわけがない。
事態に置いてけぼりをくらっている矢神さんをとりあえずそのままに、ヴェデッドには帰宅を促した。このままここにいても何も始まらないし、彼女は子供を連れている。早く帰るに越したことはないだろう。

「もう夜も遅いし、ここは大丈夫だから」
「・・・ではお言葉に甘えますわ、旦那様。明日また9時に伺います」
「ああ、おやすみ」
「おやすみなさいませ」

ほら、と最初のように挨拶を促された子供達から丁寧に挨拶を受け、可愛らしい車は橋の上を去って行った。
そこでようやく我に返ったらしいレオナルドは、これからの帰路を徒歩で行かねばならない事にため息をついていた。

「あの先輩マジで地獄に落ちねェかな・・・」
「・・・本当に送りましょうか、乗ります?」
「いやぁ、うーん・・・・・・」

会話から察するに、僕と会う前にも同じようなやり取りがあったらしい。スティーブンとしてはここで2人を開放してもいいが、やはり矢神達が“偶然”再会したことがどうしても引っかかる。

「・・・・・・」

考え過ぎと言われればもちろんそれまでだ。レオナルドからの報告で、彼女とのランチはついこの前で終わったことは聞いていた。それから時間も空かずの再会・・・もしも偶然ではなく意図的だとしたら?これ以上怪しい事はないだろうが、意図的だとしてそれにしても時間が空かなすぎる。あまりにも早すぎて偶然を装うにはお粗末だ。
さてどうしたものかと思案していると、ポケットの携帯が振動した。ディスプレイには部下の名前がある。顔を上げて近くのビルの屋上を探せば、確かに人影が確認できた。

「レオ、ちょっと電話してくるから待っててくれないか」

未だに送っていく・いかない論を繰り広げてる2人を尻目に、会話が聞き取れない程度に離れてからコールボタンを押した。

「ウィ、スティーブン」
『“赤ずきん”が現われました』

受話器の向こうでは開口一番に結果から報告された。
スティーブンの電話の相手は、夜の街で赤ずきんを見つけろと命を下した部下だった。先日初めて赤ずきんと接触して以来毎晩部下に夜の街を見張らせているが、昨日まで結果としては芳しくなかった。それはもちろん“都市伝説”などと呼ばれている存在にそうそう会えるはずはないし、スティーブンも長期戦を考慮に入れての命令だったのだが。

「・・・存外早く見つかったもんだな」
『えぇ、驚きました』
「それで、赤ずきんの動向は?」

彼が部下に下した命令は2つ。1つは『赤ずきんを見つけること』。もう1つは『接触せず、観察すること』。
自らのあの邂逅は、失敗ではなかったが成功と言えるものでもなかった。そこで諜報に長けた部下をやり、赤ずきんの普段の様子を調べようと動いたのだ。

『裏路地や廃ビルなどの人気の少ない場所を選んで徘徊してるようです。地上からビルの屋上へ飛び上がったり、建物の間を飛び移る脚力は、普通の人間ではないでしょう。相応の能力を持つ異界人か、何か道具を用いているのか・・・』
「なるほど」

続けられた報告をまとめるとこうだ。
赤ずきんがいるのはおおかた人気のない場所だが、たまに人通りの多いブロックの上や近くまで移動して、じっと往来を見つめる仕草をしたという。おそらく、取引をするに相応しい客を探していたのだろう。かと思えば、その一帯で1番高い鉄塔の上にただぼんやりと立ち尽くすこともあったらしい。その出で立ちは過去の目撃証言とは異なり、黒いマントに身を包んでいたという。先日追い詰めた時も最初は黒いマントだった事を思い出し、客と顔を合わせるまでは夜に紛れる色を身につけているのだろうと考えついた。

『・・・ただ、今夜は誰とも取引を行うことなく、10分程前に姿を消しました』
「・・・・・・消した?」
『いえ、正確には逃げられました。大通りの上を飛び越えて向かいのブロックへ移動された為あとを追えず』
「・・・」
『追いかけても良かったのですが、逃げる前にやたらとこちらを気にかけてるように見えたので、万が一気付かれていては・・・と』
「いや、君の判断は正しいよ。ありがとう、この件はこれでおしまいだ。手を引いていい」

向こうの返事を聞いてから電話を切り、待たせていたレオナルドの元へと踵を返す。そこにはまだ矢神ちさとの姿があった。バイクに跨っているところを見るに、今まさに帰ろうとしていたのだろう。

「本っ当に送らなくていいですか?」
「本っっ当に大丈夫だから、ちさとちゃんは早く帰って」

この期に及んでまだその話題か、とスティーブンは気づかれないように息を吐いた。

「ここは男の顔を立てると思って、矢神さんは気にせず帰るといいよ」
「でも・・・」
「少年は僕が送っていく。君は何も心配せずに帰るといい。バイクじゃあ僕が送っていくことも出来ないし、何にせよ矢神さんは自宅を知られたくはないだろう?」

前回の自衛の話を暗に切り出せば、次ぐ言葉が無くなったのか眉根を寄せられた。じゃあ・・・と渋々シールドを下げてエンジンを吹かす。

「今日は会えて嬉しかったです。帰り着いたら連絡してくださいね?」
「それはこっちの台詞。またね、ちさとちゃん」
「矢神さん、気をつけて」

ぺこ、と会釈をしてバイクは橋の向こう側へと消えていった。そういえば、彼女はとうとうヘルメットを取らなかったなと意味もなく振り返った。彼女の場合はジェットヘルメットといって、透明な風避けのシールド部分を上げてしまえば眉から顎までが晒される開放感のあるヘルメットだったから、違和感はなかったわけだけど。乱れる髪型を見せたくなかったのかもしれない。女性の心はたまにわからないからなと、スティーブンは1人頷くことにした。
レオに家の方向を聞くと、こっちですと指をさされてそのまま歩く。言った手前、送らないわけにはいかないだろう。

「ところでレオ、矢神さんとはどれくらい前から一緒に?」
「え?えーっと・・・20〜30分前くらいですかね・・・」
「レオに会う前はどこにいたとか聞いたかい?」
「いや、聞いてないっス。・・・・・・俺が店から出たところで偶然会ったんで、よくわかんないっすけど」
「そうか・・・」

30分前からレオナルドと会っているなら、10分前まで活動していた赤ずきんと矢神ちさとは別人だろう。赤ずきんの候補が1人消えたわけだが、あの非力な日本人が(多少頭は回るようだが)都市伝説なわけがない。考えるだけ時間の無駄だと、そこで思考を止めた。さっさと少年を送ってさっさと寝よう。もう自宅は片付いているはずだ。



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一方、自宅へ帰りついたちさとは、真っ先にマスターへと連絡を取っていた。通信機のスイッチを入れると、ものの数秒で声が入る。

『おかえりちさと。どうだった?』
「ありがとうございましたマスター。聴き及ぶ限り、私への疑いは晴れたようです」
『それは何より』

今夜の企み――全てはちさとの“お願い”――は、成功のうちに終わった。
今夜、路地裏からレオナルドを見つけた後にマスターへ連絡を入れた所が始まりだ。その後、決めていた廃ビルの3階へと飛び込むと、私そっくりの人形が立っていた。もちろんただの人形ではなく、ちさとの“お願い”により、マスターの命令に従って忠実に動く人形だ。「よろしくね」と面とマントを渡せば、こちらを見てしっかりと頷き、私の代わりにそれらを身にまとって外へと飛び出していった。尾行の意識がそっちへ向いていることを確認して、私は階段を使い地上へ降り、表通りへと足を運ぶ・・・・・・これが今回のカラクリだ。

「スターフェイズの部下は、確かにマスターの人形を私だと思っていたようです。おかげでレオナルドさんと接触して私のアリバイを作ることが出来ました」
『ああ、スターフェイズの部下と一緒に彼の前に現われたのはポイントが高いな。実際に目の当たりにして部下の言葉を聞けば、彼も今回のことは勘違いしてくれるだろう』
「レオナルドさんと会えたのはラッキーでしたね。さすがにそこまでは私も意図してなかったので」

確かに、今回レオナルドさんに会えたのは偶然だった。本来の計画なら、人形と入れ替わったあと表通りで適当な人間と接触し、そのまま近くにいるであろうスターフェイズと“偶然”出会うつもりだった。今夜彼の家でパーティが行われることは調査済みで、尚且つ、そこに呼ばれる客達が生体兵器を仕込んでいることも把握済み。事が上手くいけば、客を始末した後に家から出てくるところまでは読めていたのだ。私に尾行をつけていることも知っていたので、運任せだったのはスターフェイズが家を出てどこへ向かうかと、その場所へ誰を連れて現われるかだけだった。
結果として運は最強だった。これ以上ない布陣で、かの副官を欺き通すことができたのだから。

『これで矢神ちさとと赤ずきんを繋ぐものはなくなった・・・そう考えて相違ないな』
「はい、マスター。まず間違いなく」
『ライブラの脅威はひとまず去った。レオナルドとの連絡は今まで通り、適度に頼む』
「ええ、お任せください」

では、と通信機を切った。
1つ大きく息を吐いて、メッセージアプリを立ち上げる。

――帰り着きました。レオナルドさんはどうですか?

すぐには返事が来ず、15分後に携帯が鳴った。

―――今帰ったよ!無事に帰れたみたいでよかった。おやすみ。
――そちらこそ無事でよかったです。おやすみなさい。

返事を打ち終えたちさとの顔がほころんでいるのを知っているのは、彼女の携帯カメラだけである。



2019.11.07.

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