お耳は?2
あの望んでもいない出会いから3日後。ちさとは再びレオナルドの入院する病院へと足を運んでいた。
この3日間、情報屋としての商売は行わず、ひたすらにエンジェルスケイルとライブラの3人について情報を集めて回っていた。エンジェルスケイルに関しては大方の概要と流通経路まではつかめたが、まだ大元の流出源は特定できていない。それでもそろそろ表に出てき始めるだろう。「外」に出ようとしている話もあるらしく、どんどん危険指数が高まっている。
一方ライブラについては、3人の現住所や交友関係などは探れたものの、組織の本拠地については突き止められないままだ。3人ともある一定の区域に突入すると、途端に音を探せなくなるのだ。おそらくその区域内に本拠地があると踏んでいるのだが、これがなかなか見つからない。深追いしてこちらの存在がばれるのも困るので、収穫らしい収穫は今のところない。ライブラについての他の情報はとうの昔に掴んでおり、その確認作業に追われていたようなものである。
軽くため息をついていれば、レオナルドの病室前にたどり着いた。ヘルサレムズ・ロッドの医療をもってすれば、もう包帯はとれているはずなので、今日の見舞いはフルーツだ。きちんと人界のものを選んで、ちょっとお高めの桃にしてみた。
中から話し声が聞こえない事を確認して扉を開ける。
「こんにちはレオナルドさん。調子はどう?」
「ちさとちゃん!ありがとう、順調だよ」
「よかった!」
促されるままにレオナルドさんのベッドサイドにある椅子に腰かけ、桃を見せると、彼は恐縮しながらもありがとうと言ってくれた。
「こないだも来てくれてありがとうね。僕、喋れるような状態じゃなかったんだけどさ・・・」
「ほんと、びっくりしましたよ!何があればあんなことになるんですか」
「いや、まぁ巻き込まれ事故というかなんというか・・・」
たはは・・・と笑ってごまかすレオナルドさんだけど、その真実を私に言えるはずもない。言われなくても知っているので、特に突っ込むこともなく流しておいた。
「桃、食べます?ナイフあるんで切りますよ」
「お願いします」
持って来た折り畳みの果物ナイフを取り出し、するすると皮をむく。
この3日間、情報を集めると同時に考えていたことがある。レオナルドさんのことだ。
あの日、この病室に満ちていた音を聴いて、レオナルドさんは間違いなくライブラの新しい構成員だと確証を得た。裏世界に生きる人間として喧嘩を売りたくないこの組織は、私のような情報屋としてもとても扱いづらく、出来る事ならどんな形でさえ絶対に接触したくない相手である。だが、ここでいきなり彼との縁を切るのは不自然だ。
そこで、現在行っている英語の問題集を全て解き終わると同時に姿を消そうと決めた。問題集が終わるまで、残り3分の1。レオナルドさんが退院して今までのペースで会うと考えても、あと2週間ほどで終わる。「実は、急に引っ越しが決まって」なんて言えばいいだけの話だ。この街の大きさ何てたかが知れているが、彼の音を覚えていれば今後一生会わずに同じ街で生活することなんて造作もない。
「・・・はい、むけました!こっちはソニックの分ね」
「キキッ」
「ありがとね。よかったな、ソニック」
ちょっとお高めのものを買ってきて正解だった。果実がしっかりと熟れているぶん柔らかいのか、ソニックの手は果汁でべとべとである。
ちさとはそれを困ったように笑って、自分が持って来ていたハンカチを濡らしておしぼり代わりにする。
2人と1匹でしっかりと味わい終わった頃、病室のドアが勢いよく開いた。気を抜いていたのか、ちさとも気付かなかった様子で振り向く。
「おーおー元気か陰毛頭」
「開口一番それ以外に言うことないんスか」
「!」
ノックもせずにずかずかと室内へ入ってきたのはザップだ。その声に一瞬で前回の非常階段での出来事が想起され、ちさとはグレーストライプのキャスケット帽をしっかりと押さえた。
その動作に気付かれ、地黒で背の高い男はちさとの方へ視線をよこした。
「お?なんだ先客か・・・・・・んん?」
「ど、どうも・・・」
少しばかり挙動不審な彼女の様子に、黒肌の男は眉根を寄せ、糸目の少年はため息交じりに口を開いた。
「ちさとちゃん、こちらザップさん。この前はちょうど席をはずしてていなかったんだけど、一応僕の職場の先輩。一応ね一応」
「どうも・・・」
「そんでこちらがちさとちゃん。・・・ザップさん、くれぐれも彼女に変なこと吹き込まないでくださいよ?」
レオナルドがお互いを紹介し終わったところで、ザップの眉根は寄せられたままであり、ちさとの表情はほんのりと引き気味だ。ザップは置いといて彼女のそんな挙動を変に思ったのか、レオナルドが再びちさとに話しかけようとした時、足元に立つ男が大声をあげた。
「あーーっ!?この前階段とこでぶつかりそうになった女か!!」
「はい、まぁ・・・」
「いやー!服の雰囲気が全然違うからわっかんなかったわぁ」
確かにこの前はどこぞの育ちのいいお嬢様風な服装だったが、今日はキャスケット帽にデニムにTシャツとラフな格好だ。気付かれなくても無理はないが、本人を目の前にそんな大声で言わなくてもいいのでは・・・とちさとは思ったが、その考えはそっと閉ざしておくことにした。
余計なことを言って興味を持たれては困るし、レオナルドの先輩ということはこの人もライブラの一員だ。つまり、避けるべき相手ということになる。
なにより、この男には帽子の中を見られた可能性があるのだ。
「あの、そろそろお暇しますね」
「うん、ありがとう」
「またお見舞いに来ます。お大事に」
キャスケットが落ちないように手で押さえて会釈。人の良い笑顔も忘れずに添えてベッドの隣から立ち去る。
閉めるドアの向こうで2人が手を振り、ソニックはレオナルドの膝の上で丸くなっていた。
(ザップ・レンフロ・・・女癖が悪くて各種様々な裏社会から恨まれてる男・・・・・・表に聞こえてくる声が大きすぎて気付かなかったけどこの人もライブラなのか)
レオナルドが『ザップさん』と紹介したあの色黒男、よくよく聞いてみると知ってる名前だった。
“そういう店”を調査すると必ず耳にする名前で、良くも悪くも女性の間で知れ渡っている男だ。また、裏社会裏組織への調査でも耳にする。・・・こちらは100%恨み言と共に聞こえてくる。触らぬ神になんとやら。こんなトラブルの塊のような人間に関わりたくなくて避けていたが、これからは違う意味で避けねばならない。そのためにも彼について調べなければ。
(・・・彼の自宅は今もぬけの殻・・・調べるなら今しかない)
彼の音の残渣をたどり、自宅を特定するのは造作もない。それでも急いだ方が良いだろうとちさとは病院を出て人気のない道を選んで歩きだした。
*:;;;:*:;;;:*
ちさとが病室を出た後、レオナルドはザップが見慣れない封筒を手にしていることに気付いた。
封筒に限らず、この男が何か持っていることが不自然であり、おそらく自分への用事であることも見て取れた。この男は見舞いなんて殊勝なことをする人間ではない。
「なんですかそれ。僕にですよね」
「ん?あぁこれな。・・・番頭がご執心の案件だ、が!その前に1つ。この前俺がいない時ってのはあれか、お前が入院した次の日のことだよな?」
さっきのちさとちゃんへの紹介の内容を聞かれているのだろう。確かにそうだ。あの後ちさとちゃんと入れ替わるようにザップさんが病室へと現われた。
その通りです、とうなずくと、ザップさんは頭をガシガシかいて封筒の中身を取り出した。クリップで留められている資料のようだ。
「あー・・・さっきの女が見舞いに来てたんだったよな?旦那と番頭と犬女が会った女ってのがそいつなんだな?」
「そうですけど・・・なんなんですか?」
ザップさんの質問の意図が読めない。
まあ待て順番だ、とザップさんが手元の資料をめくる。相変わらずガシガシと頭をかいている。
「“あの女と知り合ったのはいつだ?あの時聞きそびれてしまったが2人はどういう繋がりなんだ?”・・・ってのは番頭からの伝言な」
「知り合ったのはここ1ヶ月以内ですけど・・・」
どうやら質問に答えないと、この質疑応答の真意を教えてくれそうにない。仕方なく僕はちさとちゃんとのなれそめから、度々ランチを共にしていることを口にした。
英語の勉強をみていることを言えば、案の定ザップさんはわけが分からないという顔をした。読み書きができない人間なんてのは珍しくないし、2年半前に外から来たと言っていたから、元々英語圏の生まれではないのだろう。アジアっぽい顔立ちをしているなぁとは前から思っていた。
そういう事を伝えると、ザップさんは頭をかくのをやめた。
「ふぅんなるほどね。こりゃあスターフェイズさんの推測が外れてるとも言えねえな」
「え?」
「ほら、」
ばさり、とベッドの上にさっきまでザップさんが見ていた資料が投げられる。一番上にはさっきまでこの部屋にいた少女の写真が挟まっており、その下には彼女に関する調査書が見える。
一見して普通の経歴、普通の調査書だ。だが、一枚めくると僕の動きは止まった。
「な、なんだこれ・・・・・・!!」
「・・・1枚目は政府に届けられるようなちゃんとした書類。2枚目はうちの機関が自分の足で調べたデータだな」
『no data』。
2枚目の調査項目のほぼ全てがこのテキストを印刷していた。生まれも、住所も、仕事も、年齢も、家族構成も、何もかもが『no data』だって?
「尾行すると100%気付かれて撒かれるらしい。1度撒かれたらもう二度とその姿を見つけることすらできないって報告だ。まだ調査を始めて3日しか経ってないし何とも言えねえが・・・ありゃただのヒューマーじゃねぇぞ」
「・・・っ!」
「ま、とりあえず早く退院してこい。詳しい話は事務所でするってよ」
じゃあな、とザップさんは資料を置き土産にさっさと退室しようと扉へ向かう。が、扉に手をかける寸前にこちらを振り向いた。
「そだ。なあレオ、あの女っていつも帽子かぶってんのか?」
「え?・・・はあ、そういえば会う時はいつもかぶってますね・・・それが?」
「ちょっとな」
そう言い残してザップさんは今度こそ病室を出ていった。
残されたのは、僕とソニックと資料の束。
そして、ちさとちゃんの濡れたハンカチだけだ。
2017.12.21.
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