赤ずきんちゃんは凍らない
何かのどに小骨が引っかかっているような。もやもやしてはっきりとしない、けれど確実に不快な気持ちを引きずりつつ、レオナルドは事務所へと戻ってきた。
病院で見せられたあの資料とザップさんの話は、確かにちさとちゃんが普通ではないことを示していた。それでも、ああやって一緒に話していると普通の女の子だ。どちらの感覚も、わかる。わかるから、僕はどうしたらいいのかわからない。
「ただいま戻りましたー」
「お帰り少年。どうだった?」
「あー・・・そうっすね、美味かったです」
それはよかった、と思ってるんだか思ってないんだかわからない相槌をうたれる。
そう、そもそもこの小骨を刺したのはスティーブンさんだ。刺したわりには興味があるようなないような、どっちつかずな態度で接してくる。僕はまだ、この人のことがよくわからない。
「それで?ちゃんと約束は取り付けてくれたかい?」
「ええ、まあ」
スティーブンさんは、そう聞きながら手早くパソコンを起動させる。
現在事務所にいるのは、スティーブンさんとクラウスさん、ザップさん、そしてチェインさんだ。
全員が、スティーブンさんの操作するパソコン画面を覗きこめる位置へ移動する。そこには、先ほど2人で食事をした店の映像が映し出されていた。店の監視カメラの映像をハッキングしているようだ。画面端に映る時刻は、僕達が店に入る少し前を示していた。
「・・・・・・」
わからないことだらけだ。この街のことも、ライブラのことも、まだ日の浅い僕には理解が追い付かない。そういうもんなんだって割り切ることは簡単だけど、ちさとちゃんのことはそうはいかない。
全ての話は、数日前の僕の退院日までさかのぼる。
*:;;;:*:;;;:*
退院日当日。
結局、ザップさんがあの資料を持って来てからちさとちゃんは見舞いに来なかった。別に約束していたわけではないからそれを気にするのは何か違う気もするけど、ハンカチは未だに僕の荷物の中に紛れている。
今日退院する旨をクラウスさんに電話すると、そのまま事務所に来てほしいと言われた。特に予定もなければ反対する理由もない。入院中の荷物をそのままぶら下げて事務所のドアを開いた。
「おお・・・!退院おめでとう、レオナルド君」
「あ、りがとうございます・・・」
「もう体は元通りかね?どこか不具合や痛むところは?」
「クラウス、そんなところがあったら少年は退院してないよ。な?」
「まあ、はい、おかげさまで元通りです」
その体躯に似合わない繊細な心づかいに、ふと頬の筋肉が緩む。
ぐるりと事務所を見渡すと、どうやら今いるのはクラウスさんとスティーブンさんの2人だけ・・・と思ったらギルベルトさんもいた。奥からワゴンを押して出てくる。かぐわしいこの香りはギルベルトさんが淹れてくれたコーヒーだ。クッキーもある。
「どうぞ、レオナルド様。退院おめでとうございます」
「ども。ありがとうございます」
ちゃかちゃかと準備され、テーブルの上がすっかりおやつの時間になってしまったため、クラウスさんとスティーブンさんが僕の対面に腰かけた。うながされるままに僕も座る。クラウスさんはコーヒーを一口飲んで微笑み、それを受けたギルベルトさんが頭を下げる。僕もつられて久しぶりの味を含んだ。――うん、美味しい。
ソニックと一緒にクッキーを頬張ったところで、食べながらで構わないんだが、とスティーブンさんが切り出した。
「ザップから資料はもらったか?」
黙ってうなずく。
すると、スティーブンさんは苦笑した。
「別にそんな捕って喰おうってわけじゃないんだ。・・・ただ、調べてみたらちょっと不審な点が多かったから警戒しているだけだよ。なんたって君は“神々の義眼”保有者だからね。安全に安全を重ねたくもなる」
「はあ・・・」
「彼女が何者であろうと、ライブラの敵にならなければそれで問題ないさ。だから、敵ではないという確証が欲しいんだ」
ひらり、と彼が机に置いたのは『no data』の文字が躍るあの紙切れ。
・・・まあ確かに、こんなもの見せられたら誰だって警戒したくなる。僕だって、もしちさとちゃんに会ったらどうしようかと考えていた。まともに顔を見れる自信がない。
「ザップから聞いたと思うが、我々が跡をつけようとしても途中で撒かれてしまう。彼女は我々に知る機会すら与えてくれないらしい。・・・正直、ライブラの追手を撒く時点で充分だとは思うのだが、」
「だが、あんなに幼い少女にそれはあまりにも無慈悲だと考えたのだ。身を守るために、何か異界の道具を借りて我々を撒いたのかも知れん。この街では、何でも起こるのだから」
「―――と、うちのリーダーが聞かないもんでね」
困ったもんだよ、と小さく肩をすくめた。
それはつまり、クラウスさんの一声がなければスティーブンさん自体はちさとちゃんなんてどうなってもいいということだろうか。途端に背筋が寒くなる。
―――この街では、何でも起こる。
彼女が身を守るために追手を撒くことだって、異界の力を借りれば不可能ではない。もちろん、か弱い少女を偽って僕を騙すこともできる。あるいはそのどちらでも無いのかもしれない。
“あり得ない”なんて、この街では通用しない。
「だから、レオに直接探って来てもらいたい」
「はい?」
「いやなに簡単なことだよ。世間話のふりして、ちょっとあの子の事を聞き出してほしいだけさ。君もよく知らないんだろう?」
その問いかけは、ザップさんからの報告を加味したうえでのものだとわかった。
確かに、2年半前にヘルサレムズ・ロットにやって来たこと以外、彼女の身の上話はほとんど知らない。それは、僕自身も聞き返されたら困る内容だし、知らなくてもここまで関係が続くほどに、曖昧で薄い繋がりがちょうどいいからだ。ただ中身のない会話が、何も後ろめたくないあのテキストが、どれだけ気楽で普通の時間だったか。
知りたいけど知りたくない。ライブラの立場も分かるし、僕個人の友人関係などほっといて欲しい気持ちもある。わかるけどわかりたくない。どうするのが正解なのか。何を選べば、誰が傷つくのか。
「・・・っ」
「・・・・・・わかった、君は何も聞きださなくて大丈夫だ。代わりに、1つ約束を取り付けてきて欲しい」
僕の足踏みを見破ったのか、スティーブンさんは少し考えて違う提案をしてきた。
「約束、ですか・・・」
「ああ。“次は1週間後の同じ時間に会おう”と約束してきてくれ。そしたら、僕がその時に直接その子と話そう」
よろしく、とこちらの返事も聞かず話を切り上げられてしまった。
膝の上ではソニックがバナナクッキーをかじっている。やっぱりバナナが好きなんだね、と笑うあの子に、果たしてこの副官が臨む答えはあるのだろうか。
*:;;;:*:;;;:*
そうして言われるがままにあの公園を張り込んで数日、ようやく今日会えたわけである。ちさとには『昨日も来ていた』ことがばれたが、本当は一昨日もその前も待っていたのだ。
店内の監視カメラをハッキングしている画面は、先ほどから中央で僕たち2人が食事をしている映像を映し出している。
そもそも、この日の行動はほとんどスティーブンさんからの指示だ。彼女は何時ごろからあのベンチにいるのか調べろ、僕を待っている間何をしているのか見ておけ、ランチは初日に見舞いで持ってきたあの菓子の店にしろ、席はそこ、座る椅子はこっち、店の前で別れてすぐに事務所へ・・・・・・ランチメニューと食事中の会話だけは指定されなかったけど。実際お店に入った時、店員さんに案内されたのが指定された席だったので、恐らくこの人は店にまで手回ししている。さっきからハッキングだと思っているこの映像も、もしかして正式に店から借りているのかもしれない。
食事中の会話は指定されていない。それでもたまにちさとちゃんの出身地の話や、どのへんに住んでいるのかと話を振っている。僕には出来ないと切り捨てられたのが癪で、ちょっとしたスティーブンさんへの意趣返しだ。
それを聞き取ろうと集中する男性陣3人(珍しくザップさんまでもが前のめりだった。ヤマトナデシコか・・・という呟きは聞こえないことにする)をよそに、チェインさんはあまり興味がなさそうに一言呟いた。
「・・・いいなー、美味しそう。ここ、有名なのよね」
「そうなんですか?全然混んでなかったからそんな風には見えませんでしたけど」
「有名なのは焼き菓子なんだ。見舞いに持って来てたやつとか超有名。センスあるなって思ったもの」
「ケーキは食べましたけど美味しかったですよ。ランチも。今度行ってみたらどうですか」
「うーん、そうだね。レオは今度フィナンシェ食べてみなよ。絶品だから」
2人して蚊帳の外のような会話を投げていると、映像の再生が終わったのかいつの間にか画面が暗くなっていた。何やら手元のメモを見ているスティーブンさんがひとり言のように呟いている。
「日本人で1人暮らし、2年半前にこの街へ・・・そこそこいいとこに住んでるんだな・・・パトロンでもいるのか?」
「しかしスティーブン、これだけで彼女を怪しむのはいささか早計ではないだろうか」
「わかってるよクラウス。・・・だから僕が確かめに行くんじゃないか」
くるりとこちらを振り返るスティーブンさんと目が合う。
「“一週間後の同じ時間”・・・次は僕が行くけど、」
「はぁ」
「いつもは公園のどこで待ち合わせているのかい?」
「・・・噴水の近くのベンチ、です。大抵ちさとちゃんの方が早く来るので迷うことはないと思います」
ふむ、と顎に手を添え何かを考え込むこの人は一体何を思っているのか。僕がその思考を先読みできる日は果たして来るのだろうか。スティーブンさんが彼女に会う事にもはや意見できる時ではないが、彼女が困るような展開にならないように祈るくらいはいいだろう。
思わずため息をつきそうになったのを堪えて飲み込んだ時、ぐいとザップさんに腕を引っ張られた。そのまま耳打ちされるように小声で問われた。
「おいレオ、この子の連絡先教えろよ」
「はあ!?さっきから真剣な目で映像みてると思ったらやっぱそれかよ!!知りませんよ連絡先なんて!!」
「おいおいおいおいおこのご時世に連絡先も知らずに会うなんてお前いつの人間だよ現代に生きてるんだろ?携帯くらい持ってんだろ?あ??」
「どういう逆ギレですか俺に当たるのやめてくださいよ」
やいのやいのとザップさんと言い合ってる横で、チェインさんが絶対零度の視線でこちらを見ているのがわかった。そんな目でこっち見ないでくださいせめて俺じゃなくてこのクズだけ見てくれよ・・・とはまあ口が裂けても言わないけど。
そこではたと思い出した。
「そういえばザップさん」
「んだよ、ちさとちゃんの連絡先でも思い出したか?」
「だから知らないって言ってんでしょしつこいな。・・・前にちさとちゃんの帽子を気にしてたじゃないですか。だから俺も気になって別れた後に“視て”みたんスけど、ちょっと不思議だったんですよね」
「不思議?帽子の中に金塊でもかくしてやがったのか?」
「あんたの脳みそ女と金のことしかないのかよ!・・・じゃなくて!帽子の中は遠すぎて良く見えませんでしたけど、あの子、オーラが無かったんです」
「レオナルドくん、その話を詳しく教えてくれないか」
頭上と顔面にわかりやすく「?」を浮かべるザップさんを差し置いて、クラウスさんが遠くから声をかけてきた。声に振り返ればスティーブンさんも目だけでこちらを見ている。手元にはヘルサレムズ・ロットのマップが広がっており、どうやら彼女の自宅を特定しようとしているらしい。
「えっと、正確には頭の辺りだけうっすらオーラが見えたんですけど、肩より下には全然オーラが無かったんです」
「・・・オーラが無い生き物なんているのか?」
「僕の知る限りではいないです・・・オーラが無いのは無機物か、それとも死んでいるか・・・・・・でも、頭の辺りには確かにピンクっぽいのが見えたけどなぁ・・・」
「ふむ。オーラを隠す手段があるのだろうか・・・だが、神々の義眼をもすり抜ける技量など存在するとも思えん」
確かに。およそ“見る”という点において、この目はチートだ。それこそ最強で、僕が唯一誰にも負けない特性だろう。望んで手に入れたわけではないが、そのおかげでこの偏屈な街で生き延びていられるのだからとても複雑だ。・・・そんな僕の目を騙せる手段が存在するのだろうか・・・。“この街では、何でも起こる”・・・迷惑な言葉だと思う。
(オーラを隠す手段があったとして、それには何の意味がある?僕の目にしか意味は無いよな・・・大衆向けの対策じゃないんだから開発するだけ時間も労力も無駄だし・・・だいたい、オーラが見える見えないで損得なんてあるのか?)
何となく居心地の悪い沈黙が降る中、スティーブンが地図をなぞる音だけが存在を主張するように響いた。
2018.03.14.
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