恩返し2


レオナルドさんとの取引が成立した直後、室内に1匹の音速猿が侵入した。言うまでもなくソニックだ。ソニックはレオナルドさんの耳に何かを取り付けると、脇目も降らず来た道を一目散に駆け抜けて消えていった。
残されたレオナルドさんには、通信装置のようなイヤホンが取り付けられている。ガリガリと通信を繋ぐ音が漏れ聞こえており、ライブラの作戦が始まるのだろうと思わせた。もちろん、漏れ聞こえてるのは私だから聴こえているわけだが。

(まだ繋がらないのか・・・アリギュラが気づく様子はないけど・・・)

じっと前を見つめるが、見えるのはアリギュラの後頭部だけでこちらを振り返る素振りはない。聴くまでもなくブローディ&ハマーを追いかけることに全勢力を注いでいるのだろう。・・・正直に言うと、きっと今私がこの場から逃げ出してもアリギュラは気付かないし後で怒りもしないと思う。恋に生きる可愛い友人は、目の前に現れた素敵な彼氏の事で頭がいっぱいだからだ。
だから、レオナルドさんへ提示した取引の内容はほとんど嘘になる。“赤ずきん”の事を黙っててもらう為に都合のいい取引内容にしたのだ。確かにレオナルドさんに一生黙っててもらうつもりはないが、かと言って“しばらく”黙っててもらうのもどれくらい“しばらく”なのかは伝えていない。軽率に取引なんてしちゃダメだぞ、と思いつつ、切羽詰まった状況を生み出して目の前の藁に飛びつくように仕向けた私が心配する権利はないなと笑った。もちろん狼のマスクで誰にも見られてない。

『聴こえるかレオナルド』
「!」
「わ!はい!!」

通信機の向こうから、あの食えない副官の声が聞こえる。レオナルドさんが大声で返事をする前に、間一髪で彼の周囲の音を“消した”。今この空間で、レオナルドさんの声を認識できるのは隣に立っている私だけだ。案の定、アリギュラが振り返る様子はない。レオナルドさんは一瞬青ざめたようだが、アリギュラが振り返らないとわかると安堵したように息を吐いた。

『声を出すな、返事は咳払いで。イエスは1回、ノーは2回』
「ゴホッ」
『よし』

レオナルドさんとスターフェイズの会話を盗聴するに、どうやらこのモンスタートラックを破壊して進撃を力ずくで止めるつもりらしい。途中でレオナルドさんが盛大にむせていたけど、スターフェイズが無理やり納得させていた。パワハラだ。
ライブラの作戦を成功させたとして、その後脱出の際に彼らと鉢合わせるわけにはいかない。彼とレオナルドさんが通信を行う電波の音をたどり、スターフェイズの居所を逆探知の要領で探る。・・・・・・いるわいるわライブラの主要人物達。この前の病院で会った人達に加え電撃銃使いのK・Kと豪運のエイブラムスもいる。彼らのことをぐるっと一周聴いてみれば、大体の作戦の流れは読めた。

『開始は40秒後』

ぷつ、と通信の切れる音。涙を流しているレオナルドさんには心の中で合掌をした。

「あの、」
「・・・なあに?」
「踏ん張った方がいいと思います。これからどうなるかわからないので」

やっぱりレオナルドさんは優しい。“赤ずきん”の為にあなたを利用している私とは大違い。

「優しいのね、レオナルド・ウォッチ」
「あなたもさっき教えてくれたでしょう?それに、見逃してくれるお礼です」
「・・・見逃してあげる見返りは、私の事を黙ってくれることよ。これじゃあ貰いすぎてるわ」
「貰いすぎ?」
「気にしないで。あなたはライブラの作戦に集中しなさい」
「あ、ハイ」

レオナルドさんは一息つくと、その青い瞳を開いた。いつか聞いた、あの緻密で繊細な美しい音がする。確かに機械音なのに暖かく感じるのは、その持ち主が彼だからなのか。聞き惚れていると足元が突然揺らいだ。モンスタートラックが急カーブを描いたのだ。私はよろめいたフリをして、端の方に散らばっていた工具の中からニッパーを手に取った。

「アリギュラ!ライブラが!」
「わかってるわよ〜」

今度は大きな衝撃。アリギュラに声をかけつつ再びよろめいたフリでレオナルドさんの背後に回った。こんなことになってもアリギュラは正面から顔を背けない。ライブラの作戦中だとあの子もわかってて前を向いているからもうどうしようもない。この行先に彼がいるのだから、作戦に乗っかるのは彼女的には悪い話でもないのだろう。・・・・・・9:1で悪い話だと思うけどなぁ。吹っ飛ぶぞこのトラック。

「逃げましょうアリギュラ!このままじゃ危険だわ!」
「アンタだけ逃げなさい〜アタシは彼に会うまで〜ここから動かないから〜!」
「・・・・・・もう!」

声だけはアリギュラに向けつつ、手元ではレオナルドさんを拘束する紐をばちばちと切っていく。驚きの表情でこちらを見てきたが、人差し指を口の前に持ってきて黙らせた。全部の紐を切ったところでまた衝撃。浮遊感があるのは気のせいではなく、この車両がトスされたとみて間違いない。手足が自由になった彼を引っ張ってコックピットの出入口まで近づいた。

「いい?アリギュラはもうあなたに興味が無い。次の衝撃を合図に、扉から外へ出て仲間に助けてもらうといいわ」
「何でここまでしてくれるんです・・・?」
「言ったでしょう、貰いすぎてるって。取引は“等価交換”が私の信条なの。後はあなたが黙っていてくれれば等価だわ」
「でも、」
「悪いけどここであなたとお喋りしてる暇はないの。私が先に出るからあなたはその後に。・・・またどこかで会いましょう、気をつけて」

そのままドアを開けて車外へ飛び出した。赤いマントを黒に裏返して、可能な限りトラック後方へ移動する。すでに地上から遥か高く、周囲に飛び移って姿をくらます事の出来そうな場所がない。あっても無機質なビルか見物客がいる屋上だ。さてどのタイミングでどこへ飛ぶのが適切か、迷ってる暇はあまりない。万が一を考えて、いつも“赤ずきん”の時に履いているショートブーツを選んできて正解だった。膝を曲げて思い切りトラックの外装を蹴り、すぐ隣の高層ビルの屋上目掛けて真上へ飛び上がった。直後、

「う、っわ!?」

真下からの爆風で煽られ、想定より高く舞い上がった。着地予定だったビルの高さをとうに超え、ここらで1番高いであろうビルに足から降りることとなった。しっかりと地面に足をつけてすぐさま地上を見下ろすと、眼下にはただ砂埃が舞うだけのいつものヘルサレムズ・ロットが広がっていた。視線を左右に振ると、一方には大きくて真っ赤な塊――ハマーがブローディで武装してる姿だろう――が、もう一方には延々と舞い上がる風があとを引いていた。モンスタートラックなどという得体の知れない車両は影も形もなく、アリギュラの音もあまりに微かで聴きとるのがやっとである。
レオナルドさんの音を探せば、存外近くにあった。血の流れる音がする当たり無事とは言い難いが、チェイン・皇とザップ・レンフロが一緒にいるらしい。仲間がいるならまあ大丈夫かな・・・とさっきとは手のひら返しの感想を持つ。

「レオナルドさん、ごめん」

今度は現実にしっかりと合掌をし、踵を返す。
人通りの少ない路地側を選んで、寂れてそうな建物目掛けて飛び降りる。真昼にこの黒いマントは少し暑い。やはり“赤ずきん”は夜に現れてこそだなと考え直した。



  *:;;;:*:;;;:*



あれから数時間後、アリギュラに招かれて彼女の屋敷に来ている。間近で見れた彼氏の逞しさやそれを邪魔するライブラについてなど、つい先程起きた出来事を総ざらいで1から聞いていた。美味しいお菓子と紅茶でもてなされたので特に苦ではないが、どうしてかフェムトも一緒にテーブルを囲んでいる。

「あのね、アリギュラ」
「なに〜?」
「なんでここにこの人がいるの?」
「“この人”とは心外だな赤ずきん!僕は君を心配して来たんだぞ」

心の底から何を言ってるのか理解できない。誰が誰の心配をしているって?明日は槍どころかありとあらゆる得物が空から落ちてくるのだろうか。・・・この街なら実現してもおかしくないし、まずもってこいつならやりかねない。
そもそも、この2人とはマスターの次に長い付き合いである。情報屋・赤ずきんの名が世間に浸透してきた頃、突如目の前に“音もなく”現れた2人は、既に全てを知った口で「面白い」と言ってのけたのだった。閑話休題。

「なんだぁその顔は。そもそも、僕が人間などという下等な種族のちっぽけな構成員である君の事を、個体識別のためにわざわざ“赤ずきん”と名で読んでいることを光栄に思いたまえ!」
「・・・それにしても心配なんて柄じゃないでしょうに」
「はっ、そうだな。正確には僕の興味の対象がひとつ減る可能性に心配をしたな。お前はただの人間よりほんの少しねじくれてて面白い。こんなところで死なれてはつまらん」

フェムトは初対面の時からずっとこうだ。ただ、自分のどこがねじくれてて何が面白いのかは教えてくれない。曰く、自覚してない現状が楽しいらしい。彼を楽しませるために生きてる訳では無いけど、殺されるよりはマシかと割と早い段階で諦めている。

「アタシは〜ちさとの事好きよ〜。話聞いてくれるし〜美味しいお菓子とか〜教えてくれるし〜、不思議な生き物って〜可愛いじゃない〜?」
「あー・・・ありがとうアリギュラ・・・?」

アリギュラの方はまだ友人と呼べるだろう。お茶会ではもてなしもてなされでお互い楽しく話してるのは本当だが、彼女もやはり私の事を“普通じゃない人間”として認識しているきらいがある。確かにこんな耳で普通じゃないことは認めるが、失くした記憶の中にそんな面白いお宝が眠ってるとも思えない。

「・・・・・・」

なんだか疲れてきた。そもそも今日は朝からアリギュラに呼び出されて振り回されて想定外に赤ずきんまで登場させる羽目になったのだ。もうどうでもいいかと2人の会話からドロップアウトした。あとは好きに騒いでくれ。
ちまちまと紅茶を飲んでいると、そういえば、とアリギュラがこちらへ顔を向けた。

「ちさと〜、あなた〜あのライブラの男の子〜逃がしたでしょ〜」

知ってるんだからね〜、とニマニマしながらデコピンをされた。手加減してくれたのか全然痛くない。それはともかく、やはりと言うべきか何と言うか・・・・・・、

「・・・バレてた?」
「バレバレよ〜。まぁ?アタシとしては〜、ちさとが御執心の〜ライブラ君ってのを〜見てみたかっただけだから〜いいんだけど〜」
「お咎めなしは嬉しいけど、その、御執心ってところだけ訂正させてくれない?」

え〜?と口元を引き締める気がまるでないアリギュラの向かいで、フェムトまでもが面白そうにこちらに注目している。

「・・・・・・ナンデショウ」
「いやぁ、実に興味深いと思ってね。お前がライブラの1人に御執心か・・・実に楽しくなりそうじゃないか!」
「あら〜?アンタに〜恋だの愛だの分かるような〜繊細な心があるとは〜思わなかったわ〜?」
「ハッ、そんなくだらん感情など分かるはずないだろう。僕が面白いと思ったのは、赤ずきんがライブラに執着してる事さ」
「執着?」

フェムトの答えに、アリギュラはつまんな〜いと首を引っ込めるが、代わりに私が身を乗り出してしまった。興味深い・楽しくなりそう・面白いと三拍子揃ってしまった私は、フェムトの輝かんばかりの愉快そうなオーラに嫌な予感しかしない。

「フフフ、あんまり言うとせっかくの玩具がつまらなくなるからな。意味は自分で考えたまえ」
「今しっかりと玩具って言ったよね」
「だが僕は今気分がいい!面白いことを教えてやろう」
「無視ですか?」
「赤ずきん、お前の記憶についてだ」
「!」

その言葉に、クッキーを掴もうとしたアリギュラの手がピクリと震えた。だが、そのまま何事も無かったかのようにそれを1枚掴むとぱくりとその小さな口へと運ぶ。

「ふ〜ん、教えちゃうんだ〜?」
「ヒントだけさ。・・・・・・赤ずきん、君の記憶は“無くなってる”わけじゃあない。鍵をかけて“閉じ込めている”だけだ。」
「“閉じ込めている”?」
「お前は自分のことを“記憶喪失”だと思ってるようだが、正確に言い表すなら“記憶封鎖”が近い。お前が無くしたと思ってる記憶は全部、ダイヤル錠のついた頑丈な箱の中に閉じ込められているのさ。それも何重にも、だい〜じに大事にな。だが中身があまりにも膨大すぎて、いくらお前の主人でも完全に封鎖することは出来なかった。嘆かわしい!僕なら完璧完全に一部の隙もなく封じ込めることが出来たのに!いや、封じ込めるなんて生ぬるい。人の自我も残らぬよう空っぽの記憶を埋め込むことだって出来る!手始めに赤ずきん、僕のあやつり人形になる気はないか?」
「な、い、で、す!」
「ちょっと〜!ちさとはこのままだからいいのよ〜!勝手にそんなことしないでくれる〜?」

後半えらく早口になったと思えばこれだ。そのまま横入りしてきたアリギュラとぎゃんぎゃん言い合いになってしまった様を横目に、彼女がさっき摘んでいたクッキーをかじる。美味しい。
このお茶会はマスターへの定例報告にどう組み込むべきかと考えると、すかさず「まるっと消すんだぞ、音」とフェムトから義耳を指さされた。心でも読めるんですか。逆らっても面倒くさいことは経験済みなので、大人しく従っておくに限る。そうして今度こそ、2人の言い合いからドロップアウトするのだった。



2021.02.26.

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