赤ずきんちゃんの恩返し
ハロー、ミシェーラ。元気かい?この街は相変わらず理解不不能で想像の追いつかない事ばかりが起きる。兄ちゃんは今まさにそんな理解不能で想像の追いつかない事の当事者にされているところで、一応無事だ。まだ。
「わ、わわ、わ、わ、わわわ」
つい一瞬前までザップさんの運転するランブレッタの後ろに乗っていたはずなのに、今やよくわからない大きな車両の外壁と化している。このままでは吹っ飛ばされてこの街の瓦礫の一部になってしまう。必死になって(それはもう文字通り死ぬ気で)車両にしがみつき、よくわからないなりにもゴスロリの女の子の写真を撮影しザップさんへ電話をしたところで、ろくな返事が返ってこない。あの先輩、生きて帰ったらマジで覚えてろよ。
『おおい犬女ァ、呪いの画像まで届いたぞォェ。見たら死ぬのか死ぬんじゃねえのかこれェェ』
「ちょっともういい加減にしてくださいよザップさん!こっちは何か危なそうなのに見付からない様にするので必死なんですよ!?」
ふと頭上からの影に恐る恐る顔を上げれば、さっき撮影したゴスロリの女の子に見下ろされていた。
「あ」
ハロー、ミシェーラ。兄ちゃんここまでかも。
*:;;;:*:;;;:*
あっという間にゴテゴテの十字架に縛り付けられ、コックピットと思わしき場所へと引っ張ってこられた。・・・この十字架どこから出したんだろう。
そしてそこには先客がいた。
「おかえり、アリギュラ」
「リトル・レッドの言う通りだったわ〜。こいつ、トラックの外壁にくっついてたわよ〜」
「・・・どうでもいいけど、その“リトル・レッド”ってやめてくれない?リトルって、なんだか子供扱いされてるみたいでむず痒いのよね」
「いいじゃな〜い。アンタなんて子供よコ・ド・モ〜」
それに“リトル・レッド”っていうのはアタシが名付けたんだしね〜、と上機嫌に笑う女の子の前には、赤いマントに狼のマスクをつけた人物がいた。初めて会うが間違いない、情報屋“赤ずきん”だ。
「お、お前が・・・赤ずきん・・・!?」
「あら、私の事を知ってるのね。ありがとう、嬉しいわ」
ふふふ、と鈴が転がるような笑い声とは裏腹に、無表情の狼のマスクがこちらを向く。そのアンバランス加減が不気味で、更にマントで体つきはわからないと来れば、確かにこの情報屋が正体不明である理由がわかる気がした。出没時刻はいつも決まって夜だ。昼間の明るい時間ですら不気味なのに、これに夜出会った日には情報が不確かでも納得である。
「・・・なんでこんな明るい時間に赤ずきんが・・・・・・」
「アリギュラとは友達なの。別に情報屋の仕事をしに来たわけではないから。・・・あなたが来なければ、この格好もしてないわよ」
「はぁ・・・」
何やら言い訳がましく聞こえなくもないが、要は情報屋・赤ずきんにもプライベートがあるのだと言いたいらしい。よくも邪魔してくれたなと言外に聞こえなくもないが、知らないフリをしておこう。うん。
「ちょっと〜アンタたち五月蝿いわよ〜」
「ごめんアリギュラ」
こちらを見ずに文句を言う仮面の女の子に、軽い調子で返す狼マスクの少女。どうやら2人が親しい仲だというのは嘘ではないらしい。ちらと赤ずきんに視線をやれば歩み寄られて、生きて帰りたいなら静かにしてた方がいいわよ、と一言。マスクさえなければ、にっこりいい笑顔をしているんだろうなとわかる楽しそうな声音だった。
そのまま黙って縛られていると、外の様子が音で伝わってくる。僕が捕まる前からそうであるように、このモンスタートラックは今もなお周囲の車を巻き込んで前進しているのだ。巻き込む度に少しずつ大きくなってどこかへ向かっている。一体どこに?
「見つ・・・けた〜〜〜!!」
「いた!?ブローディ&ハマー!!」
突如叫んだアリギュラと赤ずきんにつられ、僕も思わず外を視る。そこには見慣れた車と人影がある。いや、正確には1人見知らぬ男の人がいるが、あの巨体は見間違いようがない。
「クラウスさ・・・・・・ん・・・!?」
思わず出た僕の言葉に、アリギュラは勢いよくこちらを振り返り赤ずきんはゆっくりと視線だけをよこした。でも2人とも何かを言うわけではなく、再びこちらへ後頭部をさらす。アリギュラはそのまま前方を食い入るように見つめているが、赤ずきんはそっと後ろ向きに歩いて僕の横で止まった。首を傾げていると囁き声が届いた。赤ずきんとは少し距離があるからそんなわけないのに、まるで耳元に口を寄せて話されているような、そんな不思議な聞こえ方だった。
「踏ん張った方がいいわよ」
「え・・・!?」
「・・・って、その格好じゃ無理ね。心の準備だけしておくといいわ、今から衝撃が来るから」
舌を噛まないように、と赤ずきんが言い切った瞬間、とてつもない衝撃が車内を襲う。不気味な駆動音が止んだところをみるに、今の衝撃でこのモンスタートラックの動きが鈍ったらしい。アリギュラがコックピットのレバーやボタンでちゃかちゃか復旧作業をしている様子を眺めていると、赤ずきんから大丈夫かと問われた。今度は普通の距離感で聞こえる声だった。
「な、なんで衝撃が来るってわかったんだ・・・?」
「・・・・・・、アリギュラが探してる人物はちょっと訳ありで、ライブラが抱き込んでるのよ。あの秘密結社のリーダーが手の内にある仲間の身柄をそう易々と差し出すとは思えないし、何か実力行使をしてくるだろうと思っただけよ。事実、さっき近くに姿が見えたしね」
「なるほど・・・・・・」
「これくらい、ちょっと考えればわかるわよ。・・・レオナルド・ウォッチくん?」
「・・・!!」
最後に呼ばれた名前だけが、また耳元で囁かれる感覚だった。距離は相変わらずで、相手の顔を正面から捉えつつも真横から声が聞こえるのは何とも気味の悪い不可思議な体験だ。
「な、な・・・なんで・・・!?」
「“なんで”とは失礼ね。赤ずきんはなんでも知っている・・・あなたもライブラなら、あの副官に教えられたはずでしょう?」
「!?」
相変わらず鈴のなるような声でコロコロと笑う彼女に、もはや恐怖を感じる。言いようのない寒気が背中を走った。
すると、徐々に車の振動が体に伝わってくる。どうやらアリギュラの復旧作業は終了したようで、またモンスタートラックが動き出したようだ。もういじることはないのか、アリギュラがこちらを向く。仮面越しでもわかるほど、・・・なんというか、不貞腐れてるような声音だ。
「な〜にこそこそ話してんのよ〜?リトル・レッドは今日はアタシの為にここにいるんでしょう〜?」
「まあ、アリギュラに呼ばれて来たからね」
「そうよ〜!リトル・レッドはアタシの話し相手をしてもらうために呼んだんだから〜!アンタの為じゃないの〜!わかった〜〜?」
「はぁ・・・・・・」
僕を指さしてくるが、話しかけてきたのは赤ずきんからだ。どちらかと言うと彼女に言って欲しいのだが、そんなことを言ったところで良いことはなさそうなので黙って頷いておこう。赤ずきんは肩をすくめただけで特に何も言わない。
「ところで〜、アンタさ〜、あの堅物の〜顔のおっかない〜お坊ちゃんと〜知り合い〜?」
「・・・クラウスさんのことかい?」
「そんな名前だったけ〜?」
人差し指で額を抑え斜め上を見上げるアリギュラは、とぼけているのか本気なのか、そちらから問うたくせに興味のなさそうな返答を寄こす。僕は赤ずきんを盗み見るがだんまりを決め込んでいるようだ。僕がライブラに所属していることを知っているくせに、この会話に口出しをする気はないらしい。
「・・・・・・一体何のつもりでこんな事するんだ。目的は何なんだ」
「何のつもりもクソも〜、アタシのものを〜アタシに〜取り返すだけだよ〜」
“アタシのもの”が何を指すのかと思えば男だった。アリギュラ曰く最高の男であるその彼氏は、極悪非道な性格がクールで素敵だが顔がイマイチだったらしい。そんな時理想のイケメンに出会ってしまったそうだ。僕は一体何の話を聞かされているのだろう。理想の性格と理想のルックスが目の前に現われて迷うとかいう恋バナなのだろうか。
「だから〜、混ぜたの〜」
「・・・は?」
何言っちゃってんだこの人。喜々として2人の男性の末路を話すアリギュラの言葉は、もはや悪魔の所業としか言いようがない。
「創りだしたの〜。アタシにふさわしい〜、最高の宝物をね〜!」
まるで新しいおもちゃ手にしたかのような弾む声音に、全身の体温が下がっていくのを感じる。口元でしかわからないこの少女の笑顔が、こんなにも恐ろしく感じることなど後にも先にもこの瞬間だけだろう。
出会ってまだわずかな時間しか経過してないがわかる。この少女は、何が何でも目的を達成するまでこの進軍をやめない。
*:;;;:*:;;;:*
・・・・・・やべえぞ、考えろ・・・!!
車がどんどんデカくなっているのが振動で分かる。視界を支配してすっ転ばしてもすぐ再起動するだろう。何よりこの子がヤバい只もんじゃない。
・・・下手な手を打ってバレたら取り返しが付かないぞ!!
「ふふ・・・っ」
「!」
聞こえたのは隣からの笑い声。アリギュラは前方を見据えて“彼”を探すのに忙しいので、今聞こえたのは赤ずきんの笑い声だ。笑い所ではなかったので、僕は黙って赤ずきんを睨む。
「ふふ・・・ごめんなさい。この世の終わりみたいな顔してたから、つい」
「・・・さっき、どうして僕がライブラだってことを言わなかったんだ?」
「さっき?」
「ほら、あの子がクラウスさんについて尋ねた時・・・」
どうせまともな答えは返ってこないと思いつつ、先ほどから疑問だったことをぶつけてみた。あの時、赤ずきんは僕の正体をアリギュラに伝えることも出来たはずだ。いや、伝えると思ったのだ。この場の3人で言えば赤ずきんはアリギュラ側の立場。僕がライブラの一員であると伝える事にメリットがあるかはさておき、伝えない事への理由が無さすぎる。
「あの時は、黙っていた方が得だと思ったのよ」
「得?」
「取引しましょう、レオナルド・ウォッチ」
ようやく身体ごとこちらを向いた赤ずきんは、真正面から僕を射抜く。変わらず不気味な狼のマスクの下から、見えるはずもない赤ずきんの鋭い眼光が届くようだと思った。
「取引?」
「ええ。・・・・・・外では、ライブラの連中がどうやってモンスタートラックを止めて且つあなたを救出しようかと作戦を立てている。もうすぐ、あの音速猿を使って接触してくると思うわ」
「ソニックが?」
「詳しい作戦までは知らないけれど。・・・私は、それらの接触にすべて見て見ぬふりをする。早い話が、ライブラの作戦に乗っかるってことね」
「ま、待ってくれ!」
あまりの展開の速さについて行けない。赤ずきんはこのモンスタートラックから出ていないどころか、僕の隣から一歩も動いていない。なのに、どうして、たった今外で行われているライブラの作戦なんてものを知っているんだ!?
「待てない。私が、どうして、たった今外で行われているライブラの作戦なんてものを知っているかなんて、考えるだけ時間の無駄よ」
「!?」
先ほどのアリギュラの告白なんて些末な事だと錯覚してしまう程の寒気が走った。一言一句違わず僕の心の叫びを反復されたのだ。気味が悪いなんてもんじゃない。これは恐怖だ。
「あなたがここから脱出するのを見逃す、と言っているのよ。乗らない手はないと思わない?」
「・・・取引というからには、僕にも何か求めているんだろ」
「ええもちろん。ここで私に会った事を、誰にも言わないでほしいの」
「・・・・・・」
「あなたの所のあの副官様?私への並々ならぬ情熱が少し重すぎるのよね。別に墓場まで持って行かなくていいのよ?後日合図を出すまでのしばらくの間、喋らないで欲しいだけ」
簡単だから悪い話じゃないでしょう?と首をかしげる赤ずきん。その取引だとあまりにも僕に優位すぎないか。一生黙っておくならまだしも、後々話していいのなら長い目で見れば僕への要求はあってないようなものじゃないか。どうせいつかはスティーブンさんにバレるってことなんだから。
「・・・それは、君にメリットはあるのか?」
「あら、私の心配?優しいのねレオナルド・ウォッチ。私は君達ライブラの作戦の混乱に乗じて、ここから脱出したいのよ」
「脱出って・・・アリギュラと友達なんだろ・・・?」
「友達なのは否定しないけれど・・・・・・彼女、恋のことになると周りが見えなくなるから。このままだと私の事なんて忘れてどこまでも突撃しそうなのよね。どこかの誰かが“ガキの思考で御業は神”なんて言ってたけど本当にそう・・・嫌いじゃないけれど、直して欲しいところではあるわね」
つまり、このままその“彼”の元へ突き進んで騒ぎの中心になるよりは、ライブラに邪魔された混乱に乗っかって逃げたいということか。確かにそっちの方が角は立たないだろう。
僕は一呼吸だけおいて、今一度狼のマスクを正面からとらえる。
「本当にソニックが来るんだな?」
「来るわ、絶対に」
「・・・・・・わかった。君の言う通り、僕はここから脱出したとして君のことは喋らない。だから、今から・・・その、本当に僕の仲間が助けに来たとして、君はそれを邪魔しないでくれる・・・んだよな?」
「もちろん。取引には誠実に対応するのが、情報屋“赤ずきん”の流儀だから」
赤ずきんはいつでもあなたを見ているわよ、と軽やかに言い放つその姿に、僕は目を逸らさんとしっかり頷いた。この正体不明で謎の多い人物へ底の知れない恐怖を感じることはあっても、不思議とその言葉に嘘偽りは感じられず、無条件に信じてしまいそうになる力があった。
「契約成立ね」
いたずらっぽい声音に思わず唾を飲み込む。果たしてこの取引が吉と出るか凶と出るか。
・・・そういえば、僕の脱出を“見逃す”とは言ったけど“手伝う”とは言わなかったな。・・・・・・大丈夫だろうか。
2020.08.06.
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