恩返し3
モンスタートラックの一件からしばらく、ちさとは図書館に来ていた。頻繁に来てレオナルドと鉢合わせても面倒なので、適度に期間を空けて、それでも途切れることなく通っているのは、もちろん“神々の義肢”について調べるためであった。・・・・・・のだが。
「メイルさんや・・・・・・これでおしまいかね・・・」
「ちさとさん、これでおしまいです」
「うっ」
今のちさとにも読めるレベルで“神々の義肢”について記述がある本は、全て読み終えてしまったのである。メイル曰く本自体はまだあるらしいが、専門書で読む事が難しかったり、向こうの言葉で書かれてるためそもそも読めないものばかりだという。内容としては代わり映えしない同じような事が書いてあるだけよ、とメイルは言っているが、ちさととしては自分の目で確認したいのだ。別にメイルが嘘を言ってるとも思わないが、それはそれ、これはこれ、である。
結局、義肢について書いてあることも似たり寄ったりで面白味のある本はなく、義耳に至っては記述自体がまるでない。情報量としては義眼についてが多く、意図せずレオナルドについて詳しくなってしまった事もちさとが落胆する一因となっていた。
「なんでそんなに“神々の義肢”について知りたいのよ?義肢シリーズの保有者と知り合いなわけ?」
「当たらずも遠からずと言いますか・・・」
「ふぅん。・・・ここで見つからない書物なら、あとは日記や個人の研究記録になるわ。さすがに本になってないものはここにはないから」
「研究記録・・・・・・」
マスターの部屋にならありそうだなと思った。この耳を初めて見せてくれた時に入ったあの部屋なら。そう簡単に入れてくれるとは思えないけど。
「ありがと、メイル。今日はこれ借りてくね」
「『次元怪盗ヴェネーノの邂逅』?ちさと次元怪盗好きだったの?」
「好きというか・・・敵情視察?みたいな」
「は?」
*:;;;:*:;;;:*
ちさとが『次元怪盗ヴェネーノの邂逅』を借りていった日からしばらく、ダニエル・ロウ警部補は見通しの悪い路地裏を進んでいた。夜も遅く、表の明かりも届かないここは、どこかのビルの窓から漏れる細い明かりで輪郭が見える程度であった。彼の所属するHLPDは今宵も忙しく、こんなところで油を売ってる暇はないのだが、こればっかりは仕方ない。何せ先方のご指名だからだ。
次の角を曲がるとそこは行き止まりで、積み上がった木箱の上に人影があった。その人物は、快活そうなよく通る声でロウの名を読んだ。
「やあ、ロウ警部補!待ちくたびれたよ!」
「・・・・・・俺も暇じゃねぇんでな、赤ずきん」
「知ってる。昼間からやってるマフィアの暴徒だろう?」
狼のマスクで表情は見えないが、赤ずきんは確かに楽しそうに笑って木箱を叩いた。とりあえず座りなよ、とハツラツとした声音でロウヘ語りかける。以前会った時はもっと高飛車な高い声じゃなかったかと思いつつ、彼は木箱へ腰掛けた。
「それで?このタイミングで俺を呼びつけたって事は、その暴徒に関係する情報でも持ってきてくれたのか」
「あはは、そうだよ。ただのマフィアが暴れてるにしては変な感じだと、HLPDも気付いてるんでしょ?その裏付けを持って来た。“ハンター”からの情報、あって損はないよね?」
“ハンター”というのは、HLPD内で“赤ずきん”を意味する隠語だ。ある事件を機に警察と取引をした赤ずきんは、以降窓口にロウを指名して、こうして気紛れに彼を人気のない場所へと呼びつけているのだ。『警察に有益な情報を渡す代わりに、赤ずきんの正体を暴かない』という取引の元、不思議な協力関係に落ち着いたのはここ1年ほどであった。
「・・・・・・とりあえずその快活そうな“中身”を辞めろ。いつものでいい、調子が狂う」
「・・・あら、つまんないの」
ロウが率直に思ったことを伝えれば、赤ずきんは簡単にその喋り声を変えた。
世間では正体不明だなんだと騒がれている赤ずきんだが、恐らくその正体はただのガキだろうとロウは踏んでいた。どういう仕掛けで声音を変えているかは知らないが、それを追求すると取引内容に反するし、彼にとってそんな事はどうでもよかった。赤ずきんの中身が何であろうと、もたらされる情報の正確性に疑いようはない。こちらからみすみす確かなスジである情報源を切り捨てるような馬鹿な真似はしないに限る。
赤ずきんは、淡々と持って来た情報を俺ヘ伝えた。俺は端からメモを取り、マフィア上層部の人物の名前を2回聞き返した。この情報屋はそれに対して嫌な顔もせず、繰り返しその名を声にした。昔、一度だけ情報を書面にまとめて教えてくれと言った時の方が、よっぽど嫌な顔をされた。
「・・・・・・と、そんなところかしらね。いたちごっこでしょうけど、ここはしばらく静かになるはずよ」
「ああ、助かった」
「あとは、これを頼まれてくれないかなと思って」
これ、と言って赤ずきんが差し出したのは淡いピンクの封筒だった。宛名はなく、赤い花のシールで封をしてあるだけのシンプルなものだ。
「暴徒の端っこの方で異界人がやってるお店がめちゃくちゃになったんだけど、その重要参考人?で拘束されてる可哀想な男の子に渡して欲しくって」
「可哀想ってことは、そいつは無関係なのか」
「不運にも現場に居合わせてしまったヒューマー、かな。その子をつついても何にも出てこないから時間の無駄よ。さっさと解放して、この手紙を渡して欲しいの」
ほら、と差し出されるが、何となく素直に受け取るのは癪だと思った。準備して来たという事はつまり、こいつの今日の真の目的はこの手紙を俺に託すことだったという事だ。暴徒鎮圧など口実でついでなのだ。・・・俺たちは友達でも仲間でもねェ、ただの協力関係だ。頼まれたからって従ってやる義理はないと赤ずきんを睨みつけると、その無表情の狼は首を傾げていた。何かを考えてる様に見える。
「・・・・・・随分と年季の入ったパスケース」
「なっ」
「使いやすく手に馴染んだ大切な物よね?2日前から行方不明で、もう出てこないだろうと諦めているご様子だけれど、自宅の冷蔵庫の中まで探したのかしら?」
「うっ」
「2日前から開けてないわよね、冷蔵庫。つまり探してないでしょう?」
どんどんと楽しそうな声音に変わる。狼の口端が上がってると錯覚しそうな程に。
「・・・何が言いたい」
「あなたは情報を受け取ったでしょ。もちろん等価交換として私の手紙を届けてくれるわよね?」
「待て!お前が勝手に喋っただけで俺はそんなこと頼んじゃいねぇ!」
「でももう聞いちゃったでしょう」
ほら、ともう一度封筒を差し出されるので、渋々受け取った。受け取らざるを得なかった。こいつの言う“等価交換”を破るとロクな事にならないのは心得ている。聞けば、渡すだけで良いと言う。渡せば向こうはわかってくれると。折り曲げないようコートの内ポケットへしまいつつ、小さな疑問が残る。
「お前が書面を寄越すのは珍しいな。メモならともかく手紙ってことは文章だろ」
「・・・・・・愛の告白くらい、私だって書くわよ」
「ハッ、柄でもねぇな!ま、届けてやるよ」
木箱から立ち上がると、赤ずきんもつられて腰を上げた。しばし天を仰ぐと「左から帰るといいわ」と、来た道とは反対を提示した。赤ずきんの言う通りに辿ると、帰り道に面倒な輩に会うことなく表通りへ出れるので、従う事にしている。
「ラブレターだから覗いちゃダメよ」
「・・・まさか本当に書いてねぇだろうな」
「ふふ、さあね」
今日イチ楽しそうな笑い声を残して、赤ずきんは気配を消した。
俺はといえば、左の道を辿って難なく仕事場へ戻り、奴の情報を元に暴徒を鎮圧した。例の封筒は、事情聴取してた部屋に投げ込んできたから無事に渡っただろう。帰宅出来たのは昼に近い明るい時間だったが、そのままベッドに倒れたい衝動をギリギリで抑えて冷蔵庫を開けた。ドリンクホルダーで俺を迎えてくれたのはキンキンに冷えたパスケースだった。
*:;;;:*:;;;:*
事情聴取を担当してた警察の人がしばらく部屋を外したと思えば、次に顔を出した時には「帰っていいぞ」と手のひら返しに突き放された。ついさっきまで、あの店の大惨事はどのようにして起きたのか・どうやって荒らしたのか・仲間はいるのかと、言い掛かりの内容を散々質問されて絶望していた所だったのに。大体僕はK・Kさんの息子さんの誕プレ探しにたまたまあの店にいただけで何にも知らないと、もう何回言ったかわからない。
「え?帰っていいんスか」
「“ハンター”からの情報だからな。別にもっと居たいなら居てもいいぞ」
「滅相もない!帰ります!!」
勢いよく立ち上がり廊下へ出れば、担当の警察官に手紙を渡された。ピンクの封筒に、封に赤い花のシールが貼ってあるだけのシンプルなもの。差出人も宛名もない。
「お前に渡してくれと頼まれた」
「誰からです?」
「・・・俺も先輩から渡されただけだからな。“渡せばわかる”らしいから、お前こそ心当たりがあるんじゃないのか?レオナルド・ウォッチ」
さあ行った行った、と追い立てられて無理やり帰路に着く。夜中に連行され、眩しい朝の光の中しょぼしょぼと目を擦りながら封を開けた。大体8時間ほど拘束されてたのか。もう20時間くらい捕まってそうな予感がしてたので、タレコミをしてくれた誰かに感謝をしておこう。警察の人は“ハンター”と言っていたが、なんの隠語だろうか。
手元に残された封筒の中には、外側とお揃いのピンクの便箋が2つに折りたたまれていた。広げると、教科書のようにきれいに揃った筆跡でこう書かれていた。
『この前は視ないでくれてどうもありがとう。私に会ったことは、もう少し内緒にしてね』
文末に、赤いペンで書かれた頭巾をかぶった女の子のイラストが添えられている。間違いなく赤ずきんだ。
「やっぱり知ってるのか・・・・・・」
手紙には、僕の眼について知っていると暗に書いてあり、この前のモンスタートラック内で、赤ずきんについて視ずに脱出した事もわかっているようだった。単に僕が視るのを忘れてただけなのだがこの際それは置いておく。
まだ内緒にしておくということは、この手紙ももちろん口外してはいけないのだろう。見れば見るほど綺麗な字だが、所々赤ずきんの筆跡の癖が見える。筆跡から個人を特定されないように、教科書を模写したのか。そういえば赤ずきんに関する報告書には、メモや手紙についての記述が少なかったように思う。
(・・・・・・これ、かなり貴重なのでは・・・!?)
ただし、これを資料として差し出せるのはまだ先のことだが。そういえば“しばらく黙って”とか“まだ内緒”だなんて言われっぱなしだが、詳しくいつまでですよー、とは伝えてくれなかった。・・・・・・もしかして俺、軽率に取引してしまった?うわ。
事の重大さに気付いたところでレオナルドに出来ることはなかった。その手紙を落とさないようにしっかりポケットに入れ、仕事に向かう人々をかきわけ自宅へと帰るのだった。
2021.08.21.
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